第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その30
レイチェルの報告を聞いた後で、オレはガンダラにククルたちからの報告を伝えたよ。情報の共有が終わる頃……ゼファーの帰還を知る。
―――『どーじぇ』、ただいまー。あいつを『あるとーれ』にとどけてきたよー。
……そうか。無事にシャーロンの手に渡ったか。
―――うん。しゃーろんが、『どーじぇ』によろしくだって。
ああ。分かっているよ。それで、ゼファーよ。手伝って欲しいことがあるんだが。疲れてはいないか?
―――ぜんぜん、つかれていないよ。そらでまってるから、いつでもおしごとちょーだい。
……了解だ。
……ククク!まったく、可愛い仔だぜ。オレのゼファーはよ。
左眼から指を離して、仲間たちの顔を見回した。ミアはもう眠気がやって来ているようだな。仕方が無い。かなり遅い時間だし、お腹もいっぱいになってしまったからな。
「……ゼファーが戻った。『山賊ごっこ』をするチームは、出発するとしよう」
「あ、あの。ソルジェ兄さん、私もご一緒してはダメですか?……私もリエルさんほどではありませんが、弓を使えますし」
「気持ちはありがたいが、働き過ぎるべきじゃない。湯冷めをしては風邪も引きやすくなるからな」
「そうだよ、ククルちゃん。休息するのも仕事の内ー」
「イエス。我々はさっさと寝て、緊急事態にでも備えておくべきであります」
「ミアちゃん、キュレネイさん……」
「それに、カミラが行くのでありますから、戦術としてはヒット・アンド・アウェイを団長は考えている。射手が多すぎても、撤退がスムーズにいかない。過剰な戦力を連れて行くことは、デメリットになるであります」
「そ、そうですね。失念していました。戦術の全容のことまで、考えておくべきでした」
キュレネイもまたオレの考えを読めるようだ。『ゴースト・アヴェンジャー』としての特性なのか、それとも経験値ゆえのことなのか……戦術の理解力は高いからな。
「……まあ、ククルよ。とにかく、今はしっかりと休んで、明日に備えておいてくれ」
「わかりました。それでは、一刻も早く寝て、体力の回復につとめますね!」
マジメなククルも仕事中毒気味だな。
オレたちの役に立ちたいと思ってくれているのはありがたいが、ミアの言う通り休息することも仕事の一つさ。ククルが納得してくれたところで、オレたちはコーヒーを飲み干し、睡魔を封じながら再び出かけることになる。
仕事中毒?……経営者はしょうがない。今夜は戦ってもいないしな。初対面の戦士や呪術師や僧兵なんかと話してばかりだ。負担が強いのはどう考えてもカミラだが、心配している視線を向けると、満点の笑顔で応えられた。だから、余計な言葉は使わない。
「……頼むぜ、オレのカミラ」
「はい。お任せ下さい、ソルジェさま。『闇』の翼よ―――』
今夜はよく『コウモリ』に化ける。オレ、リエル、ガンダラを呑み込んだ影は、無数の『コウモリ』に分裂しながら、窓の隙間をすり抜けて夜空へ向かって羽ばたいていく。
空高くを目指すのさ。
オレの魔力に気がついて、ゼファーが嬉しそうに翼を羽ばたかせて飛んで来る。しばらく竜と『コウモリ』の群れで並ぶようにして夜間飛行を楽しむが……カミラが疲れてしまわないうちに、ゼファーの背中の上でヒトの姿に戻ったよ。
『ふう。とうちゃくっす!」
「ありがとうな、カミラ」
「いえいえ。お仕事ですし、ソルジェさまと一緒に『コウモリ』になるの、好きっすから、へっちゃらっすよ。夫婦三人で合体!」
「……夫婦三人のあいだに異物として混ざっていてすみませんな」
ガンダラが変なユーモアだか自虐だか、どちらなのか分からない言葉を使う。ガンダラにしては珍しい無駄口だな。彼も眠たいのかもしれない。
「よし。気合いを入れるぜ!」
そう叫びながら、オレは己の頬を手で叩く。眠気を覚まし、集中するためにな。ゼファーの背にあるオレ用の弓を手に取り、予備の弓を背後にいるリエルとカミラ経由でガンダラに手渡していく。
