第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その48


 竜の炎のような威力だったな。『岸壁城』が大きく揺れて、通路の上部からホコリが舞い落ちてくる。薬品が合成された結果に生まれたのか、酸味を帯びた臭いも流れていた。


「……キュレネイの言葉の通り、耳を塞いでいた良かったぜ……大丈夫か、キュレネイ?ジグムント?」


 オレのすぐそばにいるキュレネイは耳栓を抜き、ホコリの積もった頭をブンブン振ってキレイな水色の髪に戻りながら返事をくれたよ。


「イエス。耳栓パワーで、ノーダメージであります。あとは、セクハラ・バリアのおかげで」


「……セクハラじゃないぜ?」


 ものすごく人聞きの悪い単語だったよ。セクハラ・バリアって?……キュレネイは怒っているのか?無表情だから、読みにくいけれど、たぶん、からかっているんだろう。そうじゃないと、オレが少しかわいそうじゃないか。


「大切な猟兵を守るのが、務めだからさ」


「……ふむふむ。口説かれたでありますな。つまり、セクハラであります」


 そうなのだろうか?……そもそも、口説いていないのだが。


「とりあえず、ドサクサに紛れて押し倒されたり、乙女の清楚な胸を触られたり、キスとかされたりもしなかったので、大丈夫でありますぞ……むしろ、団長、何をしているかでありますな」


「何もしなかったじゃないか?」


「そこは男としてどうなのでありましょうな」


 どうすれば正解なのか、よく分からない。思春期の娘を持っているパパの気持ちになれそうだぜ。


「……いちゃついているところを悪いが、オレも大丈夫だよ。何というか、帝国人どもめ……オレたちの牙城に、とんでもない爆発物を仕掛けてくれたものだぜ」


 自分たちの城の一部を再び爆破で失ったことに対して、ジグムントは不満げだった。ゼファーに壊された屋上のことも、少しは恨んでいそうだな……必要経費ということで、見逃して欲しい。


「……団長。この爆薬は、帝国軍があまり使わない手段のように思えるであります」


「……ん。そうだな……どちらかといえば、傭兵あたりが使いそうなトラップだ。火薬の臭いに敏感なヤツは、傭兵には少なくないからな……」


「つまり、帝国軍のスパイが仕掛けたと言いたいのか?」


 ジグムントの中では、傭兵とスパイを結びつけて考える癖が生まれているようだ。間違いなく、オレたち『パンジャール猟兵団』の影響だろうな。オレたちは、すっかりと『自由同盟』のスパイ枠として活動しているような気がする。


「必ずとは言えないが、スパイの連中……少なくない確率で、オレの姉貴か甥っ子あたりが絡んでいる。2人は大手の傭兵団、『黒羊の旅団』とも付き合いがあったらしい」


「……ストラウスの血族が、傭兵の技術を学んでいるか」


「そっくりであります。団長、ジグムー殿、気をつけて参るでありますぞ」


 ガンダラ風の語尾を使いながら、キュレネイ・ザトーはオレたちに注意を喚起する。オレは立ち上がり、竜太刀を抜いた。


「……じゃあ、行くぜ。大きなフロアはもう一つだけだ。そろそろ、斬るべき相手どもに出会えるだろう」


「イエス。団長、優先するのは、セルゲイ・バシオンであります」


「そうだなぁ。ヤツを斬ってしまおう。その首を、窓からでも投げ捨てて、窓から敵兵どもに見えるよう、中庭に串刺しにしてやろうぜ。将が討ち取られたとすれば、兵の士気も消えてしまうだろうさ」


 野蛮人的な発想だが、実に効果的な方法ではあるな。オレたちは仲間の消耗を抑えるために、勝利が確実となったこの場所に乗り込んで来ているのだ。すみやかな勝利を手にして、仲間の死を1人でも回避するために……。


 そうだ。


 死傷者を減らし、有能な戦士を数多く保有する。そのことが、帝国との戦いの勝利に近づく第一歩だよ。


 オレたちは通路を進み、爆破で吹き飛ばされたあの部屋に辿り着く。外壁の一部が完全に吹き飛ばされて、大穴が開いてしまっている……外が見えた。大きな樽の残骸なのだろうか、粉々に吹き飛んだ木っ端が転がっていた。その周囲から薬品の臭いがした。


「……この薬液が爆発したというのか……」


「イエス。指向性を形成していたようでありますな。呪術か、それとも特殊な配置で、壁の一部に大穴を開けた……もしかすると、この薬液は爆発後に空気を与えると、数秒間、強烈な火力を伴い燃焼でもしたのかもしれません」


 キュレネイの指が天井を差した。天井の石材には爆発の衝撃で大きな亀裂が走っているが……黒く焦げた痕が踊るような軌跡であちこちに存在する。キュレネイの予想は当たっていたのかもしれない。爆破で死ななかったら、焼き殺す。性格の悪いトラップだな。


