第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その9


 北天騎士たちの戦いは終わる。双方に被害は出ていたが、圧倒的に多く死傷したのは帝国軍の方だったよ。後方の集団に対して、ロロカ先生が呼びかける。


「勝敗は決まりました。戦う意志が無いのならば、武装を解除してください。それとも、このまま犬死にしますか?……私たちは、まだ矢を残していますよ」


 彼女の問いかけに対して、若者たちは次から次に剣を抜いて地面に捨て置いていった。返り血まみれのジグムントが、オレとロロカ先生のあいだに現れる。緊張してしまう、オレとロロカ先生はお互いの視線を交わす。


 オレたちには懸念があった。ジグムントは彼らを許せるのだろうか?……ちょっと不安になったから、釘を刺すことにしたよ。


「……ジグムントよ。彼らは降伏するようだぞ」


 青い瞳が動いていた。首は動かさないが、目玉だけを動かしてジグムントはオレを見る。戦闘態勢を解いてはいないな……だが、その視線に怒りは無かった。


「…………心配するなよ、ストラウス殿。オレは冷静だ。降伏する者まで、殺そうとする理由なんて、オレには無い」


「そのようだな。そうすべきことだ。裁くにしろ許すにしろ、生かしておいてやれ。彼らの主体性は乏しい……仲間にそそのかされただけだ」


「ああ。そうだと思う…………お前たち!!降伏するのなら、武器を捨てて、10人ずつ前に出て来い!!縄で拘束させてもらう!!……悪いが、今は戦の最中!!帝国軍に所属しているお前たちを自由には出来ん!!……抵抗しなければ、身の安全は保証する!!」


「……わかりました、ジグムントさん……オレたちは、降伏します…………オレたちは、何が正しいコトなのか、もう分からない……このままでは、剣を振るうことは出来ませんから……」


 戦意を喪失した若者たちは、ジグムントの指示に従う。武器を捨て、両手を見せるように持ち上げたまま、オレたちの近くへとやって来る。


 オレは崖の上にいる『バガボンド』の弓兵たちに命令を叫んだ。


「周辺を警戒しろ!!帝国のスパイが潜んでいる可能性はある!!……ヤツらは、我々の和睦など望むはずがない!!邪魔をさせないように、警戒を密にしろ!!」


「イエス・サー・ストラウス!!」


「周囲を見張ります!!」


「そうだ!!いいな、異常があれば、皆、すぐに叫べ!!全員で情報を共有し、敵を近づけさせるな!!いいな、『北天騎士団』の合流を妨害させるな!!」


 『バガボンド』たちの任務が変わる。帝国軍のスパイを探す任務を始めるのさ。


 戦とは悪意で作られている。敵の戦力が合流することなど、帝国人は望んではいない。和睦の瞬間を邪魔することで、降伏を選んだ若者たちと、降伏を受け入れる『北天騎士団』のあいだに争いを招こうと画策する可能性は高いからな……。


 だから、そうならないように備えた。『バガボンド』の戦士たちの行動もそうだし、あの言葉を『北天騎士団』と若者たちに伝えることも、いい予防になるだろう。オレが敵のスパイなら、このタイミングで攻撃するかもしれん。


 戦ってのは邪悪なものだからな。敵に訪れる平和や協調を否定したいと願望するものだ。敵が仲間割れしてくれるのなら、それは大きな軍事的なメリットである。このタイミングで、そうはさせないさ。


 ……オレの言葉が効いたのか、あるいは帝国軍のスパイは見張るだけで満足だったのか、この状況に介入する様子はない……。


「……降伏する兵士に隠れて、帝国のスパイが紛れ込んでいる可能性もあります。身元の確認は、密に行って下さい」


「了解だよ、ロロカ殿……オレも、顔の知らない男が紛れ込んでいないかには注意する」


「はい。そういった人物が、貴方を狙うことも考慮していて下さいね、ジグムントさん。帝国軍は、それくらいのことはして来ます」


「……気を引き締めるさ」


「……貴方ほどの達人に、過ぎた心配ではありますが。それでも、敵は貴方を狙ってくるはずです」


「帝国軍との戦い以外では、死ぬつもりはない」


「そうして下さい。貴方が、この若者たちに暗殺されたように見せかけることには、帝国軍にとって大きな利がありますから」


 戦ってのは卑劣な駆け引きが横行するものだからな。オレたちも使うように、敵もオレたちの結束を乱そうと何だってするだろう。


 オレとロロカとキュレネイとジャン、この四人でジグムントの周囲を警備する。若者たちを近づけることはしない。


 ジグムントはどうにも窮屈そうではあるが……それでも分かってはいるのさ。自分の価値をな。『北天騎士団』の団長を、オレたちはイヤな形で失うワケにはいかない。


 若者たちの武装解除は、順調に進んだ。


 彼らのことを、北天騎士たちはロープで拘束していった。手を後ろで縛り上げ、一人一人を縛るロープをつなげていく。300人ほどを数珠つなぎして、この300人を運んでいく。


