第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その30
ガンダラと傷の戦士が睨み合いをしている上空で、『コウモリ』の群れに化けたオレたちは、巨大なコブラの神像が掘られた岸壁へと向かう。
岸壁には壮麗で巨大な飾り柱が並んでいるし……窓もある。岸壁と一体化した神殿の内部へと続く侵入ルートだな。いくつかあるが、もちろんベストなのは……。
『……カミラ、一番高い場所だ。コブラの頭の上にある穴……あそこから入ろう』
『あの窓からですね。了解しました』
パタパタと小さな翼を羽ばたかせながら、『コウモリ』の群れは太陽の光が届かぬ窓の奥の暗がりへと潜入していく。ホコリっぽくて……足下には入り込んだ砂が積もっていた。
砂には足跡はない。この空間は見張り台としては使われていないらしい。コブラの神像の上に位置するのは、不敬なことだという考え方でもあるのかもな。『太陽の目』のヤツらとモメまくっていたとしても、蛇神ヴァールティーンに対しては敬意を払うのか?
……まあ、『太陽の目』の連中は、狂信者的な扱いの人々らしい。原理主義者か。蛇神の教えの実践を強いる者たち……それは一般的な信徒とは温度差があるだけかもな。
いや、『イルカルラ血盟団』がどんな宗教観を持っていたとしても、今は関係がないことだ。『コウモリ』の群れは、窓から差し込む陽光が消え去っても、室内深くに進んでいく。
『ソルジェさま。あそこに階段があるっすよ!』
『ああ。このフロアを降りる。彼らの生活空間に忍び寄るとしよう』
『……砂漠には、コウモリがいるんすかね……?』
『砂漠だからこそ、こういう洞窟っぽいところにコウモリが棲息しているのかもしれないぞ』
『暑さを避ける場所は、ここぐらいかもしれないっすね』
『ああ……わずかだが、外よりも空気が冷やされている』
野生動物たちにとっても、この神殿は憩いの場なのかもしれない。足下の砂に、蛇がいたよ。コブラだ。大きく太った丸い頭が特徴的だな……。
『うわあ。蛇っす……ッ』
カミラは蛇が好きじゃないらしい。カミラに限らず、女性人気は高くないものな、蛇ってのは……分からなくもない。竜と違って、どうにも連中は可愛くないしね。
『……しかし、このコブラ。自力でここまで入り込んだのか?』
『罠っすかね?』
『いや、そうじゃなくて。わざわざ特大の神像を作るぐらいだからさ。コブラをここで買っているのかもしれないと思ったんだ』
神聖視している動物なら、神殿の最上フロアに住まわせていても不思議なことではない。予想は、的中していたよ。あちこちでコブラが砂に埋まるようにして眠っている光景が、闇のなかにはあった。
『コウモリ』が、コブラを避けて飛んだよ……。
影と化している存在なのだから、コブラに噛みつかれることなんてあり得ないのであるが、女子としてコブラになど近寄りたくもないのだろう。まあ、男だって、あまり強力な毒蛇に対して近寄りたいなんて思わないけどよ。
『……ソルジェさま……っ。あれ、気持ち悪いっす……っ』
『……ああ。もうちょっとだ……灯りこそ見えないが、下の階から、わずかな気流が入って来ている。下の階は近いぞ』
『下の階には、蛇どもいないっすよね……?』
『さすがに、猛毒の蛇を自分たちの近くで放し飼いにはしないだろう』
もしも、そういう哲学があったとすれば、『カムラン寺院』の庭なんて、コブラの絨毯が広がっていそうだよ。
狭くなっていた室内が右に急角度で曲がったよ。
『あそこだな』
『やった。蛇フロアとバイバイできるっす!』
よほど蛇フロアがイヤだったのだろう。『コウモリ』の翼が普段の何倍もの速さで激しく律動し、曲がり角の先に見えた細かな鉄格子に閉鎖されている階段へと向かう。その鉄格子の隙間は細くて、コブラたちの大きな頭では通らないかもしれない。
もちろん、ヒトだって通れないさ。
だが、『コウモリ』には大きすぎする穴だった。
翼が鉄格子に触れるが、実体を持たない影であるその翼は、何事も無かったかのように飛翔のための運動を続けた。
そのまま、オレたちは細い階段を降りていく。
想像していたより、長い階段だったが。カミラがスピードを上げてくれたので、その終わりに辿り着くまで時間はかからなかったよ。
……かなり暗くて、閉鎖的な印象を受ける空間だ。
神殿というよりも、砦に近い印象を受ける……階段降りた先にある、左右へと伸びる細い通路は、10メートルも進めば、再び折れている。
わざわざ、廊下をそんなに細かく曲げなくても良さそうだろ?
