第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その11


 頼りになるヴェリイ・リオーネを巻き込むことに成功したよ。


 彼女たち『アルステイム』が『自由同盟』の軍事行動に協力を拒むとは思ってはいないが、その幹部である彼女に直接こちらの方針を教えておけば、より円滑な協力をもたらしてくれるだろうさ。


 ……その後、仲間たちを集めて作戦の方針を告げる。情報提供者ジンダーがククルに渡していた使い古された地図を囲むようにしながらな。


「……『イルカルラ血盟団』との接触が最優先事項だが、彼らはゲリラ攻撃を主とした戦術を好んでいるようだ。規模も攻撃目標も、詳細は伝わって来ない。だが、オレたちにはゼファーという大きなアドバンテージがある」


「ふむ。機動力を使い、『イルカルラ血盟団』の探索をするということだな?」


「そうだ。『メイガーロフ』にも大きな街が幾つかあるようだしな」


「それぞれの街に人員を分散して、情報収集を行うのですね」


 ククルは地図を見つめながら語った。


「ああ。『ヴァルガロフ』と同じように、『メイガーロフ』も多人種国家。最も多いのは巨人族のようだが……各街で人種構成が大きく異なっている。北部、『カナット山脈』にある高山地帯の街、『ガッシャーラブル』はエルフ族とケットシー族が多い。治安は良好」


 現地人ジンダーが地図に描いた文字をそのまま読んでみた。リエルとミアが反応した。ミアはクッキーを食べながら、挙手する。


「もぐもぐ!……私とリエルがそこの担当?」


「適任だろ?」


「うん!」


「ジンダーの地図によると、『ガッシャーラブル』は、ブドウ畑が多いそうだ」


「……ブドウは寒暖の差が激しい程、甘味が増すというものな。しかも、この場所は南向きに斜面が広がっているようだ」


「素敵なブドウ畑がありそうですわね!……リング・マスターと私が好みそうなワインの産地でしょう」


 旅の楽しみ、美味い地酒。そういうモノと出逢えそうな街ではある……。


「……だからというわけじゃないが、『ガッシャーラブル』に拠点を探そうと考えているんだ」


「イエス。賛成であります。治安が良好なのであれば、無用なトラブルを避けられる。もぐもぐ。『イルカルラ血盟団』がどんな集団なのか分からない以上、現地での情報収集が優先。戦闘に巻き込まれたら、現地の勢力と因縁が生まれてしまうであります。もぐもぐ」


 マジメな無表情でクッキーをついばむキュレネイは、模範的な回答をしてくれたよ。


「……むろん。団長がワインに溺れるリスクは増えるでありますが」


「……溺れる程には呑まないようにするさ」


 ちょっと味を利いてやるぐらいにしようとは考えている。だが、酒場での情報収集となれば……大量に呑むことになるかもしれない。


「きっと、溺れる程に呑むでありますな」


「……状況次第だが、ムチャはしないようにするって。とにかく、キュレネイの言った通りだ。治安が良いということは、いかなる現地勢力とも偶発的な戦闘が起きにくい……さて。この土地が治安がいい理由に見当はつくか?」


 リエルとミアが沈黙した。明らかに、この質問の答えが頭の中に無いようだ。翡翠色の瞳と黒真珠の瞳が泳いでいる……何かを考えようとしているらしいが、ちょっと形にならないようだった―――。


「―――ワイン、でしょうか?」


 意外と言うと失礼になるが、我が愛しのヨメの一人、カミラ・ブリーズが自信なさげな瞳でこっちを見つめながら、オレが欲しかった答えの一つを口にしていたよ。


「ああ。それで、カミラ、どういう理由でワインだと考えている?」


「え、えーとっすね。ワインが儲かるからっす!」


「いい答えだな。オレもそう思う」


「え、えへへ……」


「カミラちゃん、スゴい!成長している……っ」


「そ、そんな?……自分の地元でも、ブドウ造りが盛んだったからっすよ。味の良いワインは儲かる。自分たちの村も、ド田舎で何も産業がない街でしたが……ワインは、村を支えていたんすよ」


「……金になるワインが取れる場所だからこそ、山賊たちも襲撃を控えているわけですわね?」


「おそらくな」


「……悪人の考え方は、セコいです。でも……合理的ではありますね。この『ガッシャーラブル』からは、北上して山道を下ることで、『アルトーレ』に到着します。山賊が狙うとするなら、収穫前のブドウじゃなくて、運ばれている最中のワイン」


