第一話 『砂塵舞う山脈へ』 その10


 さすがはテッサ・ランドールと言うべきなのか。『メイガーロフ』で大きな反乱を起こすことが、結果的に『ヴァルガロフ』とゼロニアに対する帝国軍の侵略の意志を妨害すると理解しているわけだ。


 帝国からすれば、『攻撃目標』が増えた方がいい。そうすれば敵が集中することを防ぐことも可能になる……。


「……乱世のリーダーらしくなったな、テッサは」


 ヴェリイ・リオーネの前に戻ったオレは、ガンダラとの情報交換の果てに、そんな人物評価を口走っていた。オレの言葉を聞いたヴェリイは、紅茶を飲みながら瞳を細めている。


 自分たちが生き残るために、他人を巻き込む―――そう解釈することも出来る我々の考えに辟易しているのかもしれない。母性を深めた彼女は、乱世における弱者の、浅ましいまでの生きざまを愛せるのだろうか……?


 女ケットシーの瞳が、オレを見つめて来る。長いまつげを動かすこともないままに、彼女の唇は動いていた。


「……彼女は、やり手よ。どんなことをしても、一日でも長く『ヴァルガロフ』を守るために命を燃やすわ」


「そうであるべきですな。全てを賭けても、守れるかは分からないのですから」


「……あら。不吉なことを言うのね、ガンダラさんは」


「私は現実的なだけですよ、ヴェリイ・リオーネ殿」


 冷静な声で、ガンダラは短く語った。ヴェリイの長いまつげが震えながら閉じられる。あまり良くない未来を想像しているんだろうな。この赤毛のケットシーの美女殿は、少々、悲観論者の素養を持ってもいる。


 ……恋人を惨殺され、腹の中にいた子供を流産してしまえば、幸せが信じられなくなることもあるさ。


「……そうね。帝国は、とても大きいもの……『次』は、ロザングリードのように、買収に応じたりすることもないのよね……」


「帝国人も、ロザングリードのような不正を受け入れられる悪人ばかりじゃないさ。次は、帝国の『正義』を実践する人物が、大軍を率いてゼロニアに現れる。オレたちには到底、受け入れられることの出来ない『正義』を実践するためにな」


「……ゼロニアの亜人種を、虐殺すると言うの……?」


「……少なくとも自由は失われるさ。『ベイゼンハウド』で、帝国軍のスパイどもが研究していたよ。『効率的な収容所』という仕組みをな」


「私たち亜人種を捕らえて、奴隷として消費するための方法ね……」


「手練れの北天騎士8000人を管理してみせていた。邪悪だが、能力はある。ああいうモノを量産したがっているのだろう」


「……恐いわね、ヒトの悪意って」


「そういう恐ろしいものを『正義』と信じることまで出来るのが、ヒトってものさ。ヒトは、かなり邪悪な生物じゃあるよ。邪悪な行いをしていても、『正義』に所属したいという願望は強いのだから、どうにもタチが悪いぜ…………ふう。ハナシが脱線しているな」


「ええ。今は『メイガーロフ』のことを考えるべきですな。と言っても、選択肢はそう多くはありません。我々が接触すべきは『イルカルラ血盟団』……たとえ、それを率いるバルガス将軍に、山賊たちを束ねる力が無かったとしても、器たり得るのは彼らだけです」


「……そうだな。まずは、バルガス将軍に接触することになる」


「それはガンダラさんの仕事になりそうね?……彼の地の人々は、『ヴァルガロフ』のように種族ごとで分かれて、山賊を営んでいる。『イルカルラ血盟団』は、巨人族が主体なわけだもの。巨人族のガンダラさんなら、少しは警戒されないかもしれないわ」


 『イルカルラ血盟団』が巨人族以外に対して、どんな感情を持っているのか。それは不透明なことだ。長年、他の種族から成る山賊たちと戦って来たというのだからな。他種族に対しての警戒心は、どうにも強そうだ。


「……商人や傭兵として接触し、彼らに探りを入れるのも悪くないと考えています。私が適任でしょう。彼らは、他の人種に対して、悪い感情や、不信を抱いている可能性は捨てきれない」


「……ところで、『イルカルラ血盟団』が、『自由同盟』側の『正義』に反する組織哲学を有していたら、どうするつもりなの?……たとえば、他の種族を排除して、巨人族のみの国家を作ろうとしている。そういう未来を考えていた場合は?」