ここが神殿だとすれば、もっと堂々としていればいいんだ。しかし、ここは純粋な祈りのための場所ではない。
『イルカルラ血盟団』が改造したわけではなさそうだ。
おそらく、大昔の『メイガーロフ人』は、ここを最初に砦として築いたのだろう。だが、何かが起きて、彼らはこの砦を放棄した。そこに蛇神の信徒たちが集まって、外の巨大なコブラ像を刻み、ここを神殿へと変えた……。
そんな順番なのだろうと感じたよ。
陰気で狭い通路の天井近くは、荒削りの岩盤だ。
『コウモリ』の頭や翼が触れちまいそうになる。さっきよりも、どんどんと狭くなっている。ゆっくりと広げたり狭めたりして、狭い場所と広い場所を作る。侵入者の隊列を乱し、この空間的特徴を把握してい者たちだけが、強力な反撃を実行することが許される。
そういう考え方を持つ場所なのだろう。
やっぱり、軍事的な施設の作りだと思う。装飾的なモノも皆無だしな……。
『……このフロアも無人っすね』
『もう一つ下の階あたりに、バルガス将軍がいるんじゃないかな』
『どうして、そんなことが分かるんすか?』
『指揮官ってのは、戦場を見渡したがるものなのさ。だからこそ、基本的には高い場所に陣取っている』
何事にも例外はあるから、断言することは愚かしいがね。それでも、合理的なレベルでは当たっているんじゃないか……?
『なるほど。では、下の階に向かいます。あそこに、階段がありましたっすから!』
暗がりのずっと先に、カミラの言う通り階段があった。
一度に、多く降りることの出来ない作りか。防衛拠点としては悪くない建築哲学ではあるのだが、使い勝手はかなり悪いものだ。
ここが神聖な場所であるのなら、外にコブラの巨像を彫るような人々は、殺風景なままで放置することなく、そこらの岩壁にコブラの群れでも描こうとするんじゃないだろうか……?
しかし、ここにはそういった宗教装飾はなく、硬く削られた通路の壁には、蛇が1匹だって描かれちゃいないのさ。
ここは、軍事的な施設の特徴に満ちているようだし、多分、オレの勘は外れちゃいない。
「……どういう判断をするおつもりか?」
返答を迫るための緊張を帯びた声が、薄闇のなかで響いていたよ。
カミラはそれに反応して、『コウモリ』の前進を停止していた。階段の下から、その声は聞こえてきていた。
『……誰っすかね?』
『さあな。だが、少なくとも、最高責任者が口にする言葉じゃないし……ドゥーニア姫でもない。五十代か、六十代の男の声だ』
誰かは若らないが、それに近づくメリットを感じていたよ。
カミラは『コウモリ』の翼のパタパタを最小限にして、無音なる飛行を開始する。『ヴァルガロフ』で『コウモリ』のトレーニングもしていたのかもしれない。『吸血鬼』の力の使い方に、磨きがかかっているな……。
無音なるパタパタで、階段を降りていく……。
ゆっくりと移動したよ。
時間をかけてね。
だからこそ、先ほどの『質問者』は痺れを切らしてしまったようだ。
『聞いているのですかな、バルガス将軍!!』
……『コウモリ』に化けているオレたち夫婦は、ニヤリとその唇を歪めて、小さいが鋭い牙を闇のなかで煌めかせていた。
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