第二話 『メイガーロフの闇に潜み……』 その1
オレたちは頭を突きつけ合って、それぞれが得て来た情報を共有し始める。まずはミアとキュレネイにより、緊急時の脱出経路を教えてもらったよ。屋上まで行くと、そこから屋根伝いに逃げられるとのことだ。
「もしくは、そこに用意しているロープで、滑り降りることで建物の裏側に下りられるようにしておいたよ」
「三番目のルートは、地下室の床石の一部をずらすことで、地下の水路に降りられるであります」
「地下水路か」
「イエス。水の流れは南に向かっているであります。40メートルほどその流れに沿って泳げば、井戸に出られるでありますな」
キュレネイがタオルをかぶっている理由が判明した瞬間だったよ。夜になり急激に冷えてきたため、薪ストーブの前でキュレネイは毛布にくるまっている……。
「まあ、そういうのは私の仕事でしたのに」
『人魚』であるレイチェルがそう語る。たしかにレイチェルなら、地下水路の全てを泳ぎ切ることなど容易いことだろうな……。
「……そいつは、レイチェルの今夜の仕事ってことでいいか?」
「了解ですわ、リング・マスター。地下水路の全てを泳いでみせます」
「ああ。頼んだぞ」
「お任せ下さい。さて。リエル、私たちの収穫を」
「うむ。さすがは私の高貴さと、レイチェルの色気だな。さまざまな情報を男どもから吐かせているぞ!」
ドヤ顔モードのリエルは、『メイガーロフ』における山賊たちの出没情報を細かく書き記した地図をオレたちの目の前に広げていた。
「……商人たちが襲撃されたポイントを、地図に記したものだ。基本的に縄張りの範囲で動いているが……南のドワーフたち以外は、縄張りを越えて襲撃をすることもあるらしいぞ」
「……でしょうな。縄張りをあまりにも避け続けられていたら、山賊たちも獲物にありつけず、困窮することになる」
「そういうことらしい。それで、我々にとって重要なことは、山賊たちの中には、『イルカルラ血盟団』と協調することを望んでいる者たちも少なからずいる……ということだ」
「ほう。たしかに朗報かもしれないな」
「ああ。とくにドワーフの連中は、そんな傾向が強いらしい」
「どういうことでしょうか?ドワーフの皆さんと、他の山賊たちに、何か特別な違いがあるのですか?」
「あるようだぞ。『メイガーロフ武国』が滅びるまでは、ドワーフたちの山賊の規模は小さかった。今、山賊をしている者の半数近くは、元々は『メイガーロフ武国』の軍隊が抱えていた鍛冶屋だ」
「……元・軍属のような存在だったのですね」
「そういうことだ。失業したことで、山賊をするしかなくなったらしい。帝国軍は、彼らの武器造りを禁止した」
「ただでさえ山賊が蔓延る土地ですものねえ。兵士が使えるような高品質の武器を作られたら、山賊たちがますます増えてしまいそうですわ」
「治安の悪い土地に、武器が増えれば……結果は火を見るよりも明らかですものね」
「……うちの地元の不良たちも、旅商人から武器を買って山賊になっていたっすよ」
鋼には魔力がある。それを手に持つだけで、強くなったように錯覚させることもあるのさ。シロウトが振り回すのなら、重たい鋼よりも木製の棍棒なんかの方がよっぽど使える武器になるのだが……鋼は、シロウトを脅す効果も強いからな。
帝国がドワーフの鍛冶屋たちを、武器製造から遠ざける理由はそれもあるだろう。そして、おそらく、それだけじゃなく―――。
「―――帝国人は、ドワーフ族と巨人族の連携を断ち斬るつもりだったのでしょうな」
オレの考えているようなことは、全て察知しているのがガンダラだった。そして、オレ以上に考えは進んでいるのさ。賢い巨人族の太い指が、リエルがテーブルに広げてくれた地図をなぞる。
「……見て下さい。山賊の襲撃がないルートがあります。ドワーフたちの街から、荒野を南下して『内海』へとつながる道が」
「ホントだ。この道だけは、山賊さんが出てないねー……?」
「カミラ、説明を」
「は、はい!……じつは、ドワーフさんたちは武器の製造は禁止されてはいるものの、鍋とかフライパン作りまでは許されていまして……それを帝国商人が大量に購入しているみたいっす。調理器具を作るドワーフ職人のギルドは、帝国商人と友好的な状態っす」
