第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その14
近づくぜ。剣だらけの巨大な白骨野郎に対してな!!
……何故、そんなことをするのか?
決まっている。
オレとジャン・レッドウッドの攻撃力ならば、剣の鋼ごと『古霊の狂戦士/エンシェント・バーサーカー』を粉々に砕いてしまうことなど、そう難しいことではない!!
踏み込みながら『剛の太刀』の威力を竜太刀に宿す!!
破壊力を帯びた強打が、剣も骨も、どちらともを破壊していた!!ヤツの左腕が、砕け散り、鉄の破片が、この呪われた地下空間に転がっていく……。
さらに。
さらに、踏み込み、オレは返す刀で剣が伸びるように生えようとしていた『エンシェント・バーサーカー』の左側の肋骨の群れを粉砕していたよ。
そうだ。接近戦を仕掛けるのさ。命知らずな愚かな行為?巨大で、しかも全身から剣が生えているような怪物に近づくのは?
……バカを言うな。こんな厄介な敵を前にして、敵の間合いで戦うことを選んでどうする?……体躯に劣る者の攻撃方法なんてのは、いつでも一つ。接近戦/インファイト。それだけが小さき者の活路でもある。
『ガルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウッッ!!』
ジャンは巨大な剣が生えた右腕を狙う。巨剣と一体化している前腕部分に、巨狼の大牙が噛みついた。ジャンの口に中に、幾つかの小さな剣が突き刺さるが―――勇敢なるジャンは、その程度のダメージを気にしない。
ダメージが深刻化するよりも先に、その強靭無比な力を使い、骨と鉄で構成された右前腕を噛みつぶしていたよ。
両腕を崩された、『エンシェント・バーサーカー』は、その体内に呪いを張り巡らせて行く。
骨のなかを、鉄が走る音がする。『呪い追い/トラッカー』の力で、感覚的にも把握している。それに、猟兵の経験値が告げるのだ。殺意と殺気が狙う、攻撃の軌道を。
「見切るぞ」
『はい!!』
遠ざかることはしない。その必要もないからだ。
『エンシェント・バーサーカー』の巨大な骨格から、無数の剣が突き出してくる。脇腹からも膝を突いた脚の骨からも、どこからでも、それらは無造作に生えて来やがるのさ。
至近距離ではあるが、問題はない。
音と、呪いと、魔力と、気配と、勘と、経験が……このバケモノの攻撃を我々に予測させているのだ。それにな……オレもジャンも、反射神経に優れている。予想外の攻撃をされたとしても―――十二分に避けることが可能だ。
鋼の群れが見えた。尖っている。闇のなかでも銀色に煌めく、冷たい殺意の五月雨だ。十数本もの剣が、連続的に飛び出てくるが、オレはそれらを躱し、あるいは竜太刀で打ち払いながら壊し、踊ることで避け、踏み込みながら潜って突き崩す!!
ジャンは細かなことを考えなかった。
ヤツが右脚から無数の剣を生やそうしていることを悟ったジャンは、大牙による破壊の噛みつき攻撃を、ヤツの右の股関節に向けていた。
オレたち『パンジャール猟兵団』の猟兵たちは、前団長ガルフ・コルテスの教えをよく記憶に残している。ヒトの構造的な弱点は、無数にあるが。そのほとんどを、ガルフは教えてくれたのさ。
オレが素数なんてものを教えなかった代わりに……ガルフは、ヒトの姿を持つ者が、どうすれば壊れるのかをジャンに教えていたんだよ。
巨狼の大牙が、大腿骨に噛みついた。ジャンは、そのまま体重を浴びせるように沈み込みながら、豪快に身を捻ってみせたよ。
何が起こるか?
