第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その52
縛った兵士たちを砂漠に寝転ばせる。ベテランの戦士にも睡眠用の薬を打ったよ。オレたちは馬を逃がすことなく、三頭のいい馬を手に入れたというわけだ。この馬たちを自由にしていれば、そのままシャトーに逃げ戻ったかもしれない。
そうなれば巡回の警備にあたっていたコイツらに何かが起きたと察するかもしれない。作戦というのは、敵に気づかれないまま攻撃するのが一番だからな。とくに、オレたちのように少数精鋭のチームが、十数倍の戦力を襲わなくてはならない時はな……。
「……キュレネイ、ククル、情報を共有しよう」
「了解であります。が……少々、不満が残る結果であります」
「ん?……見事な手際であったが?」
「そうではないであります。色仕掛け計画に、私とククルが参加させてもらえなかった件についてでありますぞ」
いつもの無表情でキュレネイは、オレを見つめて来る。逃げるようにククルを見つめるが、ククルは苦笑している。
「きゅ、キュレネイさん、私たちでは、レイチェルさんほどの色気がありませんから……」
「イエス。並みの乳を持つククルと、貧乳の私では……レイチェルのおっぱいに敵わないでありますからな?」
キュレネイは無表情をオレの顔に近づけながら、聞いてくるのだ……圧力がスゴい。笑って誤魔化すことにする。貧乳だって魅力的だって伝えると、セクハラになってしまいそうだしな……。
「とにかく、仕事にかかるぞ。情報を共有する……地図に情報を描き込もうぜ?」
「イエス。了解であります」
「は、はい、分かりました、ソルジェ兄さん」
「ウフフ。リング・マスターも大変ですわね」
「……苦労をしているとは思わないよ。可愛い部下たちに囲まれているからね」
「……ほう。貧乳とか並み乳でも、団長には可愛く映るでありますか?」
「オレは胸で女性を判断しやしないよ」
「聖なる真っ平らな乳とか、没個性的な並み乳でもでありますか?」
「ぼ、没個性的な並み乳……っ」
ククルが小さな声で砂漠の夜風にセリフを乗せていた。何というか、ショックを受けているようだ。ククルは没個性という言葉に対して、何か大きなコンプレックスを抱いてもいるのさ。
「……乳の話題はもういいだろ?」
「イエス。団長の命令には、私はいつだって素直に従う良い子でありますから」
「私も、良い子ですよね、ソルジェ兄さん?」
「ああ。とても頼りにしているぞ、キュレネイ、ククル」
「は、はい!……じゃあ、報告を始めましょう、キュレネイさん」
「イエス」
どうにか許してもらえたらしい。キュレネイも、変なところにプライドを持っているな。女子として目立ちたい……っていうコトなのだろうか?……あるいは、貧乳のコンプレックスなのかもしれんな。
……まあ、いいさ。乙女たちには色々な悩みやコンプレックスがあってもいい。今は乳の大きさよりも、猟兵としての仕事に取りかかるべきだ。
「キュレネイ、敵の動きはどうだ?」
「敵の見張りは、30分ごとで周囲を半分移動するであります、折り返しているでありますな」
「ほう。シャトーの周辺を、完全には回らないということか」
「そうみたいです。警戒の範囲はカバーしあってはいないようですね。西側と東側で、それぞれ独立しているようです。見張りのシステムとしては、最適とは言えません……余裕の現れなのだと思います」
「あるいは、仲が悪い可能性もあるであります」
「考えられるな……新参者に対して、元からアルノアの部下である騎士たちは、やさしくはないらしい」
「連携をあえて取ることは、しないのかもしれませんね。もしくは、失敗した時に責任の所在を明確にするための役割分担なのかもしれません」
「以前からいるグループと、新しく加入したグループのあいだには、亀裂があるようでありますな」
「……いい分析と、洞察力だ。オレの感覚とも一致する。おそらく、連中は一枚岩ではない」
「東側の警備を担当しているのは、古参の兵士たちです。『ラーシャール』との連絡を保たせるには、彼らを殺してはならないワケですね」
「西側から攻めることで、新参者たちの評価を下げられるでありますぞ」
「どうなると思う?」
「二通りのパターンが考えられるであります。汚名返上のために、張り切ることになるのか……あるいは、古参の連中に対しての不満を募らせるのか」
「……西から攻めるべきかな、ククル?」
「そうですね。東から攻めて、古参の兵士たちに恥をかかせても、新参の若い兵士には発言力が無いため、両者の溝を悪化させることには、大してつながらないような気がします」
「かもしれんな」
「汚名返上のために張り切って個人の戦力が高まったとしても……古参の兵士と新参の兵士の間で連携が乱れて来ると思います」
「……ああ。古参兵どもの戦闘に対しての哲学は、役割分担の雑さからして守備的なイメージがある。計画よりも、経験と勘に頼るタイプだろう。対して、新参者たちは、砂漠のキャンプで命令通りに動くことを徹底されている……計画に頼る攻撃的なタイプだ」
「プレッシャーを与えれば、新参の兵士たちは攻撃に出る。焦りと功名心から、前に出て名誉を求める可能性が高いですわね」
「対して、古参の兵士たちはシャトーの守備を固めようとする可能性は高いと思います。せっかくのシャトーですもの、防御兵器として使わなければ、価値が下がります」
「……西から攻撃するのに、オレは賛成」
「イエス。私も賛成であります」
「私も、同じ意見です」
「ウフフ。なら、私の意見を聞くまでもありませんわね」
「そうかもしれないが、君の意見は聞いておきたいよ、レイチェル。視点の多さが、作戦に厚みを加えてくれるからな」
それに、レイチェル・ミルラは天才的な感性を持っている。経験や知識を超越して、彼女の勘は正解を射貫くこともあるし、時々、外れもする。何にせよ、彼女の言葉は参考になるのさ。
「私も西からの攻撃に賛成ですわ。でも……」
「でも?」
「やはり、内部からの攻撃を仕掛けてみたいところです。情報収集もしておきたくもありますし」
「……君が先んじて潜入するということか?」
「ええ。娼婦たちを戦いに巻き込まないように、西のラーシャールへと非難誘導させる役目を、古参の騎士たちに訴えてみたいところです」
「なるほどな。戦力を分散させて、娼婦たちを巻き込む被害を防げるということか」
「そうですわ。私が先導しながら騎士たちの戦力を分散し……その西に向かった集団のなかで、『ラーシャール』へ向かう人員以外を選択的に排除する。私が、敵集団に混ざることで、状況を計画通りに進められますわ」
「……リスクはあるな。君を一人にさせる」
「そういう任務に、向いているのは私ですわよ、リング・マスター。戦術をデザインの通りに誘導することで、敵の密度をコントロールし、猟兵の個の強さで殲滅していきましょう。これは、前哨戦にしか過ぎないのですもの。私のリスク一つで、皆の体力を維持させられるなら、お得ですわ」
「……了解だ。上手くやれ、信じているぞ、レイチェル・ミルラ」
「当然ですわ。信頼に応えてみせます、私のリング・マスター」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます