序章 『ベイゼンハウドの休日』 その3


 ……オットーは相変わらずマジメな報告をしてくれた。これがギンドウの場合だったら、どんな手抜きの文章になっていたか分かったものではないな。


「……報告は以上です」


「そうか。じゃあ、とりあえず……」


「とりあえず?」


「……ベッドに戻るか」


「え、あ、あの……は、はい」


 ロロカ先生が何かを勘違いしているようだ。顔を赤くしてくれている。ふむ。それもまたいいんだがな。朝から愛し合うとか素敵な夫婦関係だもんね……でも、ロロカ先生は気がついていた。


 そして。


 さらに顔を赤くしていた。エッチな展開になるとか考えた自分を叱るみたいに、こめかみに丸めた拳でポカポカと叩いている。


「み、ミアたちが来るんですね?」


「うむ。ミアの『お早うダイブ』を受け止める……それが、お兄ちゃんとしての仕事だからな!」


 シスコンなもんでね。休日の朝は我が妹、ミア・マルー・ストラウスに起こされると決めているのだ。ベッドに戻り、瞳を閉じる。ロロカ先生も、耳まで赤くなった照れてるモードのまま、オレにつき合ってくれた。


 リアリティがあるよな。ロロカ先生が起きていると、ミアがお兄ちゃんは起きているのかもしれないと怪しんでしまう可能性もある。


 自然に受け止めてやりたいのさ。お兄ちゃんは大陸の覇権を巡って巨大な帝国軍と戦うと共に、妹とじゃれ合わなければならない使命を持った、忙しい職業人なのだ。


 ……まあ。


 それを差し引いたとしても、フツーに『二度寝』ってのは幸せなものだよ。イエスズメがまだ歌っている時間帯だしね?


 ……二度寝だけじゃなく、ヨメさんといちゃついても良いわけだが―――ロロカ先生が反省モードに入っているから、その恥じらいを見て楽しむことにする。


「……ああ。私ってば、そんなにエッチな女じゃないはずなのに……」


 ぶつぶつと小さな嘆きを、あのオレだけが知っている柔らかな唇が語っていたよ。その様子を見ていると、和む。


「もう。ソルジェさん、意地悪そうに笑って……ッ」


「昨夜の続きがしたいのか?」


「そ、それは……その……っ」


 断らないトコロが可愛いな。ああ、ホント……オレのヨメ、可愛い……やはり、二度寝ではなく、愛を確認し合うタイプの時間に……そんな欲望が湧いてきて、オレがスケベな笑みを浮かべた頃。


 トタトタと廊下を走る小さな足音を、お兄ちゃんの耳は感知していたよ。照れながらもオレの腕に抱き寄せられるままになっていた、ロロカ先生も気がついていた。


「そ、ソルジェさん。ミアたち、来ちゃいます」


「教育的に悪い行いは見せてはダメだもんな」


「は、はい……ちょ、ちょっと、残念ですけれど……っ」


「ん?」


「ふええ!?な、なんでもないですから……っ」


 そうつぶやいたロロカ先生は、オレの腕マクラから逃れて、備えつきのマクラを取り寄せて、そこに赤くなった顔を埋めてしまった。からかい過ぎて、起こらせてしまったワケじゃないよ。


 たんにロロカ先生が照れてしまっているだけなのさ……。


 ヨメの可愛いリアクションで眼福を手にしながら、オレは仰向けなって目を閉じるんだよ。


 トタトタはオレたちの部屋まで接近して来る。どうやら、今日もミアだけじゃなく、カーリーも一緒に来ているようだ。カーリーとミアは同じ部屋で寝てる。仲良しだからね。というか、カーリーは毎夜ミアにベッドの中に潜り込まれているらしい。


 しかし、ミアの睡眠拳法―――寝相の悪さから放たれる打撃の数々をオレたちは密かにそう読んでいる―――の犠牲になっていないところを見ると、カーリーも睡眠拳法で対応しているのかもしれない。


 眠りながら、パンチを放つミアと、眠りながら、それを回避するカーリーの攻防などが、二人のベッドでは行われているのだろうか。お兄ちゃんとして、一度、目撃してみたい映像だが……そのセリフを吐くと、カーリーがオレにドン引きしそうだから止めておく。


 ……微笑ましい寝姿だが、思春期の乙女の寝顔を見ていいのは基本的に『家族』だけだろうよ……。


 さて。


 二人分のトタトタがドアの前で停止していた。


 そして、ドアがノックされる。


 コンコン!


