第四話 『ザシュガン砦の攻防』 その4
撤退の判断に関する権限。それを今いるメンバーのなかで、最も冷静かつ客観的な判断が出来る猟兵、キュレネイ・ザトーに託した。これで安心して戦いに集中することが出来るというものだな。
……オレはそこまで冷静でいられるような気がしない。どうにもこうにも心が苛立ってしまっている。
「リング・マスター、ムチャなことを言っておいてあげますわ。冷静に」
「……ああ」
まったく、ムチャなことではあるな。怒りで皮膚が燃えるように熱くなっているというのに、そいつはムリそうだが……それでも心がける必要はある。
「先代のリング・マスターならば、怒りを沈められないときは、どういう使い方をしていたか、思い出してあげでくださいな」
「……そう、だな。怒りは、攻撃力の元……攻撃ってのは、綿密に戦術を練ることで活かされる」
……今は、とにかくガルフの教えと、戦術に頼るとしよう。怒りにあふれた頭でも、物事を考えられないわけじゃない。怒りを、精密な攻撃力に変える。そのモチベーションがあれば、集中力も増す。
ゼファーは最高速に近いスピードを出してくれている。おかげで、あの黒煙は視界のなかで、どんどん大きくなっていた。魔眼の力を解放して、襲撃されている場所を確認する。
ドワーフたちの集落は、巨大な穴のなかに作られているらしい。直径で500メートルは軽くありそうな大穴。その深さは数十メートルか、あるいは深い場所では100メートルはあるようにも見えた。
街は大穴の中心に広がっていて、そこから煙が上がっている。家屋は中心だけにあるわけじゃなく、あの大穴の側壁にあたる岩壁には、たくさんの家屋が張りついている。ドワーフらしいこじんまりとした、機能性重視の家たちだ。
岩壁には坑道なのか、それとも生活のために作られた通路なのか、無数の穴が開いていたりする。そこからも……煙が出ている場所もあるな。襲撃者は、ところ構わずに火を放ったように見える。
……状況は良くない。何十件もの家が燃え始めているのだからな。だが、そんな火に包まれているドワーフ集落にも、希望がある。
「……ドワーフたちは、まだ戦っているようだ」
「ほ、本当ですか!?」
『そーみたいだよ。にんげんぞくのせんしと、どわーふのせんしが、はがねをうちつけあってるもん』
「……人間族の戦士でありますか?」
「帝国軍の兵士というわけではないのです、リング・マスター?ゼファー?」
「……ああ。ヤツらは、少なくとも帝国軍の装備を身につけてはいない。人間族だがな」
「なら……もしかして、『ラクタパクシャ』なのでしょうか!?」
「『ラクタパクシャ』か……『アルノア査察団』との関係があると、『イルカルラ血盟団』のパトロンである大商人がバルガス将軍に報告していた山賊だ。どうにも帝国人の戦士が多く流れているような集団……」
「……アルノア伯爵の指揮下のもと、ドワーフ集落を襲撃しているのかもしれません」
「事実上の帝国軍ということですわね。太守であるメイウェイ大佐が、亜人種に対して寛容なことに……痺れを切らしているのかもしれませんわ」
あり得るハナシじゃある。アルノア伯爵は、皆と情報を共有した通り、ファリス帝国の皇帝、ユアンダートの野郎と友人らしい。
ユアンダートの信奉者は、どうにもこうにも亜人種の居住地に対して火を放つ趣味でもあるというのか?……人間族第一主義の実践と言えば、そうなのかもしれない。亜人種を殺すことで、人間族の種族的優位を示そうとでも言いたいのか……。
「クソ野郎どもめ……ッ」
「……はい。サイアクな人たちです……」
「メイウェイが帝国軍を率いて、北上している最中に南のドワーフの集落を狙ったように見えるでありますな。情報の共有がなされているかのようであります」
「バルガス将軍たちが睨んでいた通り、『アルノア査察団』は帝国軍の情報を、『ラクタパクシャ』に流しているかもしれんな……」
「イエス。手際が良すぎる」
「メイウェイ大佐という人物は、かなりお出来になる指揮官というハナシですものね。帝国の兵士たちも、基本的に自分たちの行動に対して、秘密主義でしたもの。それなのに、ここまで簡単に裏を取られるのは、どうにも不自然ですわ」
『ガッシャーラブル』の帝国兵たちの動きは、秘密主義に守られていた。いつ護衛隊が出発するのかさえも、周知しなかったのは……自分たちの裏をかかれないための策であった。