「……だから、帝国軍はこのルートを守るし、ドワーフたちもこのルートを襲撃されないように、半ば身内である山賊たちも近づけさせないということか」
「はい。自分たちが帝国の役人から聞き出した情報によると、そんな状況みたいっすね」
「……つまり、『メイガーロフ』の太守であるメイウェイ大佐は、ドワーフを警戒し、その一部を懐柔しようとしているわけですな……帝国人の発想としては、珍しい考え方をしていますよ。いや……かつてのファリス王国人らしいという見方もありますか」
……そうだな。今でこそ人間族第一主義やら、亜人種の徹底的な排斥という方針になっているものの、昔のファリス王国はガルーナと同じように亜人種に対して寛容な立場であったはずだ。
「メイウェイ大佐は第六師団で戦功を重ね上げて出世した叩き上げの軍人。その実家は、商人だったそうです。家族は、流行り病で亡くなられているようですな」
家族がいない。帝国本国に家族なんて残していれば、亜人種に対して寛容な政策を行うことは難しいだろうな。家族を人質にされているようなもんだ。どんな嫌がらせを受けるか分からん……。
「……メイウェイ大佐という人物は、ガンコなドワーフを懐柔することが出来るような人物ということか?」
「そのようですな。利益供与以外にも、亜人種に対する偏見の少なさが、この土地の帝国人に対する反抗心を小さくしているようです」
「いい支配者ってことかよ」
「ある意味では。もしも、他の帝国軍人が太守に任命されていたとすれば、『メイガーロフ人』の反・帝国感情はより強くなっていたでしょうな」
「……そいつを知りたくなったな。メイウェイ大佐はどこにいるんだ?」
「暗殺するのですかな?」
「状況次第では、それも選択肢の一つになるだろうが……今は興味の方が大きい」
ガンダラもメイウェイ大佐に対しては、悪い感情が少なそうだな。かつてのファリス王国人と評したほどだから……。
「『ラーシャール』ですよ。『ラクタパクシャ』対策に当たっているようです」
「……出来た男だな」
「ええ。人心掌握に長けているようです。市民感情に理解がありますね。南部の『ザシュガン砦』から出陣し、陣頭指揮を執りながら山賊対策をすることで、『メイガーロフ人』の支持を集めている」
「……そいつの性格か、あるいは人気取りの一環なのかは分からないが……帝国人らしさが少ないな」
「メイウェイ大佐はファリス王国人といった方が、正確なのだと思います。かつての人種に対して寛容だった国家の市民……その感覚を残している」
「だから、帝国の英雄、アインウルフに推薦されたというわけか」
「そうでしょうな。太守に任命されるのは、貴族でも何でもない庶民出のメイウェイ大佐からすれば、大変な出世です。そうなれたのは貴族でもあり、軍事的な英雄であったアインウルフのおかげでもある……」
「アインウルフは戦上手だし、イーライ・モルドーたちエルフの弓兵隊と長らくつるんでいた経験もある……亜人種に対しての差別意識は少なかっただろうな」
「ですが、そのアインウルフでさえも、皇帝ユアンダートの意向には逆らえなかった」
「……メイウェイ大佐は、アインウルフ以上にオレたち寄りか?」
「そのように感じるところもあります。そして、それは……帝国からすれば、かなりの異端です」
「……孤立し始めているわけか?」
ガンダラの大きな頭が、満足げに頷いていた。あの大きな黒い瞳はいつものように無表情だったけどね。
「……だろうな。亜人種とつるむ、市民出の帝国軍人だ。ユアンダートの趣味とは、あまりにもかけ離れている。彼の政治力は乏しいだろう。帝国の政治屋もそんな人物からは距離を置くだろうから」
「そうですな。メイウェイ大佐の支持基盤は、自軍の兵士と、『メイガーロフ人』のみ。帝国国内では、実に弱い立場だ」
嬉しそうにガンダラは語っているように見えた。攻撃的な作戦を好むガンダラには、敵のほころびを見つけられると、わずかに声が弾む。ポーカーフェイスのままじゃあるけれどね。
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