第三話 『燃える北海』 その24
白いウロコを貫いて、ゼファーの牙が深々と突き刺さる!!……白い竜は生まれて始めてウロコを貫かれる痛みを知ったのだろう。苦痛にうなりながら、その身をよじる。
ゼファーよりも、体重がある。年齢が上だからな。単純な重量と力では負けてしまう。だから、ゼファーは流血する白首の動きに逆らうことはない。揺られるが翼の力を抜いて、白い竜の剛力のまま、空で振り回されていた。
脱力することで、白い竜がより暴れるために必要な『反動』を与えない。力勝負をいなしながら、振り回される自重を牙にかけるだけの方が、むしろいいんだ。
白い竜は自滅する。自分の力で振り回したゼファーの体重が、牙を伝って己の首を痛めつけるのだから。
しかし。
竜は賢い。ゼファーが脱力していることの意味を察した白い竜は、すぐさまムダに暴れるのを止めた。そして、脚爪でゼファーの腹を斬り裂こうと仕掛けて来るが……黒ミスリルの鎧に阻まれる。
とはいえ、その衝撃は強烈なものだ、ゼファーの骨格が歪み、その背にいるオレの体も爆風みたいな揺れが伝わる。ゼファーが痛みを感じているが―――それでも喜んでいる。自分の力よりも強い相手の存在に、感動し、それを屈服させたくて仕方がないのだ。
……まだ、牙を離すなよ、ゼファー。可能な限り、痛めつけてやれ。
『ドージェ』のことは心配するな。竜騎士ストラウスは、竜同士の戦いぐらいで、その背中から吹き飛ばされたりはしない。
白い竜は二度、三度と蹴り爪を入れてくるが、ゼファーは牙を抜くことはない。奪うんだよ。呼吸と、血を奪うのさ!!……気づかれるまでに、ダメージを負わせてやれ!!
『ぎゃがぐううううううう…………っ』
白い竜が忌々しげにゼファーとオレを睨みつけながら、金色の瞳に知性を宿す。気づかれてしまったようだ。自分を有利にするための方法を。
羽ばたきを止める。空で暴れることの無意味さと不利を悟った白い竜は、海に向かって落ちて行く。そうだ。ゼファーも海中を泳げるが……間違いなく、この白い竜の方が泳ぎは得意さ。
それに、水中では技巧の持つ意味が減弱してしまうんだよ。動きにくくなる。力と重量の勝負になるんだ。そうなれば、それらのどちらでも上回る白い竜の方が、ゼファーよりも有利だってことは分かる。
海を目掛けて、落ちていく。
……頃合いだった。不利な状況に自分から進んで陥ることはない。ゼファーの口が開いて、牙を白い竜の首から抜く。翼で空を打ち、間合いを取ろうとする。
離れ際だ。
こういう瞬間、気をつけろ。
あの白い竜が踊り、長い尻尾で空を斬り裂こうと縦にその打撃を放つ。ムチのようにしなる竜尾の衝撃に対して、オレとゼファーは重心を右に傾けることで対応する。
スリッピング・アウェーさ。つまりは、受け流し。黒ミスリルの鎧の一部が、その白い斬撃に削り取られるうちに打ち砕かれてしまうが……むしろ、そのおかげでゼファーの肉体にダメージは少ない。
横回転しながら、ゼファーは空気を肺に吸い込む。蹴爪の一撃に耐えるために、肺から空気を抜いていたからな。空気を肺にため込んでいたままだと、肺がぶっ壊されていたからな。
吐いていたから吸い込める。空気を食らい、魔力を解禁するんだ。『炎』を頼る。竜が誇る、最強の攻撃のためにな……。
海中に白い竜が落下する。水柱が上がるが、あの重量と巨体にしては小さすぎる。なめらかに骨格を動かして、水中に叩きつけられる衝撃を軽くした。体術を使ったんだ。飛び込みの技巧……あの仔は、海を知り尽くしているのさ。
……絶対に海中に潜ってはいけなかった。
ゼファーはともかく、オレは殺されていたな。そいつはマズかったぜ。ゼファーは『炎』を溜めている。体格、筋力、重量では少しだけだが確実に負けてしまっているが……ゼファーには絶対的に有利な点がある。
魔力だ。
この霧の結界を作り上げたために、白い竜は大きく魔力を消耗してしまっている。しかも、出血している。首を噛みつかれて、その皮膚を破られているからな。
獣の牙の噛み傷ってのは、止血が困難になるように作られているんだよ。もちろん、竜の牙の列も同じ。血に宿る魔力が海に流れていく……『炎』の対決では、ゼファーの方に圧倒的な有利がある。
さて。どうするんだ、白い竜よ?
