第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その29
ミアがゼファーに命じていた。
「ゼファー、ルルーが右から来る!!飛んで避けて!!」
『う、うん!!』
漆黒の翼が空を叩き、ゼファーの体が白い『霧』の中で上空へと向かって跳ね上がる。ルルーシロアが『霧』から飛び出していた、その突撃を―――ゼファーはミアの指示で完璧に避けてみせたよ。
鳥肌が立っていた。背骨に沿ってゾクゾクする電流が流れる。ミアは、知識ではなく直感と聴覚だけでルルーシロアの攻撃を予測していたのさ。
『……なに……ッ!?』
驚愕するルルーシロアがいた。自分の攻撃を、こうもあっさりと躱されるとは考えていなかったのだろう。
金色の瞳は屈辱と、そして驚愕の光を宿している。
だが、戦いは終わらない。ルルーシロアは、そのまま『霧』の奥へと潜るようにして身を隠していく。
身を捻るのが分かった。体を左に傾け行くのがな、尻尾の軌跡で分かったよ。だから、オレは無言のままゼファーの背の上で左に体を傾ける。ミアもつづくのさ。そして、ゼファーはその意図を理解して、ルルーシロアの翼跡に己の飛翔を重ねるんだよ。
ルルーシロアの背後を取る。
そのための動きだ。
竜の動きは多彩ではあるが、読めない動きは存在していない。空は自由ではあるが、その動きに制約が全く存在していないというわけではないのさ。翼跡を追いかけられたことに、ルルーシロアはイライラしている。
この『霧』はオレたちの感覚を妨害するが、術者であるあの仔にとっては負担になっていないのだろう。高度な術だ。一方的に自分が有利になれる結界だな―――それをオレたちに追い回される気持ちは、不愉快だろう。
だが。
不愉快であると同時に、興味も湧いているようだな。どうして、オレたちが追跡することが出来るのかを、考えてもいるようだ。この沈黙はそのためにある……飛び方を読まれたことに気づいたな。
そして、次は変えようとしてくる。
この仔は賢くて、慎重なんだよ。自分の得意な場所で、圧倒的に有利な状況で攻撃することを好む。メスの竜には、多い気質だ。オスの竜ほど、体が傷つくことに無頓着ではないのさ。ヒトと同じかもしれない。
……さて。そろそろ会話を試みよう。一度、ダメだったからと言って、二度目もダメだとは限らないさ。
「ルルーシロア。オレたちは、今、五対一だ。それがどういうことか分かるな。知識と感覚が、それだけ違う。この戦いはフェアではない」
『…………それだけおおくをのせているのなら、うごきも、おそくなる!!』
『……ちがうよ。りゅうと、りゅうきしは、いっしょにいることで、はやくもとべるんだよ。るるーしろあ』
「そうだよ。ルルーちゃん。試してみるといいよ。私たちは、ゼファーの枷にならないもんね」
……妹と竜がそう言っているんだ。教えてやるとしようじゃないか。オレはルルーシロアの襲撃に備える。
ミアが教えてくれていたよ。風を切る音は、隠しきれないということをな。『霧』に妨害されてはいる、やまびこのように周囲に反響させているし、視界も利かない……だが、完璧に翼の羽ばたきと、竜の体がうねる音を隠すことは不可能だ。
わずかなものだ。
ミア・マルー・ストラウスの猫耳にさえも、おそらくわずかな音としてしか聞こえない。偽りの音に紛れ込む、真実の翼の音―――それは、たしかに小さいが……聞こえなくはないのさ。
不可能でないとミアが示してくれたから。オレとゼファーもやれるのさ。翼が踊る、本当にわずかな音が聞こえる……かすれて間延びし、反響させられ、翼の歌は空に分散していく。
だが、真の鋭さを宿す音は……雑音に混じっても一つだけ。どんなに小さくても、その殺気を宿した音をオレとゼファーは耳と肌に捕らえている。そうだ、音と共に、肌でも感じているからな……。