『それで、『どーじぇ』、どこにいけばいいの?』
「もう一度、北に向かう。エルフ族の山賊のテリトリー内で、帝国軍に護衛された商隊に接近する。そこから先はカミラの『コウモリ』で地上に降りて、弓で帝国兵士を間引き、再び『コウモリ』でゼファーの背に戻る」
キュレネイに読まれていた通りの作戦だな。少し安直すぎる作戦かもしれないが、シンプルな作戦ほど失敗しにくいという利点がある。
『らじゃー!きたに、むかうね!』
「……矢を渡しておくぞ。ガンダラ、夜でも撃てるな?」
「ええ、リエル。貴方ほどではありませんが……私が初めて夜戦を最前線で経験したのは12の時です。コツは、分かっていますよ」
さすがはオレよりもベテランのガンダラさんだ。リエルも満足する解答だろう。戦術家としてもガンダラは優れているが、戦士としてのキャリアは『パンジャール猟兵団』では最長の存在なのさ。武術の腕も、当然ながら優れている……。
「いいか?……ノルマは、3人の射手で、15人だ。護衛の帝国兵以外を撃つんじゃないぞ?……民間人に被害を出せば、ホーアンの信頼を損なう」
それは良くないことだ。もちろん職業倫理としてもそうだし、戦略的な意味でも損失が大きい。『太陽の目』の長老の一人と契約している……そいつはオレたちにとって今後の生命線の一つだ。
「うむ。心得ているぞ。だが……15人でいいのか?」
もっと倒せる。リエルはそう考えているし、実際そうだ。オレたちが3人がかりで夜襲を仕掛けるんだからな。50人だって殺そうと思えばやってのけられる……だが。
「いきなり山賊たちが強くなりすぎれば、別の集団だと疑われる。ただでさえ、多少の違和感はある作戦だ……『自由同盟』と山賊が結託して、山賊に腕利きの弓使いが流れて来た……ぐらいの体でいい」
組織哲学が変わるからな。怪しむヤツぐらい出て来る……後は、『アルトーレ』で噂話をどれだけの『ガッシャーラブル』商人が聞いてくれるかだがな……そいつが説得力につながるが、まずはあまり優秀さを出さないことだ。
「そういうことか。分かった。あまり多くは殺さない」
「……リエルは、殺すことよりも脚を狙ってくれませんか?」
「ふむ?出来るが、どうしてだ、ガンダラ?」
「胴体を狙っていたら、外れた。そんな形を演出したいんですよ、団長と同じ理由です」
「下手クソに撃ちながらも、敵が戦力にならないように潰せということか」
「ええ。死者よりも負傷兵を抱えさせた方が、戦力を削ぐことにつながりますからな。それに、死者を少なくすれば、ホーアン殿が我々に抱く印象も良くなる……」
「うむ。下手クソのふりをするか。少々、屈辱に思うところもあるが、作戦ならば従うとしようか」
「いや、むしろ難度のある任務だ。リエルにしか出来ない。頼むぜ」
「……任せろ。お前たちも、外れた矢を残せよ」
「地上に降りる前に、あらかじめ矢を捨てておくとするさ。勿体ないが、下手クソの演技を補強してくれるだろ?」
外れた矢のように見せかける。それは、オレたちの練度を下げるように見せかけることにもつながるし、多くの矢が落ちていたら、それだけ多くの射手がそこにいたようにも見せかけられるだろうしな。
オレたちは、『山賊』を真似る。一人二人で、商隊を襲うような山賊などいないからね。略奪には、人員がそれなりに要るものさ……色々と芸が細かいもんだろ?……これがベテラン傭兵の味ってヤツさ。
十数分の飛行の果てに、オレたちは隊列を見つけていた。青い闇に沈む地上を、二百人ほどの列がある。羊毛商人やらワイン商人……そして、国境ギリギリまでは護衛として付き添おうとしている帝国兵たちだ。
予備工作に、オレたちは矢をゼファーの背からばらまいた後、再びカミラの力に頼るんだよ。
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