第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その31


 『コウモリ』に化けて、暗い山道を進む商隊を目指す。蛇のようにうねる道を、商隊は焦ることもなくベテランらしい安定した歩調で進んでいた。


 だからこそ、狙い易さも見えてくるというものさ。こなれて規則性がある隊列というものは、合理的であり、それゆえに予測が難しくない。


『ウールの業者が先頭にいるな』


『ええ。後列はワインの業者のようですな』


 それにも意味は隠されている。軽い品物を運んでいる連中の方が、足回りが早い。つまり、襲撃された時、逃げやすいということだ。


 前方に逃げ足の速い集団がいて、後ろには逃げ足の遅い集団がいる。それは、どういうことかと言えば、この商隊は後方からの襲撃に備えているということであり、ここらの山賊の襲撃スタイルは後方からの襲撃ってことさ。オレたちもそれを踏襲すべきだな。


 ……さて。最前列には、騎兵がいるな。山岳部でも使えるように訓練された、人馬ともに練度の高い騎兵さ。さすがは、元・第六師団所属ということか……だが6騎しかいない。あの騎兵たちの主な役目は偵察だな。


 帝国軍は『自由同盟』の支配領域に近づき過ぎれば攻撃される。つまり、6騎しかいないわけではなく、残りの何騎かは先行して、偵察に出ているんだろうよ。交替しながら、敵の動きを探っているわけだ……。


 それはセオリーだ……オレが探しているのはそれじゃない…………ククク!やはり、いたな。ウール商人たちの側には傭兵がいる。ウール商人たちは傭兵を雇っているんだよ。帝国兵が護衛することが出来るのは、『メイガーロフ』の国境まで。


 この兵隊たちは正確には商隊の護衛というわけではなく、国境警備を行っている兵士たちとの交代要員だ。結果的に商隊の護衛という役目もしてくれているようだが、本質は異なっている。


『……帝国の兵士は殺してもいい。だが、あの傭兵たちの多くは『メイガーロフ人』のはずだ。可能な限り、非殺傷で行くぞ』


『そのためにも、後方から襲撃しましょう。ワイン商人たちは傭兵を雇っていません』


『それはアレっすよ。荷運び人を雇う必要があるから、傭兵を雇うお金が無いんすよ。自分の地元でも、そんなでした』


 事情通がいることの心強さを感じる。ヒトの姿であったら、ナデナデして褒めてやるところだが、『コウモリ』モードなので、どうしようもないな。言葉を使うしかない。


『いい視点だぞ、カミラ。おかげで、あちらさんの潜在的な行動方針まで見えてくる』


『傭兵は雇用主のために働きます。前方集団にいる傭兵は、ウール商人のための傭兵。ワイン商人たちのためには、一歩たりとも動かない』


『……ふむ。ならば、ワイン狙いの山賊を装うのだな?後方からの攻撃なら、あちらの傭兵を巻き込まずに済みそうだぞ』


『ああ。プランは出来た。待ち伏せを装い、西にある崖の上に潜む。商隊の最後尾で戦闘を起こす。『山賊さんたち』の狙いは、背後からの攻撃で商隊を前進させる……前に逃げさせるんだよ。そうすれば、荷物を置いて逃げるヤツもいる……その積み荷を狙う』


 山賊さんとは、オレたちのことだ。本当に盗む気はないが、そういう目的で動いているように見せかけられたら、敵はオレたちのことをより山賊だと認識してくれるだろうからな。


『では、こういう手はどうでしょうか?……まずは後方から襲撃し、帝国兵が接近して来たらカミラの『コウモリ』で逃げる……そして、残された荷物や逃げ遅れているワイン商人に接近して、命中しないように矢を射る。帝国兵が接近して来れば、今度こそ真の離脱を行う』


『いい作戦だ。そいつで行くぞ』


『うむ!』


『はい!』


『了解です』


『じゃあ。にしのがけにむかうねー』


 ゼファーは翼を大きく広げて、羽ばたきではなく滑空を選んだ。音も無く静かに、夜空を走る流星のように密やかな飛行を使い、西の崖の上空に辿り着く。そこからはカミラの『コウモリ』の出番だ。


 夜間とはいえ、ゼファーの動きは目立ち過ぎるからな。商隊には亜人種の商人もいる。夜目が利くヤツも大勢、混じっている。竜の姿を目撃されると、オレたちの作戦に支障が出かねない。可能な限りは、隠密を保つのさ……。


