第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その6
老僧侶に連れられて、オレとガンダラは蛇神の礼拝堂から抜け出して行く。彼は礼拝堂の周囲を取り囲む通路に面した小部屋の一つに、オレたちを案内してくれた。
「ここは中央の礼拝堂で儀式などが行われているとき、巡礼に訪れた信徒たちがヴァールティーンさまへの祈りを捧げるための部屋です。信徒たちに礼拝堂が完全解放されている今の時間帯は、プライベートが守られる空間というわけです」
「なるほど。小さな祭壇があるのは、ここでも蛇神への祈りを捧げることが出来るというわけですか。効率的ですな」
ガンダラは合理的な仕組みをそれなりに好む男だから、この部屋に置かれた小さな蛇神の像を見てしきりに感心していたよ。
「……それで、旅人よ。そなたは私に何を訊きたいのですか?」
短い白ヒゲを蓄えた年寄りの僧侶は、古びた橋みたいに落ち着き払った瞳でガンダラと……オレを見ていたな。
……まあ、この部屋ならば帝国人の密偵に盗み聞きされる可能性もない。部屋の周りを若い僧兵たちが取り囲んでもいるからな……。
「怪しんでいるようだな」
「……来る者は拒みません。ですが、悪だくみを抱く者に対しては、代々伝えられる『太陽の目』の武術でお相手することになりますからね」
「……やれやれ。団長の演技が下手すぎるせいですな」
「オレのせいかよ?……まあ、隠し事は苦手なのは事実だが……」
それに演技もな。だからこそ、ガンダラに嘘をつくことを頼んだわけだがな。
聞き耳を立てていた僧兵の一人が、扉に近づいてくる。しかし、老僧侶は蛇の音を使う。シュッ!と口のなかで舌を曲げながら奏でた、その威嚇の音を使うことで、僧兵たちの動きを止めていた。
この行動が、彼が我々に抱いている感情を代弁しているな。
「……疑いはするが、攻撃する気になるほどではないわけか」
「そうです。あなた方は怪しいですが……敵意までは感じない」
「いい判断だ。オレたちは『太陽の目』に対して敵対する意志など毛頭ないよ」
「単刀直入に訊いてもよろしいか?」
「性分には合っている。何でも質問してくれ」
「……あなた方は、何者なのですか?……ヨソ者なのは肌の焼け具合で分かる。『メイガーロフ』の太陽と長年戦って来た肌ではない。それに、どうして、嘘をつかれた?……我々の信仰心を利用するような行いでしたぞ?」
「気分を害したのならば謝ろう。全ては、人前では訊きにくいことを訊くためのことだ。オレたちにも、アンタたちにとってもな」
「……ふむ。それで……まずは名乗ってもらえますかな?……どんな立場であろうとも、私たちがあなた方を、今宵は、攻撃することは無いと約束いたしましょう」
「今宵限りの関係かもしれないわけだ」
「立場次第です。私として出来る、最大の礼儀のつもりですがね」
「……文句はないさ。まずは、名乗ろう。オレの名は、ソルジェ・ストラウス。『自由同盟』の傭兵だ」
「……ほう。ソルジェ・ストラウス殿。何度も旅人の口から聞いたことのある名です」
自意識過剰ではなく、オレの名もそこそこ売れ始めているようだ。この土地とは因縁深いアインウルフと一騎討ちで勝利したこともあるしな。
「それで。悪口ばかりだったか?」
「いいえ。帝国人の口からは、悪評を。しかし、亜人種からは英雄であると歌われていますよ」
「英雄か……それはくすぐったい地位だな」
「帝国軍を相手に連戦連勝なのです。亜人種のなかには、貴方に『希望』を見出す者も多いのですよ」
『希望』。そういうものになれているという自信は、まだオレには無い。だが光栄なことではある。
「……そうなれるように努力しているよ」
「良い心がけだと思います。そして……そちらの巨人族の方は?」
「私の名はガンダラ。ソルジェ・ストラウスの率いる『パンジャール猟兵団』の猟兵であり、彼の副官の一人です」