「入るね、お兄ちゃん、リエル、ロロカ!」


「ちょっと、いきなり入ると、な、なにかしている最中だったら、ど、どうするのよ?」


「え?なにかって、なに?」


「そ、それは、そのあのその!?」


 カーリーは少し、思春期が強いようだな。夫婦の寝室に入ることへ、大きな戸惑いがあるようだ。まあ、別にいいんだけどね。


「変なカーリーちゃん。さて、オープン・ザ・ドアー!!」


 元気な言葉と共に、ドアがオープンしていたよ。開かれたドアの間から、ミアは寝室へと侵入して来る。


 トタトタと愛らしい足音が近づいて来て、ベッドの前まで来た。


「お兄ちゃん、朝だよ!!……お早うの、ダーイブ!!」


 ぴょーんとミアの体が大きく跳ねて、仰向けでタヌキ寝入りの最中の、お兄ちゃんの胴体に墜落して来るのさ。


「あはは!お兄ちゃん、お腹硬い!!」


 爆笑するミアの手が、お兄ちゃんの腹筋をバシバシと叩いていた。お兄ちゃんの体の上に乗ったミアは、脚を曲げたり伸ばしたりしながら、ゆっくりと目を開けたオレにスマイルをくれた。


「お早う、お兄ちゃん!」


「……ああ。お早う、ミア」


「……お髭、伸びてる」


 小さな指が、朝の無精ヒゲをチェックする。ミアはお兄ちゃんにヒゲが生えていることを、とくに喜びはしないが……この生えて来たばかりの、短くて硬いヒゲを指で弄ぶのは好きだったりする。


「むー。ジョリジョリしているね」


「ああ……似合ってる?」


「ううん。剃った方が好き。でも、このジョリジョリ感は、ワクワクする。何だか、楽しいの」


「そっか。剃れば、また明日、楽しめるな」


「うん。だから、今日もお髭そろうね、お兄ちゃん……右手が使いにくかったら、ミアがナイフで剃ってあげるけど」


 ……え?ミアのナイフでヒゲ剃られるとか……お兄ちゃん、重度のシスコンだから幸せで死にそうな気持ちになれるんだけど……っ。


「……ミア。お髭を剃るときは、カミソリを使いなさいね……?」


 ロロカ先生がマクラから顔を外しながら、オレのお腹の上で無精ヒゲと戯れるミアに語った。たしかに、そうだな。ナイフよりもカミソリの方がいい。ナイフでも切れるけど、ミアのナイフは切れ味が良すぎるからな。ミスリル製だもん。


「そっか。そうするね!」


「……ああ。まあ、お髭は剃れるぐらいは動かせるさ!」


 健常さを証明するために、オレはミアの体に両手を差し込んだ。お腹の辺りを持ち上げてみるんだよ。一応、負傷している右手では主力ではなく、左手の甲がメインだけどな。


 ミアはお腹を支えながら、上手に体を操り、オレの両腕により浮かぶ。


「あはは。フライング・モードだ!!」


「ああ。飛んでるな!」


「うん、飛んでるー」


「ククク!」


「み、ミア。仲睦まじいのは良いけれど、赤毛はケガ人よ?」


「うん。そだねー」


 カーリーの指摘を受けて、ミアはオレの手の上でくるりと身を回転させて、オレの左側にポスン!と落下していたよ。


「あれ。そう言えば、リエルがいないね」


「ゼファーのトコロに行ったんだろう」


「……なーるーほーどー。お兄ちゃん、腕マクラ!」


「こうか?」


 オレはミアに腕マクラしてやる。ミアは、後頭部をオレの左腕に乗せて、首を少し左右にひねりながらマクラの質を確かめていた。


「ふむ。なかなかの腕マクラです」


「そいつは、自信が湧いてくれるいい言葉だぜ」


「うん。リエル、毎晩、お兄ちゃんの腕マクラかー。ラブラブだねー」


「まあ、ラブラブだよ。ロロカともね」


「さ、三人で、ラブラブ……っ?」


 一夫多妻ではない文化圏の子である、カーリー・ヴァシュヌちゃんは、複雑な表情をしていた。愛の形など、愛の数ほどあるものだと思うがね。価値観ってのは、固定観念が強くあるから、色々と難しいものだ。




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