第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その5
ミアはイスの上で脚を組み、再び挙手をする。
「……『太陽の目』を攻撃するっていう情報が、手に入ったら?何か、妨害しなくてもいいの?」
「もしも、帝国軍が『カムラン寺院』を包囲するとすれば、それは朝ではなく夜になる。夜間の祈祷に合わせて攻撃を行う可能性が高い。そうだな、ガンダラ?」
「ええ。ホーアン殿から彼らの行動スタイルは聞き出しています。『太陽の目』の僧兵が『カムラン寺院』に集結するのは、あの時間帯です。それ以外は、夜の修行、朝の修行、昼の修行と……街や街の外にいることも多い」
「……『太陽の目』の僧兵たちを殲滅するには、祈祷の時間が最良ですね。夜間ならば、市民も出歩いていない。兵士を展開させやすいですし」
ククルはテーブルに広げられた地図を見ている。地図に描き込まれた帝国軍の兵舎と、『カムラン寺院』の周辺を指でなぞりながら、賢い頭の中に想像力で戦闘を作りあげる……。
「……十中八九でそのタイミングですね。包囲し殲滅するのであれば、一時間もあれば僧兵たちを倒せますから」
「あそこは来る者を拒まないスタイルの寺院だ。帝国兵を押し止める仕掛けは皆無。さらに言えば、僧兵の戦力は、ベテランを欠いている……」
「腕の立つヤツでかかられたら、各個撃破で守りが穴だらけにされてしまうであります」
「な、なるほど。だから、ソルジェさまは、腕の立つ小隊長を調査しろと?」
「そういうことだ」
個の強さは守る相手を責める時、実に有効な武器となる。各個撃破されなければ防衛線ってのは維持しやすいもんだ。だから、敵の強いヤツを排除しておけば?……僧兵たちが身を守れる時間は延長する。
「……オレたちの読みの通りなら、帝国による『太陽の目』に対しての攻撃は夜だ。さすがに今夜は、まだ起きないだろう。最短でも、明日の夜になる」
「じゃあ。情報収集だけでいいの?時間的な余裕があるから」
「そうだ。明日の夜までには、かなり時間がある……クラリス陛下やシャーロンがスパイや戦士を派遣してくれるのなら、情報を回収し、提供し、連携を整える。そいつが完了するまでの時間には十分だ」
「……わかった。とにかく、情報収集を隠密で……って方針で行くね!」
「ああ。身を守ることに集中しろ。ここにいるのは、リエルとミアだけになる……ナックスもいるが、今のところは戦力というよりは荷物だろうからな」
「そうですな。リエル、ミア。彼には勝手な行動はしないようにと言い聞かせています。ですが、勝手な行動を取ろうとした時は、捕縛して下さい」
「了解だ」
「らじゃーっ!」
「……もしも、ナックスが帝国兵に見つかって、ヤツらに捕まった場合は、二人だけでの奪還は試みるなよ。チームを頼れ。どうせ、ナックスはすぐには殺されん。ドゥーニア姫へつながる鍵だからな」
そのために、わざわざ呪術師ロビン・クリストフを南方戦線から呼び寄せたわけだからな。メイウェイ大佐が、ドゥーニア姫を捕縛することに対しての執念を感じさせる……。
「……ロビン・クリストフを誘拐したことがバレるのも時間の問題ではある」
「我々に気がつくと言うのか?」
「いや。そこまで具体的なバレ方はしないだろうが、警戒心は上がる。『自由同盟』の傭兵が介入しているというよりも……メイウェイの地位を落とそうとしている帝国軍内の政敵……そっちを疑うかもな」
「メイウェイにも、敵が多いんですね」
「うむ。そうらしいぞ。あの呪術師も、帝国には外に敵などなく、内側にこそ敵がいると語っていたしな!」
不機嫌そうな顔に、オレの恋人エルフさんがなってしまうよ。根に持っていやがるのさ。オレたちが『帝国の敵』とさえ、数えられなかったことに。オレとしても、なかなかに屈辱的な事実だが、帝国兵からすれば、そんな認識なのだろう……。
「……メイウェイ大佐の地位は、貴族という身分で保障されているものではありませんからな。引きずり降ろしやすい『獲物』だと考える者がいるのも当然でしょう」
