第四話 『パシィ・イバルの氷剣』 その13
肉塊が破裂した……そう見えたよ。ヤツから飛び散ってくる体液が、そこら中を汚していた。それをバックステップで避けたよ。誘ってもいたんだがな、この回避運動に合わせて、アレの中身が攻撃してくれるんじゃないかと期待していたんだが……。
実際にはそうならなかった。反撃の動作を体に秘めながら待っていたのに、残念だ。
赤い肉塊の中身が、うごめきながら『魔剣』が裂いた大きな傷口から這い出そうとしていた。その肉体は……白い。白いというか、骨であった。骨で組まれた存在であるようだな。
つまり―――。
『―――あ、アンデッド……っ。カーリーちゃんが言っていたとおり、も、もしかして、この土地に潜む、古い悪霊……っ?』
「……オレにも正体までは読めないが、かなりの強さを持っているようだ。気をつけろよ、ジャン」
『はい!』
「……ピアノの旦那、後方から援護を頼む!!もしもオレたちが苦戦する時は、サポートしてくれ!!」
背後を振り返ることはない。それでも、きっと指を立てて返事していることだろう。あるいは、うなずいているだけかもしれないが。
ピアノの旦那は静かに闘志と魔力を高めている。『雷』を感じるな。『筋力増強/チャージ』を使うのかもしれん。
あの手斧は、力一杯、敵に投げつけることでも大きな威力を発揮するだろうからな。後方の援護は十分だ。
目の前の脅威に集中するとしよう。五十センチはありそうな、手の骨格が肉塊から這い出ている。肉塊は4メートルほどはあったな……あの肉は、繭のようにこの悪霊を包んでいたのか?
……鎖から注がれてくる、北天騎士たちの呪詛を吸いながら、その体をより大きく、より強く完成していたのだろうか……。
巨大な白い骨だけの指が、肉塊の裂け目を内側からこじ開けて行く。開いた裂け目から巨大な骸骨が抜け出してくるな。まるで、一種の『出産』のようだと感じた。
骸骨の眼窩には、炎が生まれていた。外気に触れることで、その炎が生まれたらしい。
『……こ、こいつ、あ、あれに似ていませんか!?』
「ああ、似ているな。『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』に、そっくりだ」
サイズは倍以上はあるがな。縦に横に前後に2倍ずつありそうだった。その巨大なる骨の怪物が、ゆっくりと立ち上がる。
四メートルの高さ。巨人族でも、ここまでの大きさの存在はいない。これは……実在の人物の遺骨などではなさそうだ。
『召喚』された、『古霊』……犠牲となった北天騎士たちの体を部品代わりにして、無理やりに組み立てられた邪悪な存在なのか?
……オレとジャンに睨みつけられることを嫌ったのだろうか?……骨の怪物は、オレたちに向けて跳びかかって来た。
「……避けろ!」
『はい!』
二人して左右に広がったよ。その直後に、骨の怪物はオレたちが一瞬前までいた場所に降り立っていた。骨ではあるが、重量があるらしい。床石の一部に巨大な亀裂を入れてしまう。
骨ではないのだろうな。重すぎる。骨には見えるが、正確にはそれとは別の物体であるようだ。重量があり過ぎる……反動を示す動きも、大げさ過ぎるな……。
「ジャン!こいつの素材は、何か、分かるか!?」
『え?……こ、これの、素材……っ!!この臭いは、て、鉄です!!』
「……鉄で、巨大なスケルトンを組んだのか……」
ならば、その威力たるや―――っ!!
『ギャガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンッッッ!!!』
『古霊の狂戦士/エンシェント・バーサーカー』がオレを目掛けて、その長い腕をぶつけにかかる。
下から打ち上げるような軌道でその強打が迫る。竜太刀を受ける?……いいや、鉄製品というハナシを聞いた以上は、無謀な力比べは避けることにしたよ。
バックステップを連続して、回避に徹する。『エンシェント・バーサーカー』はオレに積年の恨みでももっているかのように、巨大な腕を振り回していた。何度も何度も、オレの頭上に巨大な重量の鉄製の骨が飛来したよ。
当たれば、即死。
そのうえ、かなり頑丈そうである。
……まったく!!面白い相手を作ってくれたな、帝国人の呪術師どもよ!!
「うおらああああああああああああああああああああああッッ!!」
闘志とともに歌を放ち!!
竜太刀による斬撃を用いて、空振りさせた直後の『エンシェント・バーサーカー』ほ右腕に斬撃を打ち込んでいた!!
