第三話 『イルカルラに熱き血は捧げられ……』 その1


 ……目を覚ましたのは、午前9時を回った頃だった。仕事柄しょうがないことではあるものの、夜間に作戦行動などするものではないな。生活のリズムが狂ってしまう。


「……お早う、ソルジェ」


「ん。お早う、リエル」


 左腕マクラの使用者が、珍しく朝寝坊していたようだ。寝入ったのが、かなり遅かったからな。さすがのリエルも早起きは難しいのか……と考えていたが、リエルはすでに服を着ていた。


「二度寝していたのか?」


「うむ。皆、ぐっすりと寝入っているようだったからな。早く起きた私が、何だか間違ったよーな気持ちになり……少しだけ眠たかったから、ソルジェの腕マクラで二度寝していたのだ」


「リエルらしいな。毎朝6時に目が覚めるんだよな」


「早起きは得することがあるらしい」


「あるかね?」


「ソルジェの寝顔を見れたぞ」


「……おお。てれるぜ」


 素直に感想を述べてみると、リエルの顔はすぐに赤くなっていた。銀色の髪を揺らしながら、首をブンブンと横に回して頬とか耳に宿った赤色をどうにかしたいらしい。


「て、てれるとか、言うなである」


「愛あるかわいらしい言葉だと思うんだがな」


「そ、それはかわいくて当然だがな……あまり、からかうでない……っ」


 左腕マクラの上でリエルの頭がくるりと回り、そっぽを向かれてしまったよ。可愛らしい態度だと思うが、あまり言うと怒られそうだから止めておくか。


「……皆、疲れているか」


「……そうだな。よく眠れているということは、そうなのだろう。気候の変動に、夜更かしに……昨日は色々とあった日だからな」


「お前も疲れているか?」


「う、うむ。ソルジェとカミラのせいが半分以上の気もするが……っ」


「可愛かったすよ、昨夜のリエルちゃん」


 いつの間にやら目を覚ましていたカミラが、昨夜を振り返りながら語る。


「へ、変なコト言うな!?というか、いつでも24時間、可愛いだろうが、私は!?」


「そうっすけど……昨夜は特別にというか?ねえ、そうですよねえ、ソルジェさまぁ?」


「ああ。昨夜は特別に可愛かったな」


「だから。からかうでない……っ。『雷』を喰らいたいのか、お前たち?」


 朝から攻撃魔術を用いたタイプの夫婦喧嘩をしたくはないんでな、これ以上、昨夜の特別に可愛いリエルについて語ることはやめておくことにしよう……でも、カミラは『闇』の力があるからリエルの三大属性の魔術は全て吸収されるんだけどな……まあ、しないけど。


「しかし……すでに暑くなってきているな」


「そうっすね。裸でちょうど良いぐらいっす。今日も、暑くなりそうっすね。夜は肌寒いのに……」


 そんな会話をしていると、スタタという軽やかな足音が聞こえて来た。寝室のドアを小さな手がノックする。


「お兄ちゃん、リエル、カミラ。入るね!」


 容赦ない宣言と共に、ドアは開かれて。我が妹ミア・マルー・ストラウスが寝室に入ってきたよ。そのまま、走り、ぴょーんと大きく飛んで、オレに向かって天使が降ってくる!!


「お兄ちゃん、おっはよー!!」


 両腕が腕マクラ状態だから抱きしめることは不可能であったが、お兄ちゃんの胴体とマットレスの柔軟性で天使のダイブを受け止めていた。痛い?……いいや、シスコンにとって妹のお早うダイブは痛覚が反応しないタイプの衝撃なのである。


「あはは!キャッチ失敗!」


「まあ、これはこれで楽しいだろ?ボディ・プレスが命中したんだ」


「うん!」


 腹の上のミアは、左右の脚を楽しそうに曲げてリズムを刻んでいた。鼻歌まじりにね。しばらく朝の幸福に包まれていたが、ミアの脚が動きを止めて、上半身がオレの胸に落ちてくる。


