序章 『ベイゼンハウドの休日』 その19


「……今度は、思い切り南に向かうことになるわけだ」


 ガルーナに攻め込むのは現状では難しい状況とはいえ、想像していた以上にずっと南に向かってしまうことになるわけか……そう考えると少し、さみしい気もする。


 せっかく、ここまで近づいているというのにな。


 だが。仕事だからね、好き嫌いでは決められない。オレたちはクラリス陛下に雇われて報酬を得ている身分だからな。金を稼ぐということは大変なのさ。


 それに、自分の知らない土地に足を運ぶ楽しみもありはする―――『メイガーロフ』、行ったこともない土地だな。高山に囲まれた砂漠と荒野、理由が無ければ一生涯、行くことはないだろうよ……。


「……ワクワクして来たな―――」


「―――どうしたのだ、ソルジェ?」


 リエルの声だった。あいかわらず朝が早いな。彼女はあくびしながら、オレを見つめた。そして、オレが指にフクロウの暗号文を絡めていることに気がつく。


「……ふむ。次の仕事がやって来たのだな」


「そういうことだ。今度は、かなり南に移動することになるぞ」


 そう言いながら、リエルにその暗号文を手渡していた。リエルはそれに、じーっと目を通していく。だが、眠たそうだからな……オレはかいつまんで内容を説明してやったよ。


 寝起きで暗号の解読は、少々、疲れる作業だろうしな。


「……なるほど。過酷な土地に向かうことになる」


「ああ。まあ、オレたちにはゼファーがいる。頼ることで、かなり移動は楽になるだろうよ」


「たしかにな。だが、ゼファーの翼にあまり負担はかけたくないぞ」


「もう治ってはいるが、そうだな。ムチャはさせないようにしたい」


「出発は、いつにするのだ?」


「……朝メシを食べたら、出発しようと考えている」


「そうか。メンバーはどうするのだ?」


「……すでに決定していたことだが、まずロロカには『ベイゼンハウド』に残ってもらいたい。『ベイゼンハウド』議会と『自由同盟』の橋渡し役としてな」


「ロロカ姉さまにしか出来ない仕事だな。商業や政治など、小難しいコトは」


「そうだ。それに、カーリーは……」


「うむ。現状では、ジグムントの側に置いておいてやるのがベストな気がするぞ」


「ああ。複雑な事情もありはするが……二人を引き離すのは気が引ける。ミアはさみしがるだろうが……」


「永遠に会えぬワケではあるまい」


「そうだな……」


「ミアは連れていくわけだな?」


「山岳地帯だ。偵察要員は必要だからな。ミアに、もちろんリエル。お前もだ」


「心得た。ゼファーの翼の様子も気になる。絶対について行くつもりだった」


 さすがは『マージェ』だな。『マージェ』は胸の前で腕を組み、何かを考える。シンキング・モードのまま、リエルの唇が動いた。


「……偵察要員を意識するということは、ジャンは置いておくわけか?」


「ああ。ジャンにはこちらでの仕事もあるからな」


「残党狩りか」


 帝国軍の兵士たちが『ベイゼンハウド』の深い森に身を隠し、本国からの援護のもと、あるいは単独の野心のもとに、山賊行為を始めている。


 放置していれば、『ベイゼンハウド』の政情不安を招きかねない。『ベイゼンハウド』の人間族が、その山賊たちと合流して、『ベイゼンハウド』を『内部から割る』工作を仕掛けてくる可能性があるわけだ。


 人間族だけの武装した集団を作り、帝国の名の下に『分離・独立』を宣言でもされたら厄介なことであるし―――帝国はオレが思いつく悪事ぐらいなら演出するさ。スパイを用いて、あたかも『ベイゼンハウド』の人間族の意志であるかのように仕込むとかな。


 ……オレたちもよくやっているが、その土地の反主流派に対して、武力を貸与することで、反主流派と主流派の衝突を招くわけだ。オレたちに出来て、帝国軍に出来ないハズもないだろうよ。


「『ベイゼンハウド』の人間族と亜人種のあいだにある溝……そいつを帝国軍は利用して来るだろう。ジャンには、帝国軍の命令を実行する可能性がある残党どもを、根絶やしにするための『猟犬』となってもらう予定だ」


