第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その32
ゼファーの背に乗り、そのまま『ガッシャーラブル』まで戻った。カミラに頼りっぱなしなのは、悪いが……『コウモリ』に化けてもらい、アジトまで帰還する。
休息するのも仕事のうち。その哲学に準じて、すでに皆、眠ってしまっていたよ。静まりかえったアジトの静寂に、カミラは緊張を溶かされてしまう。いつものはつらつとした元気は消え去って、脱力した疲れた表情になっていたよ。
「ふう……さすがに、疲れましたっすー」
『コウモリ』に化けるのは、かなり魔力を消耗することらしいからな。その疲労がどれほどのものなのかは分からないが、夫としてすることは一つだよ。カミラをお姫さま抱っこしてやるのさ。
「えへへ。特別ボーナスっすね」
「頑張ったからな。今度はオレがどこにでも運んでやるよ」
「じゃあ。お風呂がいいっす」
……ベッドぐらいで済まないのが、カミラらしいというかな。オレは構わないけどね。ガンダラは呆れたのか、あるいは興味が無いのか、クールな対応をする。
「では。私は休ませてもらいますよ」
「ああ」
「うむ」
「お休みなさいっす、ガンダラさん」
ガンダラはそのまま自室へと向かう……まあ、ナックスと相部屋だけど、別に問題はないだろう。ナックスも睡眠薬のせいで、明日の朝までは起きやしないだろうからな。
「で、では、私も寝室に……」
「ダメっすよ。リエルちゃん。2人で、ソルジェさまと洗いっこするっすよぅ」
「ふ、2人だけでも、やましいカンジなのに、さ、3人でお風呂は恥ずかし過ぎるであろう!?」
「何を今さら言っているっすか?」
「お、乙女として恥ずかしいことは、恥ずかしいのであってだな!?」
「じゃあ、自分とソルジェさまだけで、ラブラブな入浴タイムを楽しんでもいいんすか?リエルちゃんだけ、仲間外れになっちゃうっすよ?」
「そ、それは……何か、正妻としてイヤ過ぎる気もするけど……っ」
「じゃあ、今夜は夫婦3人でお風呂タイムっす!」
「み、皆がもう寝静まっているのだから、大きな声で、そういうことを言うでないからして……!?」
変な言葉遣いになっているな、リエルは……ちょっと戸惑っているようだが、それもまたオレからすると楽しいからいいや。
「じゃあ。風呂に入るとしようかね」
「はい。レッツゴーっす」
「……ぬ、ぬう。二人して、何か私にスケベなことをする気ではなかろうな……?」
「もちろんするさ」
「当然っすよね?」
「当然ではなかろう!?……ま、まったく、お前たちと来たら……っ」
「だって。自分はソルジェさまと久しぶりの夜なんすもん……っ。リエルちゃんは、毎夜のごとくソルジェさまとあんなことや、こんなことや、そんなことをしているかもしれないっすけど」
「ま、毎夜などではないしだな!?」
「とにかく。今夜は自分のためにも、ソルジェさまとラブラブでイチャイチャしながら、お風呂に入ったり、色んなコトをしたりするべきなんすよ」
「そ、そうであろうか?……あまり説得力が無いような気がするのだが」
「細かいコトはいいさ。とにかく、夫婦3人でお風呂タイムと行こうぜ」
「……す、スケベどもめっ」
耳まで真っ赤になっているオレの恋人エルフさんがそこにいたよ。照れているけど、断らなかったな。
「仕事を忘れて休むのも仕事だぜ」
「う、うむ。分かっているが……せ、節度は保つようにな?」
不安げな表情のまま、エルフの弓姫は我々に注文をつけてくる。我々はニヤリと笑いながら、軽薄な動作で頭をうなずかせていたよ。
翡翠色の瞳は、うさんくさそうなモノを見るような目をしていたが、ため息しながらあきらめていた。
「……とにかく、あまり調子に乗らないことだな。制裁を科すぞ」
「大丈夫。愛は、無罪っすから」