「ふむ。では、そなたも『自由同盟』の傭兵?」
「ええ。そうです。先ほどは嘘をついて申し訳ありません」
「……いや。全てが嘘とは思えなかった」
「……たしかに。私は帝国軍に従軍させられていた戦闘用の奴隷でした。かつてそこから逃亡し、ソルジェ・ストラウスに拾われました。以来、つるんでいるわけですな」
「真偽を混ぜた言葉でありましたか。納得が行きましたよ。ガンダラ殿の言葉には、強い怒りの波動を感じましたので」
「……私は、そんなものを放っていましたか?」
「ええ。明確に。虜囚の身であったことへの、深い怒りを抱えておられるように見受けられました」
「……否定は、しませんよ」
ポーカーフェイスが売りの一つなのだがな、ガンダラは。それなのに、この老僧侶はガンダラの無表情から怒りを嗅ぎ分けたか。巨人族同士ならではの感覚なのか、蛇神の僧兵たちに伝わる技巧なのか……。
何にせよ言えることは、この老人には、かなりの眼力が備わっているということだ。嘘を長々とつき続けることにならずに、良かったかもしれないな。嘘は不信の源に成り得るものだから。バレているのなら、なおさらのことだ。
老僧侶はガンダラを老いた瞳でしばらく見つめていたが、やがて咳払いを一つしながらオレに視線を変えてきた。
「……私の名も語りましょう。私の名は、ホーアン。名字は巨人族の伝統に則りございません」
「そうか。よろしく、ホーアン殿」
「……ええ。よろしく、ソルジェ・ストラウス殿」
血気盛んな若い僧兵たちが、落ち着きなく鋼を鳴らす。槍の石突きで床を叩いていたな。何かの合図かもしれないし、ホーアン殿とオレたちが共にいることを嫌っているのかもしれない。
……何となく、勘が働いてね。ちょっと質問してみる。
「ホーアン殿よ」
「何ですかな?」
「アンタは、『太陽の目』の連中のなかでも、それなりに地位のある人物なのかい?」
「……まあ、それなりにですな。この寺院の共同代表長老の一人です」
「代表者が複数いるってのかよ?」
「そうです。我々の教義においては、僧侶の階級に上下はありません。ただし、年長者が指揮を執ることが多くなるのが慣わし。長く蛇神ヴァールティーンさまに仕え、その言葉と共に生きて来たことを、評価されるわけです」
「……複雑なことはよく分からないが、代表者の一人だということは分かったよ。質問の答えをアンタは持っていそうだよ、ホーアン殿」
「ふむ。それで、この『カムラン寺院』に何のご用がお有りですかな、『自由同盟』の傭兵であるあなた方に?」
「……既に知っているとは思うが、我々が所属している『自由同盟』は帝国と戦っているんだ」
「ええ。聞き及んでおります。あなた方の勇名を」
「そして、この土地にも帝国と戦っている存在がいるな」
「……『イルカルラ血盟団』のことですか」
「そうだ。バルガス将軍が率いる、かつての『メイガーロフ武国』の軍隊」
「その成れの果てに過ぎませんよ」
辛辣な評価だったな。ホーアンはガンダラにも似た無表情とその言葉を用いて、『イルカルラ血盟団』に対する嫌悪感を示していた。
「仲が悪そうだな」
「我々には、そうならざるを得ない歴史がありましてな」
「そうかい。だが、それだというのに……おかしな噂を聞きつけているんだ」
「……どんな噂ですか?」
「君たち『太陽の目』が、帝国軍から脱走した『イルカルラ血盟団』の戦士を匿っているのではないかという噂さ。ただの噂でもあるが、真偽について気になるコトでね。オレは『イルカルラ血盟団』と接触したいんだ」
「……捕虜に、会わせろというのです?」
「それが叶うのならば、それがいい」
隠すつもりはなさそうだ。どうやら、脱走した『イルカルラ血盟団』の戦士は、この『カムラン寺院』にいるらしいな。
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