第五話 『緋色の髪の剣鬼』 その11
いい年こいたオトナの男たちが、お互いを殺すために全力で石を投げたり矢を放ったりしている。戦の膠着状態というのは、シリアスな割りにどこかマヌケなものだ。
それでも地味な駆け引きは続いているよ。
矢を放つのをあえて控えて、矢が切れたように見せかける。オレたちはそのために石ころなんかを投げていた。
……バカみたいな行いだが、一度目は効いた。敵が矢の間合いに入ってくれる。そこを待っていたエルフの弓隊が、精度の高い射撃で何十人も射抜いていく。
騙し合いが常の醜くて地味な戦いだが……ルールも存在する。重傷者にはやさしいのさ。矢に脚を射抜かれて倒れた敵兵と、その敵兵を回収する存在には手出しはしない……お互いにメリットがあるからな。戦士の不文律だ。
戦えなくなった兵士は、オレたちの脅威ではない。だから、それを敵が後ろへと運ぶことは歓迎してやれる。その敵を介抱する戦力ごと、敵の前線から人数が減るからだよ……。
……我々は遠距離の射撃合戦をしている。
だが、いつまでもこの膠着状態を続けたくはないのは、帝国側の方だ。オレたちの矢の方が遠くに届く。この小高い丘の上にあるホフマン砦から、眼下をうろついているあの連中を目掛けて矢を放てるからな……。
それゆえに被害が出ていたとしても、物量任せに帝国兵どもはゆっくりと上って来ている……一思いに登り切れる間合いまで詰めたら、ヤツらは狩猟場に解き放たれた猟犬のように走るだろう。
……ホフマン砦に敵が衝突する時間は、迫っているのさ。
オレたちはときおり矢とか石を補充していき、それらを使い切るような勢いで消費していく。矢については、膨大なストックがある。敵と違ってこちらには工房があるんだからな。ああ、鉄の鏃でなくても、石の鏃もあるさ。十分に敵を痛めつけることは出来れば問題はない……水準を満たせば消耗品の質など気にしなくてもいいんだよ。
最新式のバリスタに、原始的な装備も使いこなしながらの、この射撃戦。膠着は20分ほど続いていたのだろうか。帝国の弓兵たちの腕が疲れて来た頃―――帝国は一斉に突撃して来やがった。
弓兵たちの腕が疲れたのは、敵だけではない。こちらの弓兵の腕も疲れている。殺傷力のある矢を放ち続けるってのは、なかなかに大きな負担を体に強いる……。
時間と矢を空費したわけではない。『バガボンド』の精鋭たちはともかく、解放されたばかりの北天騎士の弓使いたちの体力は万全ではなかったことも大きい。
「ふん。矢の勢いが弱まったコトを、悟られていたらしい」
リエルがそう分析したよ。敵もバカではないということだ……そうだ、帝国軍はムカつくことに有能じゃある。硬軟の戦術を使い分けることはするよ。
バカな突撃と、ヤツらにとって不利にも見える遠距離の撃ち合い……それらは『守備』の発想でもある。こちらの攻撃を引き出そうとしていたのさ。オレたちを物資・人材面で疲れさせて、そしてどれほどの種類の攻撃を有しているのかを見たがっていた。
様子見は終わった。
この突撃は、本気の『攻撃』だな。盾兵も盾を捨てたよ。あれは『攻撃』においては無意味な道具だ。身を軽くして、より速く走り、坂道を上ることを連中は選んだ。
一斉に走る。
盾兵の動きの3倍は速い。ムダに重い装備を捨てたことが、この『攻撃』を研ぎ上げている……。
「皆の者、一斉に撃つぞ!3、2、1……放て!!」
リエルの号令に従って、我々は弓の雨を突撃して来る敵の前列に浴びせていた。致命傷を追う。即死した者もいるが、剣や槍で矢を打ち払った者もいる。そして、肉体を矢に貫かれながらでも、止まらぬ男もいるのが現実。
死にながらも、ムリして走る。頭や心臓を貫かれなければ、ヒトはしばしの間、死に抗いながらムチャをすることも可能だ。真の突破攻撃とは、こういう血なまぐさい行いだ。
針のむしろのように体中を矢で貫かれながらも、敵兵たちは止まらない。背後から仲間が支えている。生きた『盾』としているかのようだし、その考察は正しい。兵士の魂を捧げることで開いた道こそ、まさに血路だ。
殺されながらも、ヤツらは突撃して来た。新兵ならば、その迫力に戦慄する。おぞましさすら帯びた動きだろう。まるで命の重さを知らぬ、悪霊の群れのようにも感じるかもしれない。
ヒトは殺されながらでも、口から血を吐き出しながらも、前に向かって走れるんだ。『それ』が、何十、何百といれば……ビビる新兵もいるんだよ。
古強者である『北天騎士団』たちは、当然ながら、そんな決死の敵兵どもの行動に怯えることはない―――しかし、長く囚われていた彼らには、体力が無いことが問題だ。
