第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その19


 帝国軍の兵士たちは、行動が迅速ではあった。いい訓練である。町の東にある自分たちのねぐらに対して、多くの兵士たちが走っていく。消防隊に任命されている人物たちだろうな。


 人手不足ではあるが、きちんとそういう仕組みを機能させていやがる。さすがはファリス帝国だ。ずる賢いユアンダートの部下どもは、実にしっかりと組織を運営していやがるわけだ。


 好都合なことではあるが、町の住民たちもその騒動を見物し始めるために、顔を出す。亜人種の多い町だからな、帝国人の邪魔をしてやろうとするのさ。急ぐ兵士たちに石を投げつけていくヤツもいるな。


 ……名誉ある『北天騎士団』を監獄に閉じ込めて、鉱山掘りの強制労働なんぞをやらせた連中の不幸を、町の者たちは爆笑しながら見物していたよ。


 騒ぎが大きくなる。


 消防隊だけでは、手が足りないだろう。ゼファーは、最高の放火を行ってくれたからな。100人が全員焼け死ぬかもしれん。1階部分はすでに火の海で、その炎は2階、3階に燃え広がり始めていた。


 人手不足の夜であれば、兵士を1階に寝かせておくだろうさ。有事の際に、ただちに出動させられるように。合理的な帝国軍ならば、そういう行為をする。帝国人は合理的であることを、美徳として使っているからな。


 それは悪いモノじゃないんだがね……場数を踏んだオレたちからすれば、その良さこそが、攻めやすさでもある。


 合理的な行動というのは、読めてしまうからだ。攻撃には向くが、防御には向かない脆さもあるってことだよ。


 ……オレたちは待つ。動かない。まあ、叫ぶがな。


「脱出の準備に備えろ!!西に向かって走り抜けるんだ!!そこに、我々の新たな砦はあるんだ!!」


 ジグムント・ラーズウェルが仲間たちに叫んでいた!!『北天騎士団』たちが、おおおおおおおおおお!!と歌い、ジグムントの言葉に応えていたよ。


「武装している人たちが、最初に外に脱出してください!!貴方がたが盾になり、北天騎士のしんがりをつとめます!!ですが、ムリをしないこと!!……今夜は、逃げおおせることだけでいい!!西に向かい、逃げ延びますよ!!」


「任せろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


「やってやるぜえええええええええええええええええええええええええ!!!」


「ハハハハ!!『北天騎士団』、復活だあああああああああああああああ!!!」


 北天騎士たちは、大いに騒いでくれているな。


 そうだ。それでいい。


 敵兵は東に誘導されている。敵の密度が、薄まっていく。それでいいんだ。守る範囲が広がれば、オレたちは楽になる。そして……この叫びもまた、敵兵をオレたちの策略に引き込んでくれるのさ。


 この『メーガル第一収容所』の収容所としての『最大の強さ』とは何か?……それは少人数で8000人を管理することの出来る構造だ。


 どうしているのか?


 見張りやすい縦穴の存在も大きいがね。基本的に出入口が一つだけということも大きい。物資搬入路も、囚人たちが強制労働の鉱山掘りに向かわされるための通路も、結局は一つの入り口に帰結するつくりだ。


 そこにいたるまでの通路は、それなりに複雑に曲がりくねっている。走れないような作りだな。突撃の威力を生み出さないために、砦と同じような仕掛けが施されている。


 この監獄の部分から続く、囚人たちの炊事施設も、入浴施設も、医療施設も、看守どもの詰め所も……全ては一つの出入口へと接続するのさ。


 つまり、一つの出入口さえ守っておけば、『メーガル第一収容所』から誰も逃すことはない仕組みとなっている。


 守りやすいな。


 看守にとって。


 そして……『立て籠もる』ことを決めた場合にも、囚人たちには有利がある。狭く曲がりくねった道から、帝国兵士たちの足音が聞こえて来た。


 彼らは役目を全うしようとしているのさ。囚人たちが脱獄してしまう可能性がないかを調べに来た。


 偵察兵を送り出したというわけだ。全員ではない。まだ、250人の準備は完璧ではない。そもそも、大勢の兵士が一気に突入することには、この場所は向いていないからな。守りやすさは、敵サンにだけ作用するんじゃない。


 オレたちの側にも、それは作用するというわけだ。


「ミア、カーリー、狩りの腕を競え。いいか、カーリーよ。戦場で敵を殺してこそ、戦士はより強くなる。お前は、ハイランドの『虎』として、自国を守るための武人となることを選んだからこそ、ここにいる」