 ……マーリア・アンジューの策な気がする。


 ストラウスの剣鬼が、爆破ごときで死なないと考えたのかもしれない。二段構えか。爆破と燃焼……その二つがあれば、重傷ぐらい負ったかもな。


「いい予想だ。『ヴァルガロフ』で、色々と学んでいたんだな」


「イエス。団長、私はデキる美少女として、より有能なカンジに成長しているのであります」


「ククク!そうか……頼りになる」


「頼って下さい」


 ……オレのための『残酷』か。キュレネイ・ザトーの覚悟に、オレは甘えることにしよう。今度、彼女のために、たくさん料理を作ってやろう。キュレネイは、たくさん食べるもんな。


 この爆破された部屋を通り抜けて、オレたちは三度ほど狭い通路を曲がっていたよ。魔力と気配が近づいてくるが……血の臭いも漂ってくる。リエルの矢がセルゲイ・バシオンには刺さっていたからか……?


 一瞬はそう考えたものの、いくら何でも血の臭いが濃いことに疑問が浮かぶ。おかしなことが起きていそうだ。この血の臭いはフツーではない。


 負傷者が出す血の量ではないな。これだけ血の臭いを漂わせるということは、死者が出ている。どうなっていやがる……?


 通路の先に扉が見えるが……扉の下から、赤い血液が、あふれるように流れ出していた。イヤな予感がするな……こういう予感が外れたことはない。オレは『風』を使い、そのドアを吹き飛ばしていた。


 魔術の『風』に吹き飛ばされた扉が乱暴に開き、その血なまぐさい部屋の姿をオレたちに見せつけてきた。まず目についたのは1人の男だった。セルゲイ・バシオン。帝国軍の将だ。そいつが……1人の将校と思しき死体に対して、狂ったように剣を突き刺している。


 セルゲイ・バシオンの貌は狂気と返り血に染まり、醜く歪んでいた。精神的に追い詰められすぎて、理性が消えてしまったようだな……。


 何かその大きなヒゲをたくわえた口で、ブツブツと語っているが、小さな言葉であったから聞こえなかった。狂人の言葉など、知りたいとも思わないしな……。


 だが。ジグムントは付き合いがいいよ。因縁が深い相手だし、敵味方として対立してから長いときを過ごしているから、バシオンに対して興味が深いようだった。


「おい、何をしているんだ、セルゲイ・バシオンよ……?そいつは、仲間だろ……?」


 問いかけに対して、バシオンは鋭い視線を向けることで答えた。オレたちの接近にようやく気がついたようだ。理性を感じさせる行いではないな……やつれた貌で、その口元で歪な笑いを浮かべながら、彼は語りかけてくる。


「おお。ようやく来たか、ジグムント・ラーズウェル。意外だな、ジークハルト・ギーオルガのヤツは、お前と共に来ると考えていたのだが……まさか、本当に帝国人として戦い、死んだというのか?」


「……ああ。ヤツは、『ベイゼンハウド人』ではなくなっていた。生まれはオレたちと同じだがなぁ……それでも、ジークの魂はお前たちファリス帝国の理想と共に在ろうとしていたぞ」


「そうか。本心で帝国に仕えたか……そうかもしれんな。あの男は、ワシの弟たちを奪った悪魔だが……いつも、まっすぐな瞳をしていた。それが、気に食わなかったよ。それが、信じられなかった。どうなっているのだろうな、この世は?おかしいことが多いぞ!!」


 バシオンはジークハルト・ギーオルガが帝国兵士の模範であったことが、耐えがたいほどに苦しい事実であるらしい。


 忌々しげに剣を振るい、さっきから滅多刺しにしている死体の首を叩き斬っていた。


「……酷いマネをするな。同胞だろう?」


「同胞だと!?……バカを抜かせ!!コイツは帝国軍人らしからぬ、敗北主義者だ!!コイツだけじゃない、そいつも、あいつもだ!!皆、将校の身分でありながら、貴様ら野蛮な劣等人どもに、亜人種どもの群れなどに、降伏しろと言いおったのだ!!」


 追い詰められていたのはバシオンだけではないらしい。圧倒的な不利な戦況になった時に、帝国の軍人どもはバシオンに降伏を提言していたようだな。


 その行為が、このバシオンを狂気に走らせたようだ。


 よくよく見ると、そこらに死体が散乱している。4人ほどいるのだろうかな。バラバラになっているし、乱暴に蹴ったり投げ飛ばされたりしたせいなのか、あたりに散らばっていたよ。


「……団長、あの人物は発狂しているようでありますぞ」


「そうみたいだな、狂ってやがるよ」


「狂っているのは!!ワシではないぞ!!」


 心外だと言わんばかりの貌で、ヤツはオレたちを見回してくる。いや、自分で殺した同僚たちの死体のことも見ていたか。バシオンは訊いてくるのさ。


「どうして、ワシの弟たちを酷たらしく殺した野蛮人などが、理想的な帝国兵士であるかのように振る舞い!!どうして、ファリス王国の頃から、ユアンダート陛下に仕えてきた、生粋の帝国人であるこやつらが……敗北主義者なのだ!?おかしかろう!!どうなっているのだ!!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る