ザガシュウウウウウウウウウッッ!!……骨の内側に満ちた鉄の塊を、竜太刀の鋼が火花を散らしながら断ち斬っていたよ。
『一瞬の赤熱/ピンポイント・シャープネス』。シアン・ヴァティから習得した、魔力の消費量が極めて少ない強化の魔術さ。
敵を斬り裂く瞬間にのみ、鋼を強化させる。『魔剣』を放った直後のオレでも、この程度の魔力ならば、どうとでも用意してやれるんだよ。
『エンシェント・バーサーカー』の右腕を斬り落とした直後、ジャン・レッドウッドが勇敢さを示す!!
『ガルルルルルルルウウウウウウウウウウウウウッッ!!』
唸りながら、『エンシェント・バーサーカー』の背中に飛びつき、白い大牙の列で邪悪な怪物の首根っこに噛みついていた。
頸椎を噛み砕こうとしている。
ガキガキバキ……ッ。鉄まじりの首の骨が、破滅的な音を立てていく。呪いには儀式で対抗する。そうだ、首を噛み砕けば、儀式になる。分かりやすい死の再現だ。このまま、あっさりと片づけられるかもしれん……だが、油断はしない。
このバケモノが、そう容易く倒せるとは考えるべきではないだろう。帝国のスパイや『ゴルゴホ』が関係する、邪悪な存在なのだから……。
『呪い追い/トラッカー』が、その異変に気がついていた。今にも噛み砕かれそうな、『エンシェント・バーサーカー』の骨―――その白い骨のなかで、呪いが走っている。移動している。ジャンが飛びついている、背中を目掛けて。
悪い予感がする。勝ちを急ぐべきではない。ヤツは……反撃を目論んでいるようだ。
「ジャン、そいつから離れろ!!」
『りょ、了解!!』
ジャンも気がついていたようだ。何かが動いていることを、ジャンの嗅覚バージョンの『呪い追い/トラッカー』は、その行いを悟ってはいたらしい。ムダなアドバイスだったかもしれんな。
ヤツの背中を蹴りつけて、宙へと飛んだ巨狼。それを追いかけるように、『剣』が生えていたよ。白い骨を、内部からブチ破りながら、『剣』の群れが飛び出していた。
……始めて見る光景だった。
巨大な白骨から、無数の剣が生えている……?それが、鉄でこの怪物を生み出した理由の一つなのかもしれんな。
このバケモノは、おそらく、全身から『剣』を突き出せるようだぞ。
竜太刀が斬り落とした手首の断面からも、巨大な『剣』が生えてくる。腕を斬り落としてやった甲斐がなくなるぜ。
負傷前よりも、より強力な攻撃力となった『古霊の狂戦士/エンシェント・バーサーカー』は、その巨大で空虚さの目立つアゴを大きく開いていた。
笑っている?
笑っているのかもしれないし、ヤツめ……歯の間からも、大小様々なサイズの『剣』を生やしていく。そっちの方が、オレを不機嫌にさせるな。
『剣の悪霊』ということか。
人骨を模したのか、剣を模したのか。区別がつきそうにない。『悔恨の鬼火騎士/ソード・ゴースト』が徘徊するような土地には、この剣の悪霊は、お似合いかもしれないぜ。
『ぎゃぎぎぎぎぎぎぎぎいいいいいいッッッ!!!』
『剣』と一体化した右腕で、ヤツはオレのコトをムチャクチャに斬りつけてくる。ジャンの噛みつき攻撃を、封じたつもりになっているのかもしれないな。
オレは竜太刀での防御と、ステップによる回避を織り交ぜながら、その猛攻を受け止めていく……かなりの重量とリーチだ。こちらも反撃の隙を作りにくい。オレに集中して、攻撃を繰り返しているからな……。
これだけ全身から『剣』が生えているのならば、ジャンの噛みつく攻撃は、かなり実行しにくくなる。そんな考えをしているのかもしれない。だからこそ、ヤツはオレに迫ってくるのか。
……そいつは、合理的な判断なのかもしれないが―――オレたちは三人で戦っているんだぜ?
『ぎゃがががぎい―――』
―――ドガシャアアアアアアアンンッ!!……『チャージ』を施した豪腕で、ピアノの旦那が、手斧を投げつけていた。
『エンシェント・バーサーカー』の巨大な頭骨に大きな穴が開いていた、手斧が、そこをブチ抜いていたからな。いい威力だ、ヤツの体勢が崩れる……さてと、ジャン・レッドウッドよ。猟兵の勇敢さを、再び示すとしよう!!
「インファイト/接近戦だ!!」
『イエス・サー・ストラウス!!』
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