第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その53
レイチェル・ミルラに頼ることにする。彼女を敵地に単身送り込み、作戦全体の流れを誘導してもらうわけだ。
「では。私はこの馬でシャトーに向かいましょう」
「レイチェルさん、大丈夫ですか?……怪しまれたりしません?」
「大丈夫ですわ。新参者の雑兵が、馬を譲ってくれたと言えば問題はないでしょう。砂漠では紳士的であるべきですものね?」
「レイチェルは説得力がある。交渉でもゴリ押しすることが出来るさ。高級娼婦一人を恐れるほど、アルノア伯爵の騎士たちも繊細ではないだろうしな」
「ええ。心配する必要はないのですわよ、ククル」
「……はい、分かりました。でも、お気をつけて!」
「そちらもね。じゃあ、参ります」
レイチェルは馬の手綱を操り、呼吸を整えたばかりの馬を走らせる。
砂地を短時間で二度も疾走させれば、あの馬は今夜、もう使い物にはならなくなるさ……敵の元に戻っても、あの馬は敵を利することはないわけだ。レイチェルは、馬の潰し方もよく分かっているよ。
それに、少々、シロウト臭くムチャをさせた方が、娼婦が馬を操ったという形に見えてリアリティがあるだろう。
軍馬を疲れさせずに砂漠を走り切ったとなれば、それは高級娼婦にしては馬術の才があり過ぎるというものだからな。
もちろん、レイチェルはそれをやれることだって出来るが、あえてそうさせないのさ。女ってのは、嘘をつくのが上手ってことだよ。細かなところまで、『設定』を練り込んで実演してみせるんだからな……。
多分、娼婦ごっこを楽しんでもいるのさ。
「……さてと。シャトーの内部での工作はレイチェルに任せるとして、オレたちは西側から攻め込む準備に取りかかろう」
「イエス。攻撃の計画を練るであります」
キュレネイ・ザトーがオレが色々と情報を書き込んでいた地図に、サラサラと戦術を描き込んでいく……頭の回転が速いキュレネイには、とっくの昔に攻撃のための計画が出来上がっている。
「今回の作戦は、敵の密度を薄くすることが肝要でありますな。そして、これはあくまでも『ラーシャール』にいる、メイウェイとその軍勢を走らせることが目的であります」
「そうですね。敵を誘導する……アルノア査察団の本拠地が攻撃されれば、メイウェイは優先的に軍を派遣するでしょう。彼は有能だと聞きますから、アルノア伯爵の野心にも勘づいているはず……」
「アルノアの根城に、堂々と立ち入れる機会というわけだ。メイウェイは喜んでやって来るだろう」
「イエス。でも、アルノア査察団も、自分たちに不利な証拠は残さないはずであります」
「そうだな。最優先で、その情報を処分しようとするかもしれん。『ラクタパクシャ』との関係性を示す書類でも見つければ、アルノアとメイウェイを衝突させられる可能性もある」
「傭兵の契約書とかでしょうか?」
「イエス。契約者は傭兵にとって大事。『パンジャール猟兵団』では、ロロカが色々と作ってくれているであります」
……まったく、ロロカ先生には足を向けて寝られない。彼女は商売人としての才もあるからな、クラリス陛下とのあいだに入って、報酬の交渉をしてくれているのも彼女だ。戦しかやれないようなオレとは、根本的に頭の作りが違うのさ。
「『ラクタパクシャ』は事実上、プロの傭兵団。彼らと交わした書類を、アルノアは取っているハズであります」
「アルノアの執務室あたりでしょうね……一般的には、そういう部屋って、最も警備しやすい場所になるものですよね?」
「十中八九はそうだな。そして、帝国の貴族ってのは、自分より高い場所にヒトがいることは好まん。あれは城塞的なシャトーでもあるが、あくまでも貴族の屋敷だ」
「なら、シャトーの最上階にある部屋のどこかに、アルノアの執務室がありそうですね。じゃあ、情報の隠滅をさせないためにも、誰かがその場所をすみやかに確保するべきですよ」
「誰かじゃない、オレがやるさ」
「イエス。団長向きの仕事であります。ゼファーで、上空からシャトーの最上階に侵入すればいいであります」
……レイチェルを一人で敵地に送り込んでもいるからな。オレも体を張りたいところだ。しかし、そういう感情的な言葉は口にしない。感情論から来ているだけではないからな。
「ゼファーからの降下は、竜騎士であるオレが最適だ。レイチェルが東に誘導し、西から主戦力が襲撃する。若手を誘導するように戦い、古参兵どもが城塞の守りを固めている場所の上から暴れてやればいい」
「敵は西と東と下と上に意識と戦力を分散させられるわけでありますな」
「そうだ。かなり敵の密度を薄くさせられそうだろ……あとは、これと同時に火事を起こしてやるとしよう」
「火事……?」
「馬がいるでありますからな。飼い葉をため込んでいる倉があるはずであります。ゼファーが火球を撃ち込めば、そこも燃えるでありますな。戦場は、より混乱するであります」
「……意趣返しでもある。大穴集落を焼いたことへのな」
「……そうですね。ヒトは、想像力だけでは痛みを共有することなんて出来ない動物ですから。同じ痛みを与えなければ、反省なんてしない……」
「そうだ。しかし、オレたちは非道は取らん。レイチェルが逃すべき者を逃した後で、焼いてしまえばいい。基地が火事になれば、突出した若造どもも、慌てて戻ろうとするかもな。そこを後ろから狩ればいい」
「……でも。若い兵士たちが、こちらの思惑通りに前に出て来なければ?」
「簡単であります。出て来ないなら閉じ込めて、ゼファーの火球を撃ち込めばいい。馬小屋を爆破してやればいいだけであります」
「そうか。出撃しないのであれば、馬は一カ所に集められている。そこをゼファーちゃんが爆撃すればいいわけですね。騎兵にとって馬は命……救助しようと必死になるはず。それに、馬に乗れなければ、彼らの戦力は並み以下。問題が無くなる」
「ああ。臨機応変に行動するとしよう。可能な限り、体力は温存したいところではあるが……時には体力を消費することも厭うべきではない。少なくとも、レイチェルが陽動をかけてくれる。そのおかげで、かなり楽な戦いにはなるんだからな」
「……はい。了解しました」
「いい返事だ……さてと。ゼファーが戻るぞ」
東の空を見る。ゼファーは星空に融けながら、掌握しつつある『メイガーロフ』の風に乗り、こちら目掛けて大急ぎだ。慌てているワケではないさ……たんに速く飛びたいというのは、竜の本能的な衝動が成せることでもある。
ゼファーが戻り次第、ちょっとしたミーティングと偵察を行い、計画通り西から攻撃する。レイチェルには、三十分ぐらいの時間しか与えられはしないが、彼女ならばそれだけの時間でも目立ち、シャトーの兵士たちを操ってくれるだろう。
美貌も歌も踊りもあるからな……サーカスの天才アーティストに、三十分の演技時間を与えたのならば、十分に目立ってくれるさ。
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