第六話 『北天の騎士と幻の竜』 その8


「それじゃあ、オレは幸せになれねえだろうがよう、偽善者野郎、ジグムント・ラーズウェル!!……オレたちは、何もかも……失った!!……どうしてだよう!!どうして、今さら、『北天騎士団』を再結集しているんだ!!……どうして―――」


「―――そうだな。民草のためでもある。そうでもあるが……オレは、おそらく……北天騎士のために、『北天騎士団』を復活させたかった。認める。オレは……『北天騎士団』に戻りたかったんだ」


「それならよう!!それなら……それなら!!最初から、続けてくれよ!!議会の命令なんて無視して、オレたちが、オレたちでいられた『北天騎士団』を……続けてくれていたら……オレは、迷わなくてすんだだろうが!!」


「ああ……そうだな。すまない。議会の言葉を無視してでも……お前たちと共に、帝国軍と戦い続ける選択をすれば…………ジークもお前も、『ベイゼンハウド人』であることを、全うすることが出来たのかもしれん」


「そうだ!!そうだ!!そうだ!!……オレは……オレは……オレは……ッ!!こんな結末を、望んじゃいなかったんだあああああああああああッッッ!!!」


 手首を断たれたまま、暴れ続けた代償がロイ・ベイシューに襲いかかっていた。失血が激しく、ヤツの体が揺れる。それでも……ヤツは半分斬り裂かれている左手を剣にそえる。突きを放とうとしていた。


 もはや、大剣を振り上げる力も残されていない。ジグムントは打ち合いをしながら、ヤツの体力を奪うように動いていた。語り合うためにだ。いつでも殺せたが……『北天騎士団』の団長殿は、『パシィ・イバルの氷剣』の継承者は、彼と話してみたかったようだな。


「ジグムントおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!お前を、殺して、オレは、富を得るんだあああああああああああああッッッ!!!」


 殺意を帯びた突きを、ロイ・ベイシューは放つ!!稲妻のように鋭い動きだった。体に残されていた命の全てを注ぎ込み、その突きを彼は実現させている―――しかし、ジグムントも本気だった。


 大剣と『氷剣』が、命を燃やしながら放たれた北天騎士の剣を、左右から挟むようにして受け止める。次の瞬間、大剣をテコの支点にするように使い、ジグムントはロイ・ベイシューの手から剣を奪ってしまっていた。


 戦場の宙高くに、ロイ・ベイシューの剣が舞う。無防備になったわけではない。彼は剣を奪われた瞬間、予備の剣を抜き放っている……北天騎士の技巧で、北天騎士の武器である。


 それ故に、ジグムント・ラーズウェルは全て読まれていたのさ。北天騎士の技巧では、彼を仕留めることは出来ない。彼こそが、最強の北天騎士なのだから。


 ロイ・ベイシューの最後の攻撃を、ジグムントは右の大剣で叩き落とし、左の『氷剣』を用いて彼の胴体を深く斬り裂いていた。


 富を求めた若者の体から、野心にたぎる熱い血が爆ぜるように飛び散り、その返り血をあえて浴びるかのようにジグムント・ラーズウェルは受け止める。それは、まるで罪を背負うための儀式にも見えたよ。


 ジグムントは崩れ落ちる若者に肩をぶつけるようにして支えてやる。遺言を聞きたいのだろう。死に行く若者は、ジグムントを睨みながらも……その口元に微笑みを浮かべていた。


「……へ、へへ……やっぱり、勝てねえ……数で行けば、勝てると踏んだのに……けっきょく……皆を、まとめられない……オレは…………オレは、本当に……クソだな……なんて、弱くて……みじめな……男なんだ…………」


「……バカを言え」


「なに……?」


「『パシィ・イバルの氷剣』で斬られて死ぬのだ。『氷剣』に挑んだ男は、善であろうが悪であろうが……偉大な戦士ではある」


「……ははは……そうか……そうか……オレ…あの、『氷剣』で斬られて……死ぬんだなあ……伝説の…………伝説の一部に……なれるのか……」


 『ベイゼンハウド』に生まれた男ならば、『氷剣』に憧れを抱くだろう。使い手になりたいとも願うだろうし、剣士であるのならば、その『氷剣』の力に挑みたくもなるものさ。


 ロイ・ベイシューは幸せそうだったよ。さっきまでの自虐のための笑みではない。もっと違う種類の笑みを浮かべたまま、彼はその身を『ベイゼンハウド』の地に横たえていく。


「…………ジグムントさん…………オレは…………もっと…………北天騎士で、いたかったよう――――――」


 そんな言葉を遺言として、ロイ・ベイシューの命は尽きていた。ジグムントは彼の返り血に赤く染まった体を、新たな敵に向ける。


 罪を背負った男は、獣よりも険しい貌になるのさ。ヒトの業に歪む、ヒトの戦士だけが見せることの出来る、どこまでも邪悪で攻撃性に満ちた貌だ。今のジグムントは、オレたちが知っているジグムントよりも、また一つ、その強さを増しているはずだ。