「では、昨夜の騒動が、我々のせいではなく、その『政敵』とやらの仕業だと認識される可能性は低くないのですわね?」
「低くはない。だが、切れ者がいれば見抜かれるかもしれん」
「ウフフ。ですが、策士は策に溺れるものですわ。考え過ぎて迷ってしまえば、切れ者の鋭さも役には立ちませんもの」
レイチェル・ミルラは天才肌で、みょうに前向きなところがある。そういう前向きさに救われることもあるし、不安を覚えることもある。今日のオレは、胃袋に入ったワインのおかげか、救われていたよ。
「……ああ。慎重には行動すべきだが、敵サンも忙しい。いつものようにやるだけでいいさ。警戒されても、怪しげな行動を見られないようにすればいい……ガンダラ」
「何ですかな?」
「予防線は、張ってあるよな?」
「……ええ。『彼』とは、よく話しておきましたし……『追っ手』は他の家に誘導しましたよ」
「……何のハナシだ?」
「ああ。それはな……」
オレとガンダラは、このアジトがバレる可能性が最も高いシナリオについて、一つの対策が既に構築済みであることを皆に告げた。皆、納得してくれる。オレたちは世慣れした傭兵集団だ。誰もを無条件で信じるようなことはしない。
「……しかし、団長、私の行動がよく分かりましたな?」
「長年、つるんでいるからな」
「たしかに、付き合いも長くなっていますな」
「とにかく。『彼ら』については問題ないが……リエルは接触を避けろ。あそこに行くとするなら、そのときはミアに任せるんだ」
「わかった。そうしよう」
「コッソリが基本の偵察は、本職の私にお任せ。リエルの追跡術には負けちゃうけど、コッソリするのは負けないもん」
「ああ。そうだな。偵察にかけては、私よりもミアの方が上だ」
「うん。でも……森の中なら負けるかも」
「そのうち、森での追跡術も、また教えてやるぞ」
「えへへ。絶対だよ?」
「必ずな」
ミアはリエルの近くにイスを動かして、並んで座るのさ。森のエルフの『狩猟術』、その奥義をリエルはミアに伝えたがっている。ミアの強さをより増やすために……。
オレたちはお互いの技巧も共有することで、能力を磨いて来てもいるが、理解することの出来ない高度な技巧までは共有できない―――ミアは、森のエルフの奥義に相応しい技巧の持ち主だとリエルに認められたということであり、ミアにはそれがたまらなく嬉しいのさ。
我がヨメと我が妹が仲睦まじくて、お兄ちゃんは幸せモンだぜ。
……オレが幸福感にひたった顔でニヤニヤしていると、副官のガンダラが咳払いをしてくれた。
「さてと。二人を除く他のメンバーで、『アルトン鉱山』に向かうとしましょう。それでいいですな、団長?」
「おう。『ガッシャーラブル』についてはリエルとミアに任せた。問題はない」
「ウフフ。それでは準備いたしますわね。武装して、今回はカミラの『コウモリ』で街の外に出る……その手順なのでしょうか?」
「頼りっきりで悪いが、『コウモリ』に化ければ、時間をかけずに脱出できる。カミラ、行けるな?」
「はい!もちろんっす。ソルジェさまから、元気をいただきましたから!」
「ウフフ。妬けちゃうほどにラブラブですわね、リング・マスター」
「わ、私も含めてラブラブだったのだからな!?」
リエルもラブラブ・メンバーだったと主張することは忘れない。
「さ、三人で……」
何かを考えているのか、純情なる少女、ククル・ストレガの顔が赤くなる。ククルには少し刺激の強い妄想をしているのかもしれない―――。
「―――三人も、四人も、五人も……もう、そこまでいったら、逆に、大丈夫ですよね……?」
赤い顔した妹分が、うつむいたまま謎の発言をしていたが……思春期の少女のつぶやきに対しては、あまり反応してやらない方が良いだろう。
「とにかく!準備をするぞ!十分後には、出発だ!」
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