第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その33
ずいぶんと遠い『未来』について妹分と話した後で、オレたちは情報収集を再開する。屋台通りに舞い戻り、屋台に並ぶ旅商人たちの愚痴を聞くことになった。
『アルトーレ』が『自由同盟』に奪われたせいで、帝国からやって来た商人たちは苦境に立たされているらしい。
クラリス陛下や『自由同盟』の悪口を言う商人たちもいたが、ブン殴ったりはしない。帝国軍の不甲斐なさを嘆く者たちも多くいたから、愉快さと不愉快さのバランスは取れているのさ。
……だが、商売人という存在はしぶとさを見せつけてもいる。『アルトーレ』との商業路が分断されたことで商売あがったりだと感じている連中もいる一方で、同業者のライバルが撤退することを喜ぶ強気の商人たちもいたよ。
そいつはエルフの商人だった。『ガッシャーラブル』育ちの羊毛商人さ。羊肉の焼き串に噛みつきながら、その鼻の長い日焼けしたエルフの老人は、へへへ、とエルフにしては珍しい品の無さを発揮しつつ持論を語ってくれる。
「……ヘタレの流れ者どもは、ちょっとした困難に晒されることで『ガッシャーラブル』から消えちまうのさ。この街で成功するために必要なのは、忍耐と変わらぬことだ」
「保守的な街なのですか?」
「そういうことだ。長年、この街にいて、商いで失敗するヤツを大勢、見て来た。そいつらに共通しているところは、商いの手法を変えちまったことさ!」
「どういうことなのでしょうか?」
「黒髪のお嬢ちゃん、この街は古参の商人たちが牛耳っていてね。そのせいで、基本的に新興勢力ってのは生きにくい」
「どなたが仕切っておられるのです?」
「へへへ。ワシじゃないのは確かだな。まあ、保守的で老人どもが仕切っている街ってのはね、変わることを嫌う。不安に思うのさ。そいつはある種、合理的ではないかもしれない。ただの本能的な反射なのかもしれないが……変わっちまった店は、潰れる気配がしちまう」
「なるほど。この街に特有の傾向なのですね。商売のスタイルを、変えないことが生き延びるコツ……?」
「そういうこったよ!新参のヨソ者どもは、ちょっと商いに行き詰まると逃げちまうからなあ……変わらず、耐えること。そいつがこの街で信用を得るための数少ない方法だ。新しいコトに手を出してると、そのコストのせいで潰れやすくなるんだよ」
過酷なのは自然だけではないようだな。まあ、『ラクタパクシャ』のような残虐な山賊が跋扈している土地だ。商人たちも突発的な襲撃を喰らうことで、運んでいた商品を失うこともあるわけだ。
「この街で大事なことは、欲しい商品をいつも用意しておけるかだ。その店の役回りを守る。他のことにかまけておらずに、自分の専門を貫くことが、信頼のコツってもんだよ」
「そうなのですか……何だか勉強になったような気がします」
「傭兵の女の子には、あまり参考になるとも思えないが……まあ、いいさ。ワシは美人にハナシを聞いてもらえれば、酒が進む!おい、酒もくれるか!ワインでええぞ!」
「へいへい、ロムじいさん。あんまり若者に絡むんじゃないぜ?」
「ハッ!ベテランぶりやがって!」
「……まあ、じいさんのキャリアに勝てないよ」
露店の主の中年ケットシーは、炭火で羊肉の焼き串を炙りながら苦笑していた。
「立ち食い屋台を使うのは、旅人ばかりじゃないんだな」
「ん。『ガッシャーラブル』商人は、多忙なもんだ。メシなんぞ道ばたで食えたら、手っ取り早い。時間の節約になるってもんだ。朝飯を家で食うような商人は、『ガッシャーラブル』にはいねえのさ!」
「時間の節約か。商人らしいな」
「そうだ!仕事のための時間を捻出する!それが、『ガッシャーラブル』商人の朝だ!」
「酔ってるな。今は夕方のハナシしているんだぜ?」
「夜も、ワシみたいなこれから仕事に出かける商人は屋台を使う!」
「……おじいさん、これからお仕事なのですか?」
「おうよ。いつもの連中で、いつもの傭兵を雇った。ワシらは、これから北上し、『アルトーレ』を目指す!」
「……そ、その。『アルトーレ』は帝国領じゃなくなりましたけど?」
「かまわんさ。商人にとっては、国家など敵でも味方でもない。ウールが売れるんだぞ?売りつけに行くに決まっているさ!」