 地上に降りたオレたちは岩陰に身を潜めて、眼下の道を商隊が通過して行くのを見守っていた。


 商隊の連中は気楽なもので、ウール商人たちは酒をチビチビやりながら寒い山道を進んでいた。ワイン商人たちは、坂道でワインを積んだ荷車が暴走しないように、荷車の両脇にも荷運びの従者らが取りついている……。


 ワインは荷車に箱積みされて、ロープで固定されているな。かなりの重量になるだろう。ワイン造りもそれを運ぶのも苦労があるもんだよ。真っ当な仕事の連中を邪魔するのは、しかも酒に関する仕事の連中を邪魔するのは、酒好きとしては気が引けるな。


 ……だが。こいつも戦の一環だ。『ガッシャーラブル・ワイン』をたらふく呑むとするから、許してくれよ。


「……行くぞ」


 商隊の最後尾が通り過ぎたのを見計らい、オレたちは彼らの背後へと回り込んだ。


 無防備な帝国兵たちに向けて、三人の射手は一斉に矢を放つ!……オレとガンダラの矢は帝国兵の胴体に深々と突き刺さり、リエルの矢は敵の膝を射抜いていた。二つの死が生まれ、一人は叫んだ。


「ぐああああああっ!?」


「なんだ!?」


「敵襲か!!」


「山賊どもだあああああああああッッッ!!!」


 帝国兵どもが叫び、商隊は想像通り前に向かって走り始める。もちろん、護衛である帝国兵どもはオレたち襲撃者目掛けて坂道を駆け上ってくるがな。


「後退しながら、敵に矢を放つぞ。リエルは脚を使え。カミラは、そこらに矢を投げ捨てつつ先行しろ」


「うむ!」


「了解っす、ソルジェさま!」


 殺気立つ帝国兵どもに追いかけられながらも、その作戦は実行された。しばらく走って、振り返って射撃するのさ。オレとガンダラは瞬間的な射撃では、それほどの精度は出せない。外した矢もあるが、ほとんどは帝国兵の胴体に深く突き刺さっていた。


 リエルはさすがだ。あえて外しもするが……帝国兵の足下に矢が突き刺さるので、帝国兵は怯んでしまい、こちらへの突撃の勢いが削がれていく。


 次の瞬間には、止まった脚にリエルの矢が刺さっていたよ。下手……には見えないかもしれないが、命中率は悪いから良いさ。オレとガンダラは同時に3本ぐらい矢を放ち、もちろん外す。問題はない。敵から見れば、一斉に複数の射手が矢を放ったように見えるさ。


 そんな行いをしつつも、後退していく……リエルが矢を放ちながら、叫んだ。


「ノルマを達成したぞ!」


「ああ。野郎ども、引き上げだあああああああッ!!」


 山賊らしく、そんな風に叫んでみたよ。カミラの影が伸びてきて、オレたちは『コウモリ』へと化けた。そして、夜空へと浮かび……必死に架空の山賊を追いかける帝国兵の一団の上空を飛び抜けていく。


「敵が逃げたぞ!!」


「追いかけて、殲滅しろ!!」


 いい勢いだな。オレたちに追いつこうと坂道を登ってくれている。『コウモリ』の群れは、新たな作戦の場に向かう―――逃げ遅れたワイン商人を見つけたよ。放置された荷車もあるな。


 『コウモリ』からその場でヒトに戻り、リエルはワイン商人を脅すように、荷車を引いている運び手の足下付近に矢を放つ。


「ひいっ!?」


 運び手は慌てた。矢に込められた意味を悟ったらしい。積み荷を置いて消えろ。山賊らしい意味だな。


 運び手は、荷車を動かし、坂道に対して垂直の角度にする……そうすれば、その場に荷車を置ける。坂道を転がって行くことはない。慣れているな。さすがはベテランだ。


 これで工作は十分だ。積み荷を狙ったという演出は効いているし、運び手のあげた悲鳴のおかげで、帝国兵の護衛が積み荷を守るために、この場に接近して来ている。山賊の作戦にハマったと考えているようだ。


 山賊の追撃か積み荷を守ることか、悩んでしまえば?……どちらも達成しにくくなる。山賊を一人も捕らえることが出来なかったとしても、十分にありえる状況だ。オレはこの結末に満足しながら、カミラに離脱を命じていた。




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