遠くなければ、分かる。
わずかな気配を頼りに、全ての感覚を研ぎ澄ますことで、どうにか認識することが可能だ。わずかな感覚を集めるのさ、視覚、聴覚、嗅覚、触覚……原始的な感覚たちを、集中力で尖らせて、直感に重ねていく。
「ゼファー!!」
『うん、こっちだね!!』
ゼファーの尻尾がブオンと唸り、ゼファーは白に沈む『霧』のなかで巨体を踊らせる。左。左から突撃していたルルーシロアがいた。ゼファーは牙を開いていたルルーシロアのアゴ先に、尻尾の打撃を喰らわせていた。
『ぐううッッ!!?』
ルルーシロアがゼファーの打撃を浴びて、その飛翔を破綻させる。ゼファーは、背後を取るように左への旋回を続けてルルーシロアの背後へと周り込んでいた。
「ここからの位置なら、火球を当てられるぞ」
『……くっ!!してみるがいい!!』
「やらないさ。今日は、フェアな戦いが出来ない。オレたちは5対1。あまりにも、この戦いはフェアじゃない。だから、賭けをしないか、ルルーシロア?」
『……かけ、だと?』
「オレたちの方が遅く飛ぶと考えているな」
『……とうぜんだ』
「これから真っ直ぐに飛ぶんだ。オレたちが、四人いることの有利を示すことが出来たら……大人しくオレの言うことを一度だけ聞いてくれないか?」
『……おいかけてこれぬほどに、とおくへいってやる!!』
ルルーシロアはそう言い残し、上空へと舞い上がる。ゼファーも追いかけた。
「……上に?」
「『霧』から出てくれるのさ。小細工を止めて、翼の力だけの勝負をしてくれるんだよ。竜は挑まれたならば、受けて立ちたくなるものだからな」
「ルルー、クールだね!」
「ああ。全ての竜がカッコいいのさ!!」
『霧』を抜ける。太陽の下に広がる『霧』は、まるで雲海のようだった。ルルーシロアは、すでに始めている。翼で空を打ちつけて、加速して行く―――いい動きだな。
「赤毛、本当に追いつけるの?あの白い竜、とても速いけど」
「……長距離を飛ばれたら、さすがに負けるが……短い距離ならどうにかなる。カーリーよ、オレの背中にしがみつけ。リエル、その背中から押さえつけるように抱きついてやれ。本気で飛ぶ」
「……うむ!カーリーよ、よくしがみついておれよ。本気のゼファーと竜騎士の飛び方だ。我々は、ソルジェの重心に己の重心を重ねておくしか出来ん」
「わ、わかったわ。いえ……よくは、分からないけれど。勝負事に負けるなんて、わらわらしくないから、イヤ!!勝ちなさいよ、赤毛、ミア、ゼファー!!」
「うん。任せて、カーリーちゃん」
本気モードのミアが、ゼファーの首に自分のちいさなアゴをつけるほどに前傾する。オレもその背中からミアにおおいかぶさるように身を低くするのさ。
「……いいか。ミア。ルルーシロアの言葉は、間違いではない。オレたちを乗せた分、ゼファーの動きはたしかに制限される部分がある……」
「うん。でも、竜騎士は、竜の骨格も知っている。竜の飛び方も知っている」
「そうだ。オレたちは重りとなり、ゼファーの体重では本来不可能な飛び方をさせる。より強い翼でなくては、不可能なほどに、空を強く叩かせるし……重心を前傾させることで矢のように加速する」
「……うん。分かってる……それだけじゃない。風を読む……ルルーシロアの残した風の道も使う……」
「そうだ。知識と技巧を使う。短距離の勝負だ。ゼファー……10秒だ。体が浮かび上がるほどに強く、翼で空をブン殴れ!!浮き上がりは、オレたちが重量を与えて打ち消してやる!!」
『らじゃー!!いくよ、『どーじぇ』、みあ!!……りゅうと、りゅうきしのちからを、るるーしろあに、おしえてやるんだ!!』
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