第三話 『ザシュガン砦の攻防』 その3
ゼファーの言う通りだった。はるかな南で、その巨大な黒煙は空へと立ち上っている。通常の火事によるものではないことは明白。一軒や二軒が燃えているモノではない。
もっと多くの建物が燃えないと、あんな勢いで黒煙が生まれ出でることは考えられなかった。
だが、記憶に無いモノではない。むしろ、何度も見かけて来た光景と言えるだろう。それは……間違いない。
「……村に火をつけやがったか」
「え!?」
「この方角、もしかしてドワーフ族たちの集落ですの?」
「ドワーフ族のテリトリーの方角であります。ドワーフ族の好戦的な気質からすれば、彼らの居住地域の近くに村を建てる異種族は、少ないはずであります」
『じゃあ、どわーふたちのいえが、やかれているの!?』
「人間族の村じゃなさそうだってことは、そうなるな。それは、つまり……帝国軍による攻撃で、ドワーフ族の集落が燃やされたということだ」
「……そんな!?」
「こんなタイミングだなんて、ある意味では良いとも言えますね」
「イエス。我々が、救援に向かえるタイミングであります」
「そういうことだ!!ゼファー!!翼で空を叩け!!」
『らじゃー!!ぜんそくりょくで、けむりのでているばしょに、むかうからねッ!!』
漆黒の翼は砂塵混じりの空で大きく広がって、翼で空を叩きつける!!
オレも重心を移動させて、ゼファーの羽ばたきを補助してやる。竜の背にいる竜騎士は、重りではないのだ。竜にとって負担になることはなく、むしろ動力源としてその全身を捧げるためにいる!!
「ソルジェ兄さん、私も動きます!!」
賢い我が妹分、ククル・ストレガはオレの体の動きの意味を把握して、それに合わせて背骨を動かしてくれる。背後に取りついたキュレネイも、同じように動く。竜騎士の体に合わせて重心を動かせば、ゼファーの加速に力を与えることが出来る。
レイチェル・ミルラは持ち前の感性と脅威的なバランス感覚により、オレの体に触れなくてもゼファーの動きを邪魔しない動きを日頃から実践してはいるから、問題はない。これ以上のサポート体制は、今のオレたちには行えない。
漆黒の翼は焦るように空を叩きつけて、ゼファーは加速に加速を重ねてくれる……空を漂う砂塵が、体に当たって来やがるな……。
背後にいるキュレネイとレイチェルはオレの体が盾になっているからともかく、オレの脚の間にいるククルは辛そうだった。オレでもそれなりに辛いからな……ククルはそれ以上に砂を浴びていることになる。
「ククル。マントのフードを被っておけ。目に砂でも入れば、戦闘の障害になるぞ」
「は、はい!!了解しました!!」
ウール製のマントについたフードを、ククルは頭からすっぽりとかぶり、フードの口にある紐を引っ張って、頭を全て覆ってみせる。
「これで、大丈夫です」
「ああ。そうしていてくれ……」
オレは目をつぶっていてもゼファーの視界を借りれば問題はないし、魔眼でまぶたを透視しながら視界を確保するも可能だからな。
「団長。弓と矢を用意するでありますか?」
「そうだな、頼むぜ、キュレネイ。戦況次第だが、お前とククルは、最初は上空からの矢で攻撃して欲しい」
「では、リング・マスターと私は、飛び降りて接近戦を仕掛けるということですわね?」
「最初のプランとしては、そうするぞ。戦況に応じて、作戦は変えるつもりだが……ドワーフ族が、あれだけ好き勝手に家を焼かれている状況だとすると……戦闘は、大きく彼らの劣勢なのか、あるいは既に―――」
「―――終わっているということも、あるわけですね?」
「考えられることだ」
そして、そうであった場合の被害規模の大きさは、間違いなく全滅か、それに近しい状況だろう。
……クソ。悲観的になっている場合ではないな。
「いいな。まだ戦闘中であり、彼らが劣勢である場合は、オレとレイチェルは地上に降りて、敵を攪乱するぞ」
「地上と空から攻撃するわけですわね」
「ああ。そして……状況を見て、オレが指示を出せば……キュレネイとククルも地上戦に突入してくれ」
「イエス。ゼファーを『囮』にして、地上の敵を狩りまくるパターンでありますな」
「弓で狙いをつけて動くよりは、そちらの方が効率的な場合もありますね!敵も、ドワーフとの接近戦なんて好まないはずですし……」
『てきは、ゆみをそうびしているんだね!?』
「はい。その可能性は、とても高いと思います。あの黒煙から予想すれば……火矢を用いていると思います。火矢隊がいるとすれば……ソルジェ兄さん」
「ああ。ゼファーの最初の一撃を浴びせるには、持って来いの敵だな。家屋には、逃げ込んだ女子供だっているかもしれない。火矢を放つような敵は、優先して処理して行くことにするぞ」
やはり、知恵が利く副官がいてくれると、戦場に趣く際に落ち着いて戦術を練ることが出来てありがたいものだな。
オレだけだったら、焦りすぎて突撃するだけになるかもしれない。そいつは速度こそ稼げるだろうがな……不測の事態に応じることは不可能な、浅はかな戦術とも言えるんだよ。
そうだ。指揮官ってのは冷静にならなくてはならない。帝国人どもに家屋を燃やされる者たちを見ても……冷静でなくてはならない。
そうでなければ、オレは『家族』をまた失いかねないからだ。
……そうだよな、アーレスよ。
あんなのは、もうゴメンだよな。
―――あついよう!!あついよう!!たすけて、あにさま!!たすけてッ!!
……ああ、そうだけど。
そうなんだけどよ。
ダメだぜ、オレは本当に……燃えている家を見ちまうと。アーレスよ、お前が伝えてくれた、セシルの最期が脳裏に浮かぶ。あの光景は、忘れることがない。あの叫びを、忘れることなんて不可能だ。
ぶつけ合わされた奥歯が、ギリガリを破壊的な音を立てる。ああ……怒りが、新鮮さを失うことのない痛みを伴う怒りが……魂と、心を、壊してしまいそうになるんだよ。
……笑う帝国人どもを見つけたら、オレは理性なんて吹き飛んでしまうかもしれない。どんな大軍を相手にしようとも、燃えていくセシルの放った、泣き叫ぶ呼び声に応じたくなって、敵に突っ込んで行ってしまいそうだぜ。
そいつは、どうしようもないことだ。
それこそが、ソルジェ・ストラウスという存在の本質だよ。セシルを奪われた怒りが、我が妹のために何もしてやれなかった虚しさが、ストラウスの剣鬼として、鋼と共に暴れることを選ばせる。
止めることの出来ない衝動がある。
そして、竜騎士の衝動は……竜にも乗り移るのだ。
竜騎士と竜とは、一心同体の存在だからさ。オレが暴走すれば、ゼファーだって衝動をこらえられなくなる。二人して獣と化して暴れることになるだろうさ、自分たちの命に対して無頓着にもなりかねない。そういうものだ、竜も竜騎士も。そういう生き物なんだ。
……だから。
保険を張っておくことにしよう。
「いいか、キュレネイ」
「……なんでありますか?」
「この戦闘が、オレたちの不利だとお前が判断すれば、オレに縄を放ってでも、無理やりに撤退させろ。毒矢を撃ち込んでくれても構わん」
「……イエス。撤退の判断は、私が行うであります」
「頼むぜ。ドワーフたちも死なせたくはないが……」
「わかっています、団長。私たちも、この場所で死んでいる場合ではないでありますから」
……そうだ。帝国を打倒する。そのためにも、ここで死んでやることは出来ないのだ。
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