序章 『ベイゼンハウドの休日』 その18


 ―――やあ、ソルジェ。元気かい?君の親友シャーロン・ドーチェだよ。


 お姉さんに刺された右腕の調子はどうかな?……リエルもいるし、ゼファーが君の近くにいるだけで、君の傷の治りは早くなるというハナシだったよね。そろそろ大丈夫なんだろうけど、ムチャはしないで欲しいところだ。


 でも……分かっているだろうけれど、ボクたち『自由同盟』側の戦力は乏しい。どうしても君にムチャな仕事を回してしまうことになる。そこは有能だって認められていることだと考えて、誇りに思ってくれると嬉しいな。


 さっそくだけど、次の仕事のハナシになる。


 ソルジェは『メイガーロフ』という国を知っているかな?……大陸の南にある荒涼とした山岳地帯だ。


 大陸中央部を縦に走っているバシュー山脈、『メルカ』の人々がいるあのレミーナス高原からは、およそ500キロほど南東に位置している……ボクとクラリスがいる、この『アルトーレ』からは南にある『カナット山脈』と、『内海』の間にある土地だね。


 ……荒れ果てていて乾ききった土地。山脈に囲まれた砂漠があって、かなり過酷な土地となっている。


 その砂漠の名は『イルカルラ砂漠』。日中は30度ぐらいで、夜は10度ぐらい。高山にあるせいで、強烈な熱さがあるわけじゃないらしい。南の『内海』から吹く風のおかげで、砂漠の割りには涼しいみたいだね。


 熱さ対策と同時に、肌寒さとの戦いになる砂漠だけど……まあ、現時点ではその砂漠に出かける必要は無い。戦場は流動的だから、どんなことになるかは分からないけどね。砂漠についての情報は、色々と送る……。


 『ヴァルガロフ』に装備とか物資とかを用意させつつ、資料を送ってもいるんだ。そこで装備を調えて『メイガーロフ』に向かって欲しいね。『ヴァルガロフ』の鎧職人、トミーじいさんも君らのために装備を作ってくれているんだから。


 ……さて。


 この荒野と高山と砂漠の国、荒涼たる『メイガーロフ』で君にして欲しいことは、この土地にいる『反・帝国組織』に接触して、ボクたち『自由同盟』との間に協力関係を築くことさ。


 『メイガーロフ』には王国があった。


 過去形にしなくてはならないのは残念だけどね。かつて、巨人族たちの小王国がその荒涼とした国には存在していた。『内海』から荷揚げされた物資を北へと運び、あるいは北からの物資を『内海』に運ぶことで利益を得ていた。


 山脈と砂漠と荒野を越えて、巨人族の貿易商たちは富を築き、巨人族たちの国、『メイガーロフ武国』を創り上げた。


 物々しい名前だろ?


 巨人族には珍しく、彼らは武勇を愛していたようだね。『メイガーロフ』には、様々な人種の山賊みたいな集団がいたようで、彼らの商売は皆、貿易と略奪だったらしい。


 ……中々に荒んでいた土地だったようだけど、それを武力をもって統一したのが『メイガーロフ武国』を建設した巨人族の人々らしい。彼らは『内海』を使った奴隷貿易の『商品』だった人々らしい。


 ガンダラみたいに『戦闘用の奴隷』として売り買いされていた人々だったけど、脱走して『メイガーロフ』に逃げ込んだらしい。そして、商人だか山賊だか分からない存在を組織し、砂漠の部族の一勢力となり……見事に土地を統一していたようだ。


 奴隷たちの子が王となったのさ。『ジンガ王』という人物らしいね。巨人族らしく、ファミリー・ネームはなく、血筋でなく、代々その王位は武術大会で選ばれたようだよ。他の種族たちとの争いや、貿易ルートの確保のためには武力こそが必要だったみたい。


 ……そんな『メイガーロフ武国』も、ファリス帝国に滅ぼされてしまった。『内海』からの有力な貿易ルートの一つとして、この『アルトーレ』にも商品を運んで来ていたからね。


 『カナット山脈』をまっすぐに北上する『メイガーロフ・ルート』は、かなり過酷な道のりである反面、商品を素早く運ぶことが出来た。『内海』から『アルトーレ』まで、5日で届いたのさ。


 『カナット山脈』を回避してのルートを使えば、十日以上はかかってしまうことを思えば、商業的な利益の大きなルートだということが分かるんじゃないかな?……同じ人数の運び手がいれば、片道で倍。往復すれば四倍の物資を運ぶ同じ日数で運べるんだからね。


 このルートは商業的に利用されて、『メイガーロフ武国』の発展に寄与して来たというわけさ。


 そして、だからこそ僻地であるに関わらず、ファリス帝国に狙われてしまった。まあ、『メイガーロフ武国』がその成り立ち故に、『内海』で盛んな奴隷貿易に反対の立場を取っていて、『メイガーロフ・ルート』で奴隷を運ぶことを拒んだことも対立の遠因だね。


 ファリス帝国からすれば、この巨人族たちの王国を奪うことは、貴族たちの特権である奴隷貿易の利益を守ることにつながっていたんだ。


 そんな背景もあり、2年前に帝国は彼らの土地に侵攻を開始した。帝国軍第六師団による攻撃を受けて、『メイガーロフ武国』は滅びてしまったのさ……。


 そう。第六師団。グラーセスで君が破った勇将アインウルフの率いる軍団だ。君は『メイガーロフ人』からすると、国を滅ぼした男と軍勢を倒した人物として尊敬を受けるかもしれないね。


 あるいは、討つべき仇を倒してしまったことで、複雑な感情を向けられるかもしれないけれど。


 とにかく、この土地に向かい、現地の『反・帝国組織』―――『イルカルラ血盟団』と接触するのが、君の今度の任務だよ。


 ……彼らと協力体制を築き、『内海』への『自由同盟』の進路を確保したいというのが、クラリスやシャナン王の狙いだ。


 『内海』は亜人種の奴隷貿易の本場さ。帝国領内からの亜人種奴隷の逃亡は、厳しく制限され始めている。帝国領内の労働力不足を生んでいるからね。『内海』の奴隷貿易は、主に帝国の属州への奴隷供給を行っている。


 植民地化した土地に農園を作り、亜人種の奴隷による大規模な農業を敢行するのさ。小さな島に農園だけを作り、数万人の奴隷を住まわせ、1種類の農作物だけを栽培する。効率的ではあるけれど、歪な産業だよ。


 ボクたちの狙いは、人手の確保さ。大量の亜人種奴隷を解放し、ボクたち『自由同盟』に合流してもらおうじゃないかという目的だね。そのために、南への足がかりが欲しい。


 『メイガーロフ・ルート』を復活することが出来たなら、ここは奴隷たちが『自由同盟』諸国に入ってくるための脱出路となる。


 人手不足の我々には、ガンダラのように自由を求める奴隷という『戦力』が必要だし、『内海』の沿岸国を攻撃することが出来たら、帝国の経済と流通網にダメージを与えることも可能だ。


 戦線を広げることで、『自由同盟』諸国に対する攻撃の矛先を分散しようという考えもある。『守らせる範囲』を広げて、帝国軍の密度をコントロールするわけだ。短期決戦に持ち込むしかない我々にとって、それは妥当な戦力ではある。


 ……とにかく。これが今度の任務の概要だ。まずは、『ヴァルガロフ』に帰還してくれ。




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