第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その25


 濃厚な甘味とコクを持つ羊のチーズだった。赤ワインに宿る果実の風味とコクが合う。いい酒のつまみにもなるな。フルーツ・ジュースとは合うのかと心配していたが、猟兵女子たちは喜んでいた。


 ワインの果実味が活きるのだから、フルーツをそのまま使ったジュースとも合うということさ。果実の酸味はチーズのコクを引き立ててくれるものだから。


「……あ。隠し味、分かった!……リンゴだ、小さくて酸っぱいヤツ!」


 グルメな猫舌がフルーツ・ジュースの謎を解き明かしていた。ケットシーのマダムは感心する。


「あら。よく当てられたね。本当にちょっとだけしか入ってないのに」


「なんとなーく、分かったの。チーズを食べてたら、リンゴの甘味が分かったよーな気がしたんだー。コクがあるとね、甘味って引き立つし」


「まあまあ、スゴくいい舌を持っているわね。色々と、食べ歩いて来たのね?」


「うん。あちこち、お兄ちゃんたちと一緒に旅をして来たもん!」


 グルメな猫舌も、いつの間にやら成長を果たしているようだ。いい勉強になっているらしい。やはり、現地のグルメを食すことが、価値観を広げてもくれる。


 食文化とはその土地の歴史と環境に適合したものだからな、自然との調和の仕方を学び取ることも、猟兵としての修行にもなるのさ。


 ウールのマントに、羊のミルクから作られたチーズ、言わずもがな羊肉も。この乾いて暑い土地の民は、羊を有効に利用する。荒れ野でも飼育しやすい家畜でもあるし、肉にミルクに羊毛にと、利用価値が高い家畜だ。


 過酷さに裏打ちされた合理性、そういう概念を学び取ることにもつながる。


 どんな土地にも適応の仕方というものがあり、オレたちは食文化を通じて、それのヒントを得ることもあるわけだ。グルメな猫舌の進化は、ミアのサバイバルの技巧を底上げしてくれる。


 ……ミアも気づいているはずだぜ?店内にいるティータイムを楽しんでいる連中が、お茶に岩塩削って塩の粉を垂らしているとかな。脱水症状の予防には、アレもいい。


 身についた知識が一つでも多い方が、ヒトは死からより遠ざかることが出来る。あらゆる経験に対して、意味を推し量ることが出来たら、猟兵はより強くなる。やはり、現地の料理を食べるべきだな。その環境に合理的に備える手段を、学べるのだから。


 ……まあ、そんなややこしい考えをしなくても、ミアがよりグルメな猫舌を手にしたということは、人生を楽しむための視点が一つ増えたことには違いない。


「お兄ちゃん、褒められちゃった!」


「ああ、良かったな」


「うん!」


 ニコニコとした妹の顔に出会うと、それだけでお兄ちゃんの顔は緩むのさ。セシルには色々な料理を食べさせてやることは出来なかったから?……そいつもあるんだろうけど、たんにミアが喜んでいると、オレは幸せになれる動物なんだよ。


「さーて。お待ちかねのお肉が来たよ!」


 マダムはそう言いながら、大皿に豪快に乗せた羊肉の串焼きを運んで来てくれた。


「わー!!大きい!!50センチぐらいあるー!!」


「そうだねえ。うちの店じゃ、長いサイズの串を使うんだよ。でも、お祭りの時とかになると、これの3倍ぐらい長い串を使うこともあるのさ」


「わー!!お祭り、ワクワクするね!!」


「まあ、あんまり大きすぎても正直、食べにくいからね。50センチの串にしてるのさ」


「端っこを持って食べるの?……大きすぎる」


「ノー。行けるであります」


 キュレネイはやれそうだな。一呑みで、あの長い串焼きを食べてしまいそうな気がするんだ。マダムは苦笑している。


「まあ、そうやって食べてもいいけどね。バカな男みたいになるよ?……サイコロ状に切ってはいるから、フォークで外して食べるといい。そっちの方が、チャツネにつけて食べやすい」


「……ちゃつね?」


「ウフフ。このペースト状のソースのことですわよ、ミア」


 レイチェルはチャツネとやらを知っているようだな。羊の串焼きをナイフとフォークを使って小皿に取り分けてくれる。時々、とんでもなく母性をカンジさせるんだよな、レイチェル・ミルラは。さすが、一児の母ということか。


「フルーツを多く使ったチャツネもあるし、スパイスを強くしたチャツネもある。まあ、色々な味があるから、それを使ってお肉の味を変えながら食べておくれ!」


「あはは。楽しそう!」


「でも、まずはそのまま何もつけずに食べるのもオススメ。肉にもスパイスがたっぷりと揉み込まれているからね。最初は、ラム肉の味を引き出すために、うちが作ったスペシャル・スパイスだけの味を食べて欲しいねえ」


