序章 『ベイゼンハウドの休日』 その13
ナイフでサーモンをさばく。それの楽しいことだな。毎日、これを死ぬまでやれと言われると考えてしまうが、たまに40人分ほどのサーモン料理をこしらえるのは楽しい趣味の許容範囲内だ。
ミアとカーリーもお手伝いをしてくれたよ。いい子たちだ。オレなら、姉貴にブン殴られるまで遊び呆けていただろう。男の子より、女の子の方が優秀な生き物だなって思うぜ。
サーモンを愛用ナイフでどんどん切る。
数が多いからな。
魚の切り方にも色々とコツというものがある。釣り人としての顔も持つオレは、各地の釣り人と語らった来た。正直、土地によって食文化は違い、調理に対する哲学は大きく異なるものがある。
魚に名前をつけない土地も多くある。キング・サーモンはその点からすれば、比較的に幸いな扱いを受けた魚なんじゃないだろうか。
肉もそうだが、魚にも身を柔らかくする方法がある。肉に比べて、魚の身は柔らかいものだから、あまり気にしなくてもいい気がするが……生で食う時にはそれなりに意味がある。
刃物で肉や魚を切ることで実感を覚えることが出来るが、筋肉は繊維である。より集められた糸のようなものだな。その線維に沿って切れば、比較的硬さが残る。その繊維を横断するように切れば繊維をより破壊することで柔らかさが増す。
大きい魚は硬いから、節目に対して直角にナイフで引き裂いてやれば柔らかくなるし、小さい魚はむしろ節目に沿うようにナイフを走らせれば、硬さがある程度キープすることが可能となるわけだ。
切り身を作るときのコツとして、頭には入れてある。焼いたサーモンはデカいから、節目に対して直角にナイフを入れていくことにしたよ。どう切っても同じようなモンじゃあるが、ちょっとでも柔らかい舌触りにしておくべきだろう。
自然の食品ってのは、どうにも野蛮なところがあるからな。家畜と違い、北海で暴れ回っていたばかりの魚の身だ。ムダに硬そうだろ?
三枚に下ろしたサーモンを、次から次に切り身にしていく。基本的に皮は残す。当然だ。皮下脂肪。女子ウケの悪い言葉ではあるが、コイツが魚や肉の旨味になる。どこにあるか?もちろん皮の直下だ。
これが焼くと美味いんだよな。サーモンの脂は本当にジューシーだしよ。ああ、皮を残しておくことの利点はもう一つ。皮から焼くと身が崩れにくい。皮は頑丈だしな。どうせなら見栄えの良い料理を食べたいもんだろ?グチャグチャに崩れているよりはな。
……料理ってのも経験値と技巧と、そして哲学に彩られているものさ。読み解くことで楽しさが深まるし、合理的であったり、ときに非合理的な『文化』という哲学に触れることもあって楽しい。
ジーンたちは牛肉の味と質に、その個体の性格が反映されるということも知らなかったりもするんだ。肉食の文化が強い土地で生まれ育ってしまったオレやカーリーからすれば、驚くべき事実でもある。
だが、そんなことを知らなくても牛肉を美味しく料理することは可能じゃある。絶対的な合理性を持つ価値観ではないかもしれんということさ。わずかなモノだし、下手すれば肉食文化圏に生きるオレたちの自己満足も入っちゃいるかもな。
しかし、そういった文化には間違いは少ない。迷信染みた考え方も、経験によって研鑽されている。非合理的な部分があったとしても、それを駆逐するほどの完成度はあるもんだよ。
文化を肯定するための哲学は、それぞれに存在していて、時に相反するロジックを持っているものだが……それぞれのスタイルにある意味を考えたり、考えても理解が及ばない時は、単にマネして『使う』ことで一定の効果を発生することは可能となるのさ。
食材をどう扱い、どんな意味を持って解釈するか―――そういう時の道しるべとなるものだ。多くを知るほどに、状況に対して柔軟に応じられるようになるわけだ。
だから。
オレは探求に余念がない。料理の腕を少しはマシにするために、文化を吸収して学ぶことにしている。
「ジーン。アリューバ式のサーモンの楽しみ方ってのはあるのか?」
「そうだなあ。バーベキューだと、松板焼きかな」
「燻製か」
「そういうこと。おーい!あるよな?」
海賊たちにジーンが問いかけた。海賊の料理番の一人が、ニヤリとしながら応えてくれたよ。
「もちろんでさあ!!」
「……だってよ。使うかい、サー・ストラウス?」
「もちろんだ。これはオレたちの昼飯でもあるが、君ら『アリューバ海賊騎士団』に対しての礼でもある。君らの故郷の味があるなら、そいつも作るべきだろう」
「いい昼飯になりそうだな。サー・ストラウスに、板を持って来い!」
「了解でさあ、ジーン船長!」
小走りで泉のほとりを走り、その海賊は泉の中から松の板を取り上げる。燃えないように水にひたす……あるいは、溶媒にするわけだな、板に含ませた水分で、松の板から煮込むようにして松のジュースを回収する。
そいつはいいスモークになるだろうよ。
「塩とコショウと、何をかける?」
ジーンではなく料理番の海賊に訊いてみた。間違いなく、ジーンよりも彼の方がアリューバ海賊の料理に詳しいだろうからな。
「アリューバ式なら、レモンとローズマリーっす!!」
「ほう。レモンか……ローズマリーも使うのか」
「ええ。サー・ストラウスが苦手であれば、こだわりませんが」
「オレに嫌いな食べ物は少ないよ」
濡れた松の板に、大きなサーモンの切り身を横たえさせる。その上にスライスしたレモンを載せて、ローズマリーの粉と、小さな枝を並べて置くのさ。
そいつを金網に乗せて、逆さにした鍋を被せていたよ。ああ、その周辺には香り付けのための松の板の木っ端を並べていたな。燻すためのスモークの原材料になるわけだ。
しかし、鍋をひっくり返して使うのは豪快だな……使い込まれた鍋だが……ふむ。穴が開いているというか、開けているのか。古くなり、底に穴が開きそうになった鍋の廃物利用だ。
「コイツはしばらく時間がかかりやすが……他のは直火で焼きますんで、すぐに出来るはずっすよ」
「ああ。まあ、コイツは後々の楽しみだろ。ビールを呑みながら、松の香りの移った燻製を食べようじゃないか」
「ええ!」
……オレは料理人モードになって、次から次にサーモンをさばき、猟兵たちと海賊たちに指示を飛ばしていたよ。基本的にシンプルな料理となるからな、オレ直々にすべきことなど、あまりない。
サーモンのクリーム・パスタにキノコとサーモンのソテー、そして大小のサーモン・ステーキたちだけだ。サーモンを切る作業のあいだに、仲間たちは下準備を済ませてくれていたよ。
パスタは茹でられ、あっさり系のクリーム・ソースは完成していたし。キノコとサーモンのソテーは金網の上に乗せられた鉄製の深皿の上でグツグツとバターの香りを放ちながら煮えている。
肉と野菜、そしてミアの好物な大きなエビというバーベキューの定番品たちも金網の上に転がり始めて、ガーリックが多目と思われる、海賊たちの特製ソースが野菜や肉にハケで塗られていった。
……厳しい北海のなかにある、奇跡みたいにキレイな小島に、美味しさをはらんだ風が吹いていく。さてと……サーモンをさばき終わったし、全ての食材たちが金網に乗っている。
オレはバケツの水で手を洗い、タオルでその水気を取り払いながら宣言するのさ。
「さあて!!バーベキューを始めようぜ!!」
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