大腿骨頸部骨折。呪いは様式に囚われてしまうというかな。ヒトの構造を模倣すれば、当然ながら、弱点の部位も同じになってしまうのも必然であったよ。
強力な力と重量と、そして剪断力に捻転力―――物理学をそれほど知らないジャンではあるが、ああすれば太ももの骨と骨盤をつなぐ、比較的細くて弱い部位が破断することを経験で知っている。
ガルフが教えて、戦場で大勢の帝国兵の体を使って試してきたからな。ジャンの得意技の一つ。まあ、ヒトごときなら、こんな大技を今さら使う必要は、ジャンにはないがな。
回転しながらの骨格壊し。
そいつが成功している。久しぶりに見たが、回転のキレが良くなっているな―――『ヴァルガロフ』の『闘犬殺法』が利いているようだ。
……大腿骨と骨盤の連結が、外れて、ジャンはキレのある回転のまま、ヤツからへし折りもぎ取った右脚の骨を、虚空に投げ捨てていた。剣が生えながら、それは天井に突き刺さってしまう。
呪いの赤い『糸』が消え去るのが見えたよ。そして、オレの目の前で、巨大な骨が崩れていく。片脚を股関節から先の部分でもぎ取られてしまったんだ。ヤツのバランスが崩れる。
そのまま、右に向かって崩れてしまうのさ。
その大きな隙を……猟兵が見逃すはずがないぜ。
オレは風よりも速く走る……いや、踏み込む。『剛の太刀』のための踏み込みで、『エンシェント・バーサーカー』に肉薄する。
狙うのは一つ。
呪いを打ち払う、シンプルで分かりやすい儀式。
斬首の一刀に、他ならない!!
床石を鉄靴で粉砕するほどに深く強く踏み込み両手持ちにしていた竜太刀を振り下ろす。腕を絞り、全身の筋肉を鋼と一つに融け合わせ、最速にして最強、最重量の剛剣を撃ち放つッッ!!
ザギュウシュウウウウウウウウウウッッッ!!!
『古霊の狂戦士/エンシェント・バーサーカー』の太くて剣の先端が生えそろっていた首の骨が、その一刀のもとに瞬時に斬り裂かれる。呪いが瞬時に四散するのが分かった。あまりにも明白なる『死』の一刀。
……この土地の『古霊』である、このバケモノならば……オレよりも早くに、自身の敗北を悟っていたのかもしれない。魔力と呪いを失いながら、ヤツの巨大なしゃれこうべが床にぶつかり、まるでガラス細工のように容易く割れてしまった。
呪いを失ったのだ、もはや、この邪悪なる呪いの産物は、消え去る運命に囚われたのだ。全身の骨格が、崩れ落ちて、床の上でバラバラになり……赤く錆びた砂鉄と、白い灰のカタマリへと成り果てていった。
勝利であった。
勝利であるが―――オレは油断などしない。
竜太刀を動かして、オレを目掛けて投げつけられていた投げナイフを弾いていたよ。帝国のスパイ野郎は……本当に厄介だな。
……上半身だけになった、あのスカーフェイス。生前は呪術師であったらしいヤツは、自分に呪いをかけていた。死霊となって、投げナイフの一本でもオレに投げつけろと命じていたようだな、自分の肉体に。
うごめくその死体にジャンが近づき、巨大な前脚でゾンビとなったスカーフェイスの首を潰すような動作でへし折り、その呪術に終わりを与えていた。
『……帝国のスパイって、ほ、本当に、しつこいヤツらですね……死ににくいヤツと、死んでも動くヤツまでいるなんて……』
「いい経験と教訓を手に入れたし、有能な敵を消せた。それでいいさ」
オレはその死体に近づいて、そいつを仰向けにひっくり返した。その上着を探る……特務少尉の階級章……あとは、『ブックカース』が刻まれて、開けることが出来なさそうな手紙。開ければ燃えるタイプの呪いか。
この場の惨状を理解するための情報が欲しくはあるが、まあ、今はいいだろう。アイリスに報告するために、この死体の入ったバスタブだらけの空間を見回していく……。
……。
……。
……ああ、ヒドいな。皆、北天騎士たちか。『ベイゼンハウド』の戦士たちだ、こんな気味の悪く、狂気に走ったような行動の犠牲になるべきではないはずだ……。
『……だ、団長……ここ、どうしましょう……ボクは、弔ってあげたいです。このままでは……彼らは、あまりにも…………』
ジャンが大きな鼻を床に近づけながら、悲しい沈黙を行う。オレは左手を伸ばして、ジャンの頭を撫でていた。ジャンも猟兵だから、理解しているはずだ。
「……同感なんだがな」
『……はい』
「オレも弔ってやりたいが……今は、生きている北天騎士たちのことを優先するぞ。それこそが、己の身命を捧げて、民草と仲間たちの盾になる……『北天騎士団』の組織哲学に準ずる行いのはずだ」
『……は、はい!!』
そうだ。路傍に屍をさらすことは、彼らの誇りでもある……剣を『剣塚』に持っていってはやれないが、それでも君らの哲学だけは、オレが代わりに果たしておこう。
君らの死は、『ベイゼンハウド人』を守るためにある。そのことを、オレが代わりに実行するぞ。
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