「……うん。自分もそう思うっすよ、ククルちゃん。自分たちの村も山賊に襲われるとすれば、村ではなく運ばれる途中ばかりでしたっすもん」


「大変なんだね、カミラちゃんとこ」


「まあ、村のダメな男の子とかがグレて山賊に入ったりもするんすよ」


「ウフフ。農家を継ぐのがイヤで犯罪組織に入る。よく聞くお話ですわね」


 ……楽な暮らしをしようとすると、悪人をやるというのも、ある意味では効率的じゃあるんだ。


 土にまみれて苦労するよりも、他人の努力の産物を盗んでしまう方が、よっぽど楽だし儲かる。悲しいかな、この世にある真実の一つだった。悪徳は儲かるのだ。


「山賊たちには顔見知りも混じったりしていて、そのおかげで農民たちが殺されることはなくて、ワインさえ渡せば助かったすけど……でも、ワインを街に運ぼうとする度に領主さまに護衛を派遣してもらったり……ムダにお金を使わされてしまったもんっすよ!」


 不満そうにホッペタを膨らませる、ぷんすかモードの『吸血鬼』さんが目の前にいたよ。山深い村の山賊たちの被害ってのは、深刻そうだ。それに田舎の領主はケチが多い。山賊対策に、自腹を切るような紳士ばかりではないだろうよ。


「……とにかく、ワインという名産品のおかげで、ここは比較的、治安が良い可能性がある。もちろん、それ以外にも考えられるがな……」


「……どういうことがですか、ソルジェさま?」


「この土地を縄張りにしている山賊が、『メイガーロフ』の山賊の中でもトップクラスの実力者である可能性だ」


「私たち四大マフィア……もとい、『ヴァルガロフ自警団』のように、結果として治安維持をしている悪党どもがいるかもしれないってことね?」


 『ヴァルガロフ』生まれのヴェリイ・リオーネには、実にピンと来るハナシだろうな。


「ああ。悪人の支配地域は、安定していることもある。ここが有力な山賊の縄張りだと言うのなら、山賊の被害も起きない。地元を襲う意味は、そいつらにも無いからだ」


「……なるほどな。言われてみれば納得も行く……『ザットール』や『アルステイム』のような山賊どもが、ここにいるのか……?」


「予想の一つではな。もちろん他にも、可能性はある……ククル、分かるな?」


「……はい。治安が良いということは、『メイガーロフ』の現在の支配者である、ファリス帝国の軍事的影響下にあるかもしれないというコトですね。つまり、この土地には、ファリス帝国軍の強力な部隊が駐屯している危険がある」


「ジンダーの地図には、その旨は描かれてはいない。ただの予想ではあるが、頭の隅には置いておくべき、オレたちにとって不利であり、有意義な情報だ」


「イエス。敵状を調べ上げるには、敵に近づかなければならないであります」


「前向きなヒトたちよね、貴方たちって?」


「まあな。でも、君だって、敵を調べようと思えば近づくしかないだろ?」


「……そうね。虎穴に入らずんば―――ってことね……この『ガッシャーラブル』は拠点にするには良さそうって思うわ。経済の拠点の一つ……有力山賊や帝国軍の情報も手に入りそうね。ワインの産地というのならば、その運び手がどこで襲撃されているかの情報も得られるでしょう」


「そいつも楽しみなところだな。山賊が『メイガーロフ』のどこにいるのかを、調べてみたい。残虐なのか、比較的に義侠心めいたものがあるヤツらなのかも知りたいところだ」


 それぞれの山賊たちの性格を把握しておきたい。もしも、反帝国の旗のもとにそいつらと組むことになろうとも、あるいは単に利用することになろうとも……その集団がどういった存在であるのかは、知っておかなければならん。


「……他の街についての情報も、あるにはあるが……それは最新の情勢を反映しているものではない。とりあえず、この『ガッシャーラブル』に移動し、拠点を探す。街に宿が取れるのならば、それでもいいが……」


「怪しまれないように、現地に融け込みたいところですね……ソルジェ兄さん、私、カミラさん、レイチェルさん、そしてキュレネイさんは人間族に化けられます。人間族の商人とかに化けられなくもないです」


「……帝国の旅行手形や商業特権手形とかの偽造書類は、たくさんプレゼントできるからね?」


「……ああ。そういうのもくれると助かる」


「分かったわ。はい、どうぞ」


 ヴェリイは背後に立っていた『アルステイム・ケットシー』の部下から、書類の束を受け取り、テーブルの前に置いてくれたよ。準備がいいことだな。


「……それぞれの身分を偽装した書類も、複数用意しているわよ。帝国人にも、その亜人種の奴隷にも化けられる。公式な身分みたいに振る舞えるわ。好きに使うといいわ」


「いいアイテムをもらった。使いこなすよ、状況に応じてな」




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