キラキラした笑顔と共に、カミラは素敵なロジックを口にしていた。愛のもとには色々な行為が許されるらしい……素晴らしい言葉だな。目からウロコが落ちそうになる。
「……キレイな言葉で、スケベ行為を誤魔化すことは、私には通じないと知れ」
でも、リエルには通じないようだな……ちょっと残念だ。
「えへへ。とりあえず、お風呂に向かいましょう。ソルジェさま、レッツゴーっす」
「おうよ」
お姫さま抱っこでカミラを運ぶのさ。リエルは不安げではあるが、逃げることは無かった。ブツブツと何か文句を言いながらも、ちゃんと我々について来るのだから、可愛いもんさ……。
…………淫猥な。もとい、聖なる夫婦愛に包まれたステキな時間が終わり、『ガッシャーラブル』の寒い夜を夫婦3人で越えるために、ベッドの中で両腕をマクラにするのさ。左の腕はリエルのマクラで、右の腕はカミラのマクラだ。
色々あって汗ばんだ体を押し付けるようにしながら、3人で眠る。寒い夜とは思えないほどに温かくてやわらかくて、幸せな気持ちに包まれる。
リエルもカミラも媚びるように甘えてくれて、求められることの充足感に満ちていたような……とにかく、いい時間だった。罪深さをも覚えるほどにね……。
疲れた身体を温められながら、ゆっくりと瞳を閉じる。
乱世の激しい闘争の輪廻から離れて、愛に包まれるというのは幸福だった。世界はとても残酷なんだけど、このベッドには愛しかないことが不思議で、とても居心地が良い。ヒトにはこんな時間が要るんだろうな。
殺したばかりなのに、愛に触れて。
殺戮者なのに、愛の誓いを耳元に囁かれる。
甘えて、甘えられて。
与えられて、与えてもいるような。
……ついつい名前を呼びたくなって、呼ばれたくもなって。言葉でだけじゃなく、行動とかでも愛情を形にして。まどろみに呑まれて眠りにつく…………いい時間だな。戦士には勿体ないと考えさせてしまうほどに。
……明日も。というか、日付としては、もうとっくに今日になるんだが。太陽が昇れば戦いの時間がまたやって来る。戦士だから、それに心が躍る。愛では満たせぬ飢えもあるし、愛では変えられない悲惨な現実もあるからな。
ずる賢く殺して。
腕力任せに勝利しないといけない。
……『イルカルラ血盟団』と会わなくてはな。まずは、彼らの長である、バルガス将軍……彼がダメなら、ドゥーニア姫だ。どちらでもいいし、理想的にはどちらにも『自由同盟』がこの土地に介入することを許して欲しいものだ。
それがダメなら……。
……どちらにも拒絶された場合も考えなくてはな。
誇りがある戦士ならば当然なことではあるが、他国の軍の駐留を許すなど軍門に降ったことと同じだと捉え、拒絶することもあり得る。主権を放棄したも同じだからな。
祖国を復興しようと戦い続けている戦士たちには……『自由同盟』だって介入を拒まれる可能性はある。敵の敵だから、そういう理論が通じないこともあるだろう…………そのときは、『パンジャール猟兵団』だけでも、彼らの力に加わることを許してもらうか。
傭兵として雇われ、ファリス帝国を倒すための戦いに尽力することになるかもしれないな。猟兵を……オレの『家族』たちを危険に晒しながら、明日も明後日も戦うことになる。
愛があるから、『未来』に期待できる。
怒りがあるから、絶望さえも喰らい、力へと変えることができるのだ。
……『パンジャール猟兵団』と……セシル・ストラウスがいるから、オレは魔王のように戦える…………考える力が消えて行くな。疲れと、睡魔と、温かさに導かれて、意識が消え去っていくのが分かる。
休むのも仕事のうちさ。仕事中毒であるオレを操るための哲学を用いて、オレは意識を存続させるための精神力を放棄して、すぐに眠りのなかへと落ちていく―――――。
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