そして、オレの『バガボンド』の精鋭たちは若くて鍛えられてはいるが、この敵兵の決死の形相を多く見たことがない。追い詰められた戦士は、普段の何倍もの脅威であり、追い詰められたあげく、覚悟を決めた戦士の突撃は、確実な死を与えない限り止まらない。
……こればかりは、狂戦士として生まれてしまった者でもなければ、経験値で対処するしかない迫力だろう。
強いとか弱いとか、そういうことが意味を成さない状況ってのも、戦場では起きる。今この時のような、命を捧げる突撃なんかに攻められている時は……若い戦士は間違いなく戸惑ってしまうものだ。
仲間の死体を踏みつけながら、転がりながら、矢で射抜かれながらも、狂ったように敵の砦を目指しやがる。狂犬よりも歪んだ貌で、殺意と憎悪を浴びせて来る。
ストラウスの剣鬼の血でも流れていなければ、なかなか笑えんよ。この状況で、血を凍てつかせてしまうのが……未熟ということだ。技巧と才能はある、強さもあったとしよう……それだけでは、真の戦士とは呼べないわけだ。
……イーライの鍛えた『バガボンド』の弓兵たちも、動きが悪くなっているな。しょうがないさ。経験が足りねば、戦場の狂気というものには対応することは難しい―――だからこそ、彼らのとなりにガリガリだが怯まぬ男たちを配置している。
『バガボンド』の新兵たちよ、バカにしていたか?……弱く衰えて、疲れ果てているその臭くて不衛生な虜囚の男たちを……?
そうかもしれない。ヒトは身なりで判断するし……今の彼らはまるで浮浪者のようにみじめな姿となっている。だが、違う。お前たちの側にいる男たちは、伝説の戦士たちだ。
無私の誓いに死への恐怖など捨て去り、武勇を知らしめることを死にざまと決めた、最強・不敗の『北天騎士団』だ。
学び取るがいい。
真なる戦士とは、どんな状況でも怯えることはない存在なのだと!!
真なる戦士とは、無数の敵に迫られた時にこそ、魂の底から笑うのだということを!!
……怯むオレの未熟な新兵たちの隣りで、北天騎士たちは笑っていた。
「ハハハハ!!」
「よくぞ来た、帝国兵よ!!待っていたぞ!!」
「そうでなくては、面白くない!!」
「この戦は、我らが『ベイゼンハウド』を奪還するための戦!!」
「強さを見せろ!!勇敢さを見せろ!!そして、我らが伝説の一部となり、我らと共に死ねッ!!」
北天騎士たちの闘志が昂ぶっている。ああ、素晴らしい。それでこそ、北方野蛮人の騎士道の体現者だ!!……我がガルーナの同胞たちだ!!……オレの未熟な新兵たちは、学ぶだろう。戦場で笑う戦士の強さと偉大さを。
知ればいい。
技巧と才能と知識だけでは、本物にはなれないものだ。識らねばならない、真の戦士とはどういう存在なのかを!!認めなければならない、若さというものが持つ驚くほどの弱さを!!
……そして、得なければならない。戦場で戦い抜くことで戦士を真の英雄たらしめる覚悟とは、経験でのみ作られていることを!!
オレの不甲斐ない若手たちが、北天騎士たちの闘志に支えられるようにして戦意を取り戻す。マシな迎撃射撃を始めたよ。一歩、また真の戦士に近づいた。遙かな高みに君臨している『北天騎士団』に比べれば、『バガボンド』はまだ四つん這いの赤子だがな。
だが。
今、強くなっているぞ。
学んだな、敵が放つ恐怖と……英雄がどうして英雄であるのかを。
勇気ってのは、戦場で最も必要な要素なのさ!!
……そして。その勇気でさえも勝てぬ強大な敵がいる。だからこそ、オレたちは力を束ねて敵を迎え撃つのだ。
オレは迫り来る敵兵に対して、足下に運び込んでいた『火薬樽』を蹴り込んでいた。そいつは坂道をかなりの勢いで転がり込んでいく。攻撃に狂った敵の群れが、その樽を力尽くで受け止めた瞬間。
『炎』を帯びたリエルの矢が、そこに突き刺さっていた。爆裂が起きた。敵の群れの最前列で、何十人の兵士が爆風に引き裂かれながら、血霧を風に残して砕けていく。そうだ。出鼻を挫く。そいつが『攻撃』に対する、初歩にして奥義とも呼べる『防御』だ。
それでも、本当の攻撃性を帯びた兵士は止まらない。怯えることが出来るのは、健全な精神だけだ。戦いに狂った男の精神が、健全なものばかりであるとは考えてはいけない。身が裂けて、骨が砕けながらも、血を吐きながら進む勇者は実在する。
学んでくれ、オレの『バガボンド』―――『未来』におけるオレのガルーナ軍は、『北天騎士団』のように勇敢でなければならん。勇者などに怯えていては、『魔王軍』は務まらないからな!!
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