「そう言われると、そうやって食べないワケにはいかないね!」


「はい、どうぞ、ミア」


「うん!ありがとう、レイチェル!……いざ、ノーマル・モードの串焼きラム肉を、たーべーるっ!!」


 かけ声と共にフォークが走り、ミアの手元の皿に載ったラム肉に突き刺さる。フォークの刺さり方から見るに、柔らかい。スパイスを揉み込んで寝かせていたのかもな。肉を柔らかく仕上げるために。


「いただきまーす!」


 元気よく大きく開かれたミアの口に、スパイスが揉み込まれた羊肉が運ばれていく。よく火が通ったその肉は、口に運んだ瞬間にミアの表情をより明るくさせるのだ。


「もぐもぐ……っ。お肉、やわらかーい!!」


「あはは!そうだろう?」


「もぐもぐ……っ。うん。とっても、やわらかいの!!」


「しっかりと仕込みをしているからね」


「もぐもぐ……っ。やわかいけど、噛みごたえもしっかり。噛む度に、お肉の濃厚な旨味があふれてくるの……羊さんなのに、臭みが少ないね!」


「ああ。スパイスをたっぷりと使っているからね。それに、この土地の羊肉は、他の土地のものよりも肉の臭みが少ないの」


「へー。どーして?」


「ハーブをエサにしているからかもね」


「ハーブ?豪華!」


「あはは。まあ、自然に生えているから、豪華ってのはどうなのかしらね?」


「へー。このお山、たくさんハーブが生えるんだ?」


「不思議なことにね?……蛇神さまのご加護かもしれないねえ」


 蛇神の加護かどうかは知らないが、高山のハーブは小ぶりだが強い効能や香りを持つものが多いのさ。


 そいつを食べて育った羊は、肉の臭みも減るのだろうな。


「皆も食べて!この羊肉、ジューシーで柔らかくて、もぐもぐすると、旨味があふれて!お肉を食べているって気持ちになれる、逸品なんだ!」


「ああ、さっそく食べるとしようぜ」


「うむ。皿に取り分けておいてやったぞ、私とレイチェルとカミラが」


「はーい。ソルジェさま、ガンダラさん、お肉をどうぞ」


「あ、あの。カミラさん、わ、私が運びます!……だって、私だけ、役に立っていないようで申し訳がないですし?」


 ミアとマダムの会話に集中力を発揮していたククルは、肉の取り分け作業にノータッチだった自分を責めているようだった。


「そんなのは、考え過ぎっすよ?……でも、お願いするっすね?」


 思い詰めているマジメなククルに、カミラは仕事を与えた。やさしいな、オレのヨメの『吸血鬼』さんは。マジメなククルは、仕事をこなすことが自尊心の回復につながると考えているらしい。


 カミラもまたマジメな女子だからな。ククルの気持ちがよく分かるのかもしれない。仕事を与えられたククルは喜び、オレとガンダラのもとに羊肉の載った皿を運んで来てくれる。


「お、おまたせしました、ソルジェ兄さん、ガンダラさん!」


「ああ、ありがとう」


「ええ。ありがとうございます、ククル」


「えへへ……女子力、ちゃんとあるんですからね?」


 何だか細かいコトを気にしているようだな。リエルとカミラとレイチェルが、作業しやすい場所にいたからの結果なだけだが。まあ、ククルにとっては、女子力とやらも発揮しておきたいポイントらしい。


「ならば。私も女子力を発揮するでありますぞ」


「え?キュレネイさん?」


「ククル、あーんであります」


「え?え?」


 キュレネイはフォークに突き刺した羊肉を、ククルの目の前に持ってくる。ククルは少し照れながらも、大きく口を開くのさ。


 女子力とやらを発揮中のモードにあるらしいキュレネイは、フォークを動かしてククルの小さいながらも、必死に開けられた口のなかに羊肉を突っ込んでいた。


「えい」


「もぎゅ!?」


 勢いが良すぎたようにも思えるが、ククルの口は羊肉を受け入れていた。もぐもぐやっているククルに、ミアが訊くのさ。


「美味しいよね、このお肉!」


「もぐもぐ……っ。は、はい。とても美味しいです!……食べ応えもあるし、ソルジェ兄さんが好きそうです」


「うん。ザ・お肉食べてるって気持ちになるもんね!」


 なんとも楽しみな言葉が飛び交うので、オレも待ちきれなくなっていたよ。フォークを肉に突き立てて、そいつを口に運ぶのさ!……ああ、ほんと。濃厚な肉の旨味と、柔らかながも弾力のあるラム肉……そして、清涼感も感じさせるスパイス。


 ……肉好きを満足させるに、十分な味だったよ!!




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