「決まっているな」


「決まっていますね」


「……どうするのかしら?」


「利用して潰すだけだ」


「ええ。組織の性格を読み解き、我々と共存することが不可能だと判断した時は……彼らの隠れ場所などを、帝国軍に告げることも策に含むべきですな」


「……つまり、帝国軍に処分させるってことね」


「正確には双方共倒れになるのが理想ですよ。そうなれば、『アルトーレ』にいるクラリス陛下たちの部隊を、無傷で南下させることも出来ますから」


 山賊たちはともかく、『イルカルラ血盟団』は『自由同盟』の軍隊に、祖国の土地を通過させたいとは考えないさ。腐っても、元・正規軍。その状態になれば、必ず妨害しようとしてくる。


「……ルード王国の領土が増えるのね。いや、グラーセス王国のかしら?」


「ルードにもグラーセスにも軍事力の余裕がない。長期間の占領は難しいよ。両国が領土を増やす結末にはならないだろうさ」


「ハイランド王国軍との、大きな違いというワケね」


「……まあな」


 ハイランド王国に対して警戒心を抱いているのは、テッサ・ランドールだけではないようだな。当然か。多くのゼロニア人は、ゼロニアの土地に少なくない兵力を置いてあるハイランド王国軍に好意的な感情だけではいられまい。


 ……『自由同盟』の旗の下で、ハイランド王国とゼロニアは同盟の仲間という立場に収まってはいるが、ハイランド王国が領土的な野心をゼロニアに向ける日を、テッサもヴェリイも恐れているのさ。


「ヴェリイ、ハント大佐は信じろ」


「……クールな言い方ね。他には、信じるべきじゃないハイランド王国の『虎』がいるという意味かしら」


「否定はせん。だが、ハント大佐が実権を握っている間は、『ヴァルガロフ』は自由でいられるのは確かだ」


「……弱いってことは、悲しいわね」


「乱世では、それは罪深いことになるな」


「……ハント大佐が元気なあいだに、『ヴァルガロフ自警団』の牙を完成させたいところだわ……封じられていた騎兵やチャリオットの兵科も復活させたいしね」


「……封じられていた?」


「初耳かしら?」


「ああ。だが……分からなくはない」


 ゼロニア平野で最も威力を発揮する兵士は、もちろん騎兵だ。しかし、『ヴァルガロフ自警団』には『それ』がいない。何故か?……ゼロニアの歴代の支配者たちが禁じていたのさ。


 ……力を持たないことが、攻撃されない条件となることもある。『ヴァルガロフ自警団』は『ヴァルガロフ』を守るため『だけ』の組織であることを明確にするために、あえて騎兵という『最強の武器』を放棄させられていたわけだ。


 支配者を攻撃する力が無いからこそ、支配者は『ヴァルガロフ自警団/四大マフィア』が戦力を保有することを認められもしたということか……。


「……『ゴルトン』には馬もいるし、馬術の達人たちもいるもの。いい騎兵部隊を創設することだって、夢じゃないわ。もしも、ゼロニアに騎兵があれば……ハイランド王国軍だって気楽に攻めては来ないでしょう?」


「そうだろうな」


「……脱線させちゃったわね。ごめんなさい。今は『メイガーロフ』のことよね」


「かまわないさ。今は、これ以上、考えることも無い。『イルカルラ血盟団』と、バルガス将軍に接触するということだけが、確実な方針だ……とにかく、まずは現地に向かうとしよう。ヴェリイにも状況を話せたし、心残りはない」


「私をテッサ・ランドールへのメッセンジャーにするわけね?」


「そうだよ。でも、それだけじゃない。君の情報収集能力や人脈に、期待してもいる」


「私、ゼロニア以外のことには、それほど詳しくないのよ?」


「でも、『アルステイム』のメンバーは『アルトーレ』以南にも足を運んでいるだろ」


「……あら。詳しいのね」


「乱世で祖国を守ろうと決めたんだ。君たちなら、それぐらいは、すでにやっていると信じていた。ルードのスパイ以外にも、情報網が欲しいんだ。『アルステイム』ならば、最高の情報収集を行える」


「……分かったわ。『メイガーロフ』と『内海』を含む、南全般の情報を『自由同盟』に提供させるようにしておく。『内海』の情報は欲しいわよね」


「当然な。その海上に戦力があれば、帝国軍は『メイガーロフ』に戦力を補給する。オレたちでも調べるが、情報のルートは多い方がいい」


「了解したわ。クラリス女王に伝われば、貴方にも届くわよね?」


「ああ。ありがとう。助かるよ」




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