「ええ!!もちろんよ!!」


「いいか。戦士にとって、弱さとは罪だ!!祖国を守れぬとき、敵に祖国は蹂躙されてしまう!!ハイランドの文化も、歴史も、民も、思想も……外敵に穢されたくなければ、戦士は強くあるべきなのだ!!」


「……うん!!」


「敵を狩れ!!お前の双刀に、敵の血を吸わせろ!!『虎』が、ハイランド王国の守り手であることを示せ!!ハイランド王国が、『ベイゼンハウド』の仲間であることを示せ!!」


「わかってる!!『北天騎士団』と、須弥山の『虎』は、仲間よ!!……『虎』は、仲間を守るために、須弥山から下りてきたんだ!!」


 敵兵が飛び出してくる。


 10人。


 たったの10人だ。ミアとカーリーだけでも狩れるだろうが―――オトナだって働く。こいつは政治的な戦いでもあるんだよ。一種の儀式だ。


 『自由同盟』の傭兵である『パンジャール猟兵団』と、ルード王国のスパイであるピアノの旦那、ハイランド王国の守り手である『虎』。そして、北天騎士であるジグムント・ラーズウェル。それら四者が手を組んで、敵を血祭りにする。


 この戦いは、我ら四者が代表する、それぞれの集団が手を組むことの証。血盟の証なのだ。不文律に過ぎない、感情的な行為ではあるが……それでも、戦場では十分。肩を並べて、敵を仕留めてこそ、真の仲間となれるものだ。


 槍を構えて武装してきた敵兵どもに、オレたちは跳びかかる。オレ、ロロカ、ミア、ジャン、ピアノの旦那に、カーリー……そして、ジグムント・ラーズウェルだ。


 七人で10人を殺す?


 ……一瞬だったよ。2人ずつ殺せたのは、オレと、素早いミアとカーリーの3人だけだった。それでも十分である。敵兵を殺した『チビ虎』は、戦士としての歓びに満ちた貌をしていたよ。


 シアン・ヴァティの再来と、須弥山の古参の『虎』たちが期待するのも十分に理解が及ぶ。


「いい腕だ。シアンと並べるように技巧を深めろ」


「うん!……シアン・ヴァティお姉さまは……っ。わらわの憧れ……っ」


 夢見る目標が、桁違いに高い山だということは、カーリー・ヴァシュヌのように才能にあふれて生まれてしまった者には、幸いなことだな。奢ることなく、ただ真っ直ぐに努力を重ねられるだろうからな。


 いつか、腕を競う日も来るだろう。


 シアンとカーリーの戦い。


 ……十年もすれば、いい戦いが出来るかもしれんな。その頃には、この世から帝国兵どもがいなくなっているようにせねばならん。


 須弥山の武術とは、戦場だけのためにあるわけではない。殺しの技巧ではあるが、それ以外の側面もある。己を高めるための武術だ。


 ……戦場では、到達出来ぬ高みもあるのも事実。


 武術とは、それほどに単調なシロモノではない。須弥山の螺旋寺のなかでこそ、シアンとオトナになったカーリーの戦いは相応しいもんだよ。


 さてと。


「……死体から、武器を奪え!!鎧も着込め!!少しでも、こちらの戦力をマシにするんだ!!」


「了解だぜ、ガルーナの竜騎士よ!!」


「鎧は、久しぶりだな!!」


「へへへ!!血が、熱くなってきたぜええ!!」


 北天騎士たちが、死体から取り合うように装備を引っぺがす。敵を殺した。10人。それだけ、こちらの逃亡に有利になる……何せ、敵サンは、この守りやすい場所に戦力をより投入してくるだろうからな。


 いい傾向だよ。


 また足音が響いてきた。また10人……そいつらを、オレたちは再び殺したよ。今度は囚人にされていた北天騎士も手伝ってくれたから、とても楽だった。


 いい調子だ。10人分の武器を再び確保することが出来た。でも、それだけじゃない。まだやるぞ。


 もっと敵をこの場所に誘い込んでやるんだよ。ここが監獄として機能するのは、脱出しにくいからだ。敵サンをこの中に誘導すればするほどに、ここはヤツらにとっても監獄として機能する。


 敵を薄めるのさ。敵が機能することの出来ない場所に、釘付けにする。そうすれば、北天騎士に向かう敵が減るからな……どうするか?……オレたちから攻めに行く!!



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