第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その19
ドワーフたちはキュレネイの案に乗ってくれるらしい。キュレネイの作ってくれた作戦は、使い用によれば、かなり化けることになる……。
バルガス将軍と、『イルカルラ血盟団』の古強者たちの援護としては十分に有効だろう。『ザシュガン砦』から戦力を奪うことは、『イルカルラ血盟団』の攻撃力を増すことになる。
そして、ドワーフのテリトリーへと『イルカルラ血盟団』が逃れることが許されるのであれば、防御力も増すということだ。
闇に紛れて上手く用兵することが出来たとすれば、彼らを全滅させずに済むかもしれない。組織の若返りは、新たなカリスマに戦力と求心力を譲渡するためには、必要な行為なのかもしれない。
だが、全滅しなくても、彼らが戦いの果てに『行方不明』になるだけでも、世代交代のための仕組みとしては問題がないように思える。戦場での行方不明は、すなわち死そのものと言えるのだから。
一度、死んだという評価を受ければ、その人物の政治的な価値も死ぬ。ドゥーニア姫に権力を渡したいのであれば……彼女を新しい旗印として、『メイガーロフ』を奪還するための戦いを続けたいのなら、それでいい。
死ぬことはない。
死なずに、影ながらでも戦えばいい。戦力は、あまりにも不足しているのだからな。
……そうだ。戦力は、足りない。
キュレネイ・ザトーも、大穴集落の上に広がる砂塵の舞う空を見つめながら、腕組みをしている。シンキング・タイムだよ。オレは、ふたたび彼女を待つことにした。良案が出てくれることに期待しているのだ。
しばらくして、キュレネイはあの小さな唇を動かし始めた。空に描いた、計算式を見つめたまま。
「……団長。どう見積もったとしても、戦力が足りないであります」
「ああ。そうだろうな」
「帝国には、メイウェイを排除しようとする動きもある。メイウェイに心を掌握されている兵士も、この土地には多い……とくにベテランを中心に、彼らは結束が強い……かつての侵略師団として動いていた過去が、彼らをまとめている」
「……メイウェイを排除すれば、彼らもこの土地を去るかもしれないな」
「ふむ。その可能性は高いじゃろうて。メイウェイは……多くの部下に好かれてはおる。ただし、若い部下には、そうでもないぞ」
「イエス。亜人種の部隊の力を借りて、共に戦っていたからこそ、アインウルフの第六師団は無敵だったのであります。古株の兵士たちは、その事実を知っている。それゆえに、亜人種族へ対する良心的な政策を採るメイウェイに、賛同することも出来る」
「……若手の兵士どもには、その経験がない」
ユアンダートの標榜する人間族第一主義にハマった、若い人種差別主義者どもというわけだ。ヤツらは、メイウェイやベテランたちの行動を、真の意味で理解することは出来ないだろう。
ヒトが他人を理解するには、時間が要るんだ。経験もな。亜人種との交流を経験したことのないヤツらでは……ユアンダートの人間族第一主義が持っている横暴さにも気づけはしない。
憎しみは、大きな結束を生むことになるのだ。帝国の侵略政策を支えているのは、亜人種へ対する憎悪……それがモチベーションになりつつある。経済的な発展を与えられなくなりつつあるから……代わりに、市民の怒りのはけ口が必要なんだろう。
富める者も、貧しい者も、愛国主義と自分たちの種族への劣等感を満たしてくれる、『自分たちではない劣った存在』。それを用意することが、帝国の侵略戦争を支えているように、最近のオレには見えていた。
政治的な力を、人間族第一主義というものは発揮しているのさ。ムカつくことに、ヒトが持つ排他的な性質を、その欲求を満たしてくれる、最高の道具としてな……。
「……メイウェイの失脚と、太守の座を奪うこと。それらをアルノア伯爵が本気で狙っているとするのなら……現在、『メイガーロフ』にいる部隊と、『交替させる部隊』を、用意している気がするであります」
「メイウェイが失脚させられたら……その部下たちも帝国軍を去るだろうからな。名将ってのは、戦士の心をそれぐらいには鷲づかみにしている。命をかけるに値する将や王に仕えてしまっては……それ以下の主に、真の忠誠を捧げることは不可能だ」
ベリウス陛下、そして、ルード王国のクラリス陛下。あの二人を識っているオレには、下らぬ王や将に仕える気には、どうしてもなれなかった。だからこそ、傭兵という流浪の身であることを選んでいたのさ。
「……メイウェイの軍隊は、消えるか。そして……次の軍隊が来ると?」
「……ああ。『アルトーレ』にまで『自由同盟』の軍勢はやって来ているんだぜ?いつ南下してくるかも分からない。『メイガーロフ』は亜人種が多いしな。帝国軍も、『自由同盟』がこの国に介入しようとすることは、理解しているさ。『備え』は、いる」
「イエス。そして、その軍勢が来るとすれば、南からしかないであります」
「……ほう。我々、ドワーフの大穴集落を襲撃した理由は、そいつも考えられるというわけだな……?」
「そうだ。南からやって来る軍勢が嫌うのは、この土地に慣れたドワーフの戦士たち。君らに背後を取られると思えば、ゾッとするだけでは済まない。対策を打つに決まっているんだよ」
「対策か……」
「イエス。おそらく、このタイミングで、南のドワーフの戦力が、アルノア伯爵の支配下にある『ラクタパクシャ』により襲撃を受けたのは……『露払い』も兼ねてのことであります」
北上するにあたって、今後、最大級の憂いとなるであろうドワーフの戦士たち。それを自由にしておくことを、アルノア伯爵とやらは嫌ったのさ。
ドワーフの戦士たちを、あらかじめ排除しておくことで、今後、南からやって来るアルノアのための軍隊は、スムーズに活動することが出来るというわけだ。
「ふん!!……舐められたものだな。露払いか……屈辱的ではあるが―――残念ながら、この惨状を鑑みれば……たしかに、雑魚扱いされても仕方がない。恥ずべきことであるがな……認めざるをえん。我々では、『ラクタパクシャ』を倒せなかった」
「……気にするな。おそらく、あの部隊は、ここを襲撃する計画をかなり長い期間を使って組み立てて来ていたんだろう。地形を、完全に把握していた。何度も偵察と侵入を繰り返しながら、最適のタイミングを狙った」
「……夜の見回りから帰って来て、メシを食べ始める直前だったな。我々の、生活を……ヤツらは長らく盗み見していたか」
「そんなところだろう。しかし……今、問題なのは……戦力不足だ」
「イエス。足らない。敵の部隊は、現状以上の兵力数と置き換わる可能性がある。帝国からの若い兵士のみで構成された、アルノア伯爵のための軍勢……そいつらは、かなりの脅威となるであります」
「……長老よ。知恵も限界があるんだ。だから、訊きたい」
「……何をだ?」
「戦力になってくれるヤツらはいないのか?……少しでもいい。戦力をかき集めておくべきだ。アルノア伯爵の性格は、体感しただろう?……ヤツは、亜人種を滅ぼそうとするだろう。憎しみの炎で、新たな若い帝国兵士の心を燃やし、掌握するために」
「……戦力か。心あたりは、一つだけあるぞ」
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