「……行くぞ、クソガキども」


 ゆらりと沈む『虎』の技巧。沈み込む反動で加速する、須弥山の突進。ジグムントはその動きを完全に使いこなす。


 そして、それだけではない。『剛の太刀』に使う踏み込みも合わせて、彼の速さはシアン・ヴァティに匹敵する。技巧だけならば、オレやシアンよりも……わずかに上だ。身体能力ならば、若いオレたちの方がはるかに上だがな。


「……く、くそう――――」


「な、は、速い――――」


 手加減するのを止めたのさ。『ベイゼンハウドの剣聖』は、リーダー格のロイ・ベイシューを失って動揺する帝国兵どものことを、無慈悲なままの速さで切り刻んでいく。


 北天騎士の動きを全て読んでいるようだ。


 癖の一つさえも、剣聖には見えるのさ。彼が教えた技巧の数々なのだから。悲しみと怒りと、そして、それらが融け合い生まれた禍々しい攻撃性は、若輩どもの抵抗を粉砕しながら、またたく間に新たに四人ほどを地獄に叩き落としてしまうのさ……。


 ジグムントに、帝国兵は怯える。


「……か、勝てねえ……ッ」


「『氷剣』が……」


「いや、ジグムント・ラーズウェルが……これほどまでとはッ」


「それでも!!……もはや、オレたちに戻る道はない!!……戦って、勝つしかない!!そうでなくては……オレたちは生まれた意味を失ったままだ!!」


 若者たちは『ベイゼンハウドの剣聖』に挑む。あまりにも大きな山のようなもので、あまりにも残酷な嵐のような、その圧倒的な強者に対して―――若者たちは己の野心を全うするために、次から次に襲いかかっていった。


 ……しかし。


 彼らが相手にするのは、ジグムントだけではない。


 他の北天騎士たちが、ジグムントの盾となり、剣となる。


 ジグムントに向かっていた剣の群れを、北天騎士たちの剣の群れが受け止めていた。鋼たちが重なり、ぶつかり、火花に彩られた歌を放ち……戦士たちは力をあふれさせるために叫んでいた!!


「……させるかい、若造!!」


「ジグムントは、オレたちの旗だ。折らせやしない!!」


「……同じ人間族として、私は……君らに安らぎを与えてやる!!」


「ハハハハ!!年寄りどもが!!お前たちなんかに……負けるかよッ!!」


「勝ってやる……ッ!!」


「……オレたちが欲しかったのは……きっと、こんなことじゃねええ!!」


 古強者の技巧と、若者の熱い野心が剣戟の音へと化けていく。総力戦だ。『ベイゼンハウド』最強の戦力同士が、決闘をしている。オレたちと……『バガボンド』の戦士たちは、後続の集団を警戒することに徹しながら、彼らの戦いに介入するタイミングを逃す。


 いや。


 これは彼らが行うべき戦いだった。


 北天騎士として生きた男たちが選んだ、相反する生き方―――二つの『正義』が雌雄を決するための儀式のようなものだったよ。


 打ち合わされる鋼は、やがて、敗者を決定づける。古強者たちが勝つのさ。大剣同士の打ち合い……それをより知り尽くしているのは、ジグムントたちのような古参の北天騎士たちだからだ。


 ……若き技巧は、見破られてしまう。自分たちは長く北天騎士であり、その道を違うこと無く鍛錬を続けて来た者と……帝国の兵士としての訓練と、その技巧を己が剣術に取り込んでしまった者の差とも言える。


 純粋なものに、不純なものは敵わないものだ。


 同門対決というのは、より長くその道に在る者に有利なのさ。この戦いに勝ちたければ、帝国兵士どもは、帝国兵として修得した技巧に頼るべきだった。そうなれば、体力の差も活かせただろうにな……。


 ……この場にいる『ベイゼンハウド』生まれの戦士たちは、どうしても『北天騎士団』の剣術を選び、それで互いに勝ろうとしていた。そうするべきだと、彼らは信じて疑わなかった。そして、オレも疑わない。


 北天騎士として、戦いたいという衝動が若者たちを支配していた。古強者たちは、その若く苦しげな衝動を斬り伏せながら……悲しみとも怒りともつかぬ表情を使って、ヒトの世の業の重さに耐える。


 殺しながら、吼えて、歌い、最強無敗の『北天騎士団』は―――この赤に堕ちた夕焼けの戦場で、再び勝者となっていた。



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