 黒い森に隠れた敵兵を嗅覚で見つけ出して、殲滅していくわけだ。それを潰しておかなければな。反乱の芽となる存在は、さっさと排除しなければ、より大きな混乱を招くことになる。


「……重要な仕事だな」


「ジャンならこなすさ。向いている任務だ」


 偵察だけでなく、追跡能力に長けているからな。それに、ジャンには黒い森の探索はいい勉強になるだろう。


 『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』という、『生きた呪い』に接触する機会が増えるだろうからな。『呪い追い/トラッカー』の修行には持って来いだし……戦の『火種』の作り方と、その消し方についても学ぶ機会になる。


 民衆の意志があるだけでは、戦は発生しない。民衆の意志を反映してくれる武装した集団を用意する必要があるのだ。


 敵に仲違いをさせたければ、敵の国内に対して、敵に相反する考えの集団に武器の供与や、資金面での援助を行うことで、結果的に内乱というものを発生させることが出来るわけだよ。


 ……他国からの『援助』ほど、毒にまみれた贈り物はないという時もある。ヒトの悪意に武器を渡す、あるいは悪意を煽るための資金や物資の援助を行うことで、敵地に仲間を作ったり、敵地に混沌と破壊をもたらすこともある。


 これが外交というモノが持つ、本性の一つさ。どの国だって使う、当然の行為だ。


 ジャンもオトナの男だし、世の中の厳しさを知るにはいい機会だと考えている……悪意を知れば、その悪意に対しての免疫というものが生まれるんだよ。


 森育ちだから、社会経験が少なく、ちょっと悪い意味でも純粋だからな……ディープな社会経験を積めば、外交の意味を嗅ぎ取れるようになるかもしれない。


 ヒトがどんな悪意をもって、援助を申し出ることがあるのかも、理解していた方がオトナとしては正しい気もするんだ。そうじゃないと、詐欺とかにも引っかかりそうだしな。


「……キュレネイも、オレたちについて来てもらう。副官の代役としてな」


「意外と賢いものな、キュレネイ。『メーガル』の収容所を襲撃した時は、いい指揮を執っていたぞ」


 副官として、あるいは別働隊のチーム・リーダーとしてキュレネイを育てる。それはオレの方針だ。


 『メイガーロフ』では、過酷な環境が待ち受けているようだし……反・帝国組織という連中には、好ましくない性格の集団だったりする可能性もある。ただの山賊集団だったりするかもしれないし、格種族の原理主義集団の場合も厄介だな。


 ……帝国は人間族のみの世界を欲しているようだが、自分たちの種族だけがこの世に存在しているべきだ、という考えを持っているヤツらは、亜人種たちにもいるからな。不用意な接触はしたくない。


 人種主義者じゃなくても、他国の介入を絶対に拒むという性格の集団であるかもしれないしな。『援助』は毒。そういう考えも間違いじゃない。オレたちは『メイガーロフ』を利用しようと考えているのだからな……。


 『イルカルラ血盟団』との接触時には、もしもの時に備えて別働隊を配置しておきたいのさ。器用で判断力のあるキュレネイなら、複雑な状況に対応できるはずだ。


 もしも彼らがオレたちを取り囲み殺そうとする状況になったとしても、別働隊の援護があれば、無事にその場を切り抜けられるだろうよ。


 ……疑いすぎも良くはないが、何せ知らない組織だ。『イルカルラ血盟団』、現状で入手している情報が少ないのか、それとも、好ましい情報が少ないからあえて伏せているのか……シャーロンからの手紙には彼らがどんな組織なのか描かれていない。


 反・帝国なだけならば良いが。


 『メイガーロフ』以外は暴力を持って拒絶するという集団であったりすると、かなり厄介なことになる。キュレネイ指揮の別働隊がいれば、安心できるんだよ。


「……あとは、レイチェルだな?」


「彼女にも来てもらいたい」


「むう。『人魚』に砂漠は似合わないぞ……?」


「……『内海』について期待したいのさ」


「なるほど。『メイガーロフ』の南には、『内海』があるわけだからな」


「そうだ。彼女に『内海』の偵察や、港に対する破壊工作を頼むことになるかもしれないからな」


「山脈と荒野と砂漠と、海まであるわけだな……どんな状況になるのか、読めそうにないぞ」


「ああ。慎重に行動することも必要となる……まあ、他の面子とは『ヴァルガロフ』で合流することになるな」



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