レイチェルの指摘のとおり、一般的な帝国軍の行動よりも、かなり自分たちの作戦の秘密保持に気を配っていたフシがある。そうだというのに……こんなことが起きるのか?出来すぎているな。デザインされた作戦のように思えてくる。
「……『ラクタパクシャ』と『アルノア査察団』は、この襲撃もメイウェイの責任の材料にするつもりかもしれません。メイウェイを失脚させて……アルノア伯爵は、自身がこの『メイガーロフ』の太守の座を受け継ぐ気なのでしょうか……?」
「出世欲に駆られた男は、何でもしやがるからな……千人や二千人、殺すことぐらい、笑いながらやるだろうよ」
「……恐ろしいハナシですね」
ヒトの欲望も、ヒトの悪意も、底が知れないモノじゃある。一つの国の太守……事実上の『王』となれるとすれば、ヒトはどんな悪しき行為でもしてしまうかもしれない。
太守がアルノア伯爵に変わった途端に、『ラクタパクシャ』の被害は消えてなくなるかもしれないな。
まったく、クソみたいなハナシだが、ドワーフ集落を襲撃している人間族たちは、どうんいもガラの悪そうな山賊―――というか、一緒にしてほしくはないが、『傭兵』のような風貌だ。
統一感がないが、練度が高い。山賊みたいに、商人や市民ばかりを襲撃して来た連中であれば、ドワーフの山賊だって、総崩れさせられることはないハズだがな。真っ昼間から襲撃をしてくる……奇襲ってのは、意外性があった方が有効だ。
あるいは。ドワーフの戦士たちは、どこかに仕事にでも出かけていたのだろうか?……昼間から襲撃を受けるとは、通常は考えない。
「……襲撃者は、『ラクタパクシャ』だと考えていてくれ。ヤツらは、おそらくはアルノア伯爵の私兵……それなりの経験値で腕を磨いて来た、傭兵だ」
ドワーフたちを圧倒出来たというのなら、そう考えるべきだろうよ。軍隊よりも少ない数で、軍隊よりも軍事的な威力を発揮する。そんなことが出来るのは、傭兵たちしかいないものだ。
そして。傭兵という連中は、雇い主からの報酬がなければ技巧を披露することはない。ドワーフの集落を襲撃するなんて、襲撃した側にも死者が出るのは当然のことだ。街に火を放った以上、財産を奪うことも難しい。略奪対象に火をかけるバカはいない。
山賊じゃない。
山賊の皮をかぶっただけの、傭兵集団だ。
メイウェイ大佐が雇い主とは考えられない以上は、やはり、アルノア伯爵か?……他にもこの土地にいる帝国貴族やら、上級軍人どもがいるのかもしれないが―――今は、アルノアの野郎が主犯だということにしておいてやる。
『……『どーじぇ』、おおあなのふちに、ゆみのぶたいが、いるよ!!』
「高い場所から戦士を射殺す。戦術的な動きをしているな」
「ですが、密集してくれているのなら、戦術を使ってくれているのなら……こちらの対抗戦術も、かえって威力を発揮するというものです」
ククルの言わんとしていることは分かる。ゼファーもすっかりとやる気になっているからな。
密集した高い位置から矢を放つ。味方の援護にもなるし、家屋に火矢を放ち火災を起こすことでドワーフたちを混乱させることも出来る。
たしかに利には適っている戦術だし、戦場に混沌を発生させることで、ドワーフの戦士たちも守りやすいはずの自分たちの集落で苦戦を極めている。計画された攻撃であり、あくまでもメイウェイたちに見つからないようにヤツらが行動しているというのならば。
……敵戦力の数は少ない。
数よりも、質と戦術で攻めて来た。この分では偵察も繰り返していたのかもな。夜な夜な少人数でドワーフ集落に忍び込み、精確な地図を創り上げ、弱点を研究していったのかもしれん。
傭兵ってのは軍隊よりも強いが、軍隊に比べて大きな弱点が一つある。
「最小限の戦力しか投入していない。戦術と腕っ節に頼るというような連中は、そんな作りをしているもんだ」
「ウフフ。ならば、私たち少数精鋭が介入することで、戦局を変えることも十分にあり得ますわね」
「ああ。まずは……ゼファー」
『うん!あそこの、ゆみたいを……ばくはしちゃおうよ、『どーじぇ』!!』
「むろんだ」
オレは左眼に魔力を込める。
『ターゲッティング』の瞳術を用意するんだよ。怒りのせいで、必要以上の魔力を注いでしまっているが―――かまわんさ。
あの職業倫理を持たない、ただ血と金銭欲に飢えただけの傭兵どもなど、全ての肉片さえも黒く焦がしてしまえばよいのだ。
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