 運ぶ場所は……あの収容所が実務的には最適ではあるかもしれないが、ジグムントはそこを選ぶことはなかった。


 あそこは業が深すぎる場所だからな。若者たちは『メーガル』の町の中へと運び込まれていく。彼らを閉じ込めておくのは、鉱山会社の倉庫を選んでいた。


 300人ぐらいなら十分に閉じ込めておけるからな。


 この若者たちの処遇をどうするのかは、オレたちの与り知らぬ領域になるだろう。


 ……だが、オレたちがしておくことはある。ジグムントの許可を取り、彼らの中から『情報通』を探し出す。ジークハルト・ギーオルガの『側近』だった青年だ。


 縛られたままの彼を引き連れて、オレたちはあのテントへと戻っていた。ロープの拘束を解くことは無いが、イスには座らせてやったよ。


「……訊きたいことがある。素直に話せ」


「は、はい……何でも話します」


 やけに素直な態度になっていた。己の『正義』の所在を失い、今は何に対しても抗う力が生まれないのさ。


 尋問するには、ちょうど良さそうな人物だ。


「名前を聞かせてくれるか?」


「……はい……オレは、エルーズ・マクシミリアン」


「そうか。エルーズだな。さっそくだが、ジークハルト・ギーオルガの現状について、君が知っていることを話してくれないか?」


「……ジーク……アイツとは、昨日の昼から連絡がつかないままです」


「どこに行った?」


「……アイツは、たぶん、今も『ノブレズ』にいると思います。セルゲイ・バシオンに呼ばれていた……そして、そのまま帰って来ないままです……拘束されているのかもしれません」


「そうか。ヤツからは連絡が無いわけだな?」


「……ありません。アイツがいれば……ロイ・ベイシューたちの好きにはさせなかったのに……」


「ロイ・ベイシューと君らは対立していたのか?」


「……意見の不一致が、あった…………オレたちは……いや…………けっきょくは、同じことを選んだかもしれない。ジークも……帝国人として生きることに固執してはいた。ジークも、『北天騎士団』に合流しようとする仲間を、こ、殺したと思う……」


「……だろうな。ベイシューの行いを認める気はないが、一定の効果はあった。罪の意識で君たちを縛ったな」


「……は、はい。オレたちは…………怖くなっていた。仲間を、な、仲間を、殺してまで戦おうとしている……っ。オレは……そ、そんなコトを望んでいたんじゃないんです。亜人種と対立したかったわけじゃない……ただ、暮らしを楽にしたかった……」


 縛られたままの若者は、ボロボロと涙を流している。後悔しているようだが、人生は厳しい。自分の選択の結果を受け止める必要がある。


 エルーズ・マクシミリアンは一生、その痛みを背負い続けることになるだろう。結束のために仲間を斬り殺した。永遠に消えぬ罪だ。


 彼の苦しみを聞いてやることは出来るがね、オレたちはこの青年の苦悩につき合ってやるための時間はない。


「……ジークハルト・ギーオルガは、『ノブレズ』にいるわけだ。そこには、セルゲイ・バシオンもいる」


「は、はい。おそらく……『ノブレズ』を、守ろうとしていると思います。だからこそオレたちに、『メーガル』の奪還を命じたのだと思います……死守しようとしている。ほとんどの兵力が……出払っているんですよ。だから、オレたちをそそのかして、利用した」


「……だろうな。それで、エルーズ。『ジャスマン病院』にいた連中は、どうしている?怪しげな医者の集団と、帝国軍のスパイだ。後者については、お前も知っているだろ?」


「……はい。知っています。あいつらに協力して……いや、お互いを利用することで、オレたちはハイランドとの戦に出るつもりだった……」


「そうか……それで、ヤツらは、どこにいる?」



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