商魂たくましいな。まあ、亜人族の商人を、『自由同盟』が警戒することもない。帝国から来た同業者がたくさんあふれるなか、じいさんは『ガッシャーラブル』の伝統に則った、いつものやり方で耐え忍び、商売のチャンスを手に入れた。
帝国人商人では行くことの出来ない、『アルトーレ』。そこに彼は大量の羊毛を運ぶことで大金を稼ごうとしているらしい。
「……北への道も山賊が出るんだってな?」
「まあ、エルフ族の商人は襲われにくいさ。ヤツらの中には、ワシの親戚のガキが一人ぐらいは含まれているもんだから」
「この街の不良エルフは、大人になってもグレたままだと山賊になるのか」
「農家の出身が多いな。羊飼いのガキもな。斜面でブドウやら羊の世話をし続けているとよ、どうにもイヤになってくる。一生、こんな暮らしかと嘆き、ヘタレどもは悪に走る」
何となく分かるような気もするな。
一生、羊の世話をするぐらいなら、山賊にでもなって遊んで暮らしたい。オレもこの街に羊飼いとして生まれていたら、もしかしたら、そういう道を選んだかもしれないよ。地味な暮らしに辛抱強く従えるってのも、得がたい才能の一つだ。
たしかに、この街で大成するには忍耐が必要なのかもしれない。変わらないことを日々こなし続けることでしか、信用は得られないか……。
さてと、物知りじいさんに色々と聞いてみるとしようか。まずは……。
「帝国軍はこれからどう動くと思う?」
「ん。『アルトーレ』についてか?」
「そうだ」
「……『アルトーレ』には帝国人の資本が大量に投入されておる。だから、帝国人どもは何がなんでも取り戻そうとするじゃろう。ここから立ち去らん帝国商人の中には、そういう機会に賭けている」
「『アルトーレ』を帝国軍がここから攻めるのですか?」
「あり得るさ。アインウルフのクソ野郎が残した、騎兵隊はそれなりに強いさ。東の果てでドワーフどもに皮を剥がれて死んだらしいが」
「……アインウルフは皮など剥がれちゃいないさ。グラーセス王国の捕虜になった」
「はん!ドワーフの捕虜か。じゃあ、遠からず剥製だな!」
ドワーフは野蛮で排他的な文化を持っているが、シャナン王はアインウルフの皮を剥ぐことはしないだろう。しかし、やはりというかな……。
「アインウルフは嫌いか?」
「ああ。嫌いだね。ガミン王を処刑し、『メイガーロフ武国』を滅ぼした。おかげで砂漠には山賊どもが、かつてより多くうろついている」
「……帝国軍にも御しきれないほど、山賊が増えたのですか?」
「……まあ、バルガス将軍たちの影響もあるな」
「『イルカルラ血盟団』の首領の名か」
「そうだ。よく知っているな?……バルガス将軍の首を狙っているのか?」
酔っ払った瞳がギロリとオレを睨みつける。オレはニヤリと口元を歪めながら、首を横に振ってみる。信じてもらえるかは分からないが、本心だよ。
「いいや。オレは彼らを標的にしようとは思っていない」
「……そうか。その背中の太刀は、ドワーフの業物に見える。しかも、クソ高級品に見えるからな……」
「値段はつけられんよ」
「そういう業物を持ってる傭兵は、血気盛んなもんだ。お前が流れ者じゃなければ、ワシのキャラバンに入れてやってもいいんだがな」
「流れ者は雇わないか?」
「ワシのルールではそうだな。『メイガーロフ人』は辛抱強い。盗みに入る商家に5年も下働きのフリをしていた山賊なんざ、ザラにいる……5年どころか、10年も騙し、社長が娘の婿にしようとしていたという山賊もな」
「……山賊ってのも、気長な商売なんだな」
「場合によってはだが。そういうこともある。だから、ワシは、他人を仕事には使わん。そのルールを守っていたら、長生き出来たぞ、ヒゲが全部白くなっちまうまでな!」
じいさんはそのことが誇りであるらしい。この土地で旅商人として長生きするには、それぐらいの用心がいるということか。山賊だらけの土地か……。
「……じいさんの人生訓に乾杯したいところだ」
「へへへ。若いくせに年寄りの金言の価値を知っているか。良い耳を持っている」
「……それで、バルガス将軍の影響ってのは、どういうことなんだ?」
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