「……お腹減ったー」


「そうか。朝ゴハンがまだだもんな」


「レイチェルのマカロニ・グラタンは消化済み!」


「じゃあ、ゴハンを作るっすよ」


「そうだな。起きて、軽いものを作るのもいいな」


 ヨメたちは自作するつもりらしいが、オレは『ガッシャーラブル』が商人の街だってことを忘れちゃいない。


「……作るのも楽しいが。『ガッシャーラブル』商人は、朝メシを自宅で食べないらしいんだよな」


「ふーん?……どーゆーこと?」


 弾んだ語尾と共に、ミアの頭がくいっと横に傾いた。お兄ちゃんはそれを目の当たりにするだけで幸福モードになってしまうが、ミアに訊かれたなら、何だって答えないといけないよな。だって、オレはお兄ちゃんだからだ。


「商人たちにとっては、朝メシを食べている時間も節約したいものなのさ。さっさと商売を始めるために、朝メシを作らずに、そこらの屋台で食べる!」


「おー!……つ・ま・り!『ガッシャーラブル』では、朝から美味しい屋台が出ているんだね!」


 グルメな猫舌はその事実に気づいてしまったようだ。胃袋的な好奇心が止まらない。黒髪の間から生えた猫耳が、ピコピコと動いているよ。


「食べに行きたいか?」


「食べに行きたーい!!」


 そう言いながらミアが顔に抱きついてくれる。お兄ちゃんは重度のシスコンだから、幸せ過ぎて死にそうだよ。


「……ふむ。現地のモノを食せ。ガルフの遺した教えでもあるしな」


「ええ。現地のモノを食べていた方が、その土地にあった体になれる……っすよね?」


「ああ。そういうことさ。とりあえず、全員起こして、朝メシは屋台にしようぜ?」


「だが……まだやっているか?」


「遅く起きるヤツもいるさ。そういうヤツのためにも、屋台はあると思うぜ。微妙に、朝の風に焦げたチーズの香りが漂っているしな……」


「ほんとだー。いいにおい!」


 ミアがオレの体の上で仰向けになっていた。鼻をくんくんさせて、『ガッシャーラブル』の朝グルメが香る風を楽しんでいる。


「じゃあ、ミアちゃん」


「なーに、カミラ?」


「皆を、起こして来てくれるっすか?」


「分かったー!この幸せなお知らせと共に、起こしてくるね!」


 腹筋を使い、ケットシーの柔らかな体をミアは宙に舞わせた。そのままベッドから飛び降りると、朝から屋台!という幸せメッセージを運ぶために黒い風となったよ……。


 オレはゆっくりと上半身をベッドから起こし、大きなあくびを噛み殺した。


「ふわあ。さーて、オレたちも準備しようぜ」


「私は出来ているぞ。ソルジェとカミラは服を着ろ」


 ごもっともだったな。


 オレとカミラが服を着た頃、ミアは再び戻って来た。


「ナックスちゃん以外、起きた」


「ナックスはまだ薬が効いているのか?」


「ううん。起きていたけど、お外には行けないから。傷を早く治すために、二度寝するんだって言ってたよ」


 いい傾向だな。傷を治すのも戦士の仕事のうちじゃある。ナックスほどのベテラン戦士は、帝国軍との戦いに有効な戦力として機能するはずだ。


「……でも。朝ゴハンを食べた方が、傷の治りも早いんすけどね……」


「そこのところは大丈夫。ガンダラちゃんが干し肉とパンを与えていたっぽいから」


 干し肉とパンか。ガンダラらしい。栄養素ってカンジのメニューっていうかね?干し肉が入っていれば、ケガの治りも悪くはないだろう。精神的にも病んでいる様子のナックスには睡眠も大事だろうからな。


「よし。とりあえず、朝メシを食べに行こうぜ」


「ラジャー!」


「……道すがらでも良いから、情報収集もな」


「そうっすね。昨夜の襲撃が、ちゃんと山賊さんの仕業になっているかも、気になるトコロっすから」


 オレたちは、やはり仕事中毒気味らしい。傭兵ってのは、もっと適当な性格をしたヤツらも多いんだが、うちは基本的にギンドウ・アーヴィング以外はマジメというか、仕事中毒系が多いかもしれないな。


 だが。それでいいのさ。オレたちは最強の傭兵、『パンジャール猟兵団』なんだからな。朝メシのついでに情報収集ぐらい、楽にこなせるよ。




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