……まあ、竜騎士には分かっている。
竜ならば、こんなときは逃げない。この海の厚みを過信することも無いさ。海中には衝撃が伝わるからな。ゼファーの火球が炸裂すれば、海中に生まれた衝撃波が、あの白い竜のことを確実に痛めつける。
爆風の圧ってものは、空中よりも、むしろ海中の方が危険だということを、オレとゼファーはアリューバで知っている。あと、ロロカ先生から『かつて、雷金を使った衝撃波の実験においては―――』という語りから始まる難しい授業を受けたからな。
じつのところ、海中でさえも、お前には逃げ場はないんだ。爆風の火球ならば、海底に潜んだお前にも威力は届くぜ。
……海で暮らしてきたような個体だから、経験により、その理屈を知っているのかもしれないし……たんにゼファーが来るから自分をやろうとしているのかもしれない。どうあれ、こうなることは理解していた。
竜ってのは、逃げないもんだよ。
海中で、白い影が身をひるがえす。空にいる我々を睨みつけているのが分かる。殺気を浴びて体中の肌が凍りつくように引きつった。
白い竜もまた魔力をため込んでいたよ。『炎』の魔力。ゼファーに匹敵するほどの力があるが……やはり、やや劣る。こちらは脚爪の打撃を浴びながらも、『雷』や『風』を放たなかったんだからな。振り払う力があったのにガマンして温存した。
体力は失ったが、魔力については余力があるんだよ。
さて、圧倒的な不利ではあるが、それでもあの白い竜はあきらめない。持てる力の全てを、二匹の竜が空と海のなかで牙の奥にため込んでいく。
オレにしてやれることは?
一つだけあるのさ。ゼファーの竜騎士、ソルジェ・ストラウスとして、オレはそれをするんだよ!!
「ゼファー!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッッ!!!!」
『GAAHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHッッッッ!!!!』
竜の歌と共に、黄金の劫火が撃ち放たれる!!ゼファーの全力の魔力を込めた、最大にして最強の威力を宿した爆撃が、海下の白い竜を目掛けて飛翔する!!
海のなかで、白い竜もまた空にいるゼファーを目掛けて黄金の色の閃光を射撃する!!回転している、尖るような黄金の砲撃が、海を貫くようにして海上に突出した!!
……やはり、海を識っているな。オレたちよりもだ。『海を貫く火球の撃ち方』ってのを、十年そこそこの経験で理解しているとはな。野生でそれとは、脅威的な才能の持ち主だよ、お前は―――。
―――火球と火球が衝突する。
黄金と黄金が混ざり合って、煌めきを感じた。そして刹那の間を置いた後で……世界を焼き払う爆裂が生まれていたよ。
ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンンンッッッッ!!!!
空も海も、大きく激しく揺さぶりながら。
金色の光の奔流が全てを塗りつぶしていく……融けて沸騰してしまいそうな熱量と、引き裂かれてミンチ肉にもされてしまいそうな、暴力的で乱雑な圧力を全身に浴びる。腹から空気を抜きながら、ゼファーの体にしがみつく。
空高くにゼファーと一緒に吹き飛ばされていた。何百メートルも飛ばされている。海を見たよ。オレとゼファーの四つの瞳がな……。
海の上には、西に沈む太陽と、よく似た輝きが世界に生まれていた……。
……ああ、なんて威力だ。北海が、燃えちまっている……海水を焼くなんて、竜の魔力でしか出来ない荒技だ……だが。物理学を歪めるほどの大魔術は長くは続かない。
二匹の『耐久卵の仔』……それぞれの一族の『未来』を築くために生まれて来た最強の竜たちの才能が、融け合いながら起こた爆発も、時間が切れていた。魔力が自然に還元されていき、燃える海が消えて行く……。
ああ。最高だったな!!……竜同士のケンカは、本当に最高だ!!一瞬でも気を抜けば、オレもゼファーもバラバラだった!!
……とんでもなく、楽しい。心の底からね。だから、竜騎士の声は叫ぶんだ!!
「おい!!白い竜よ!!……いい戦いだった!!我が名は、ソルジェ・ストラウス!!『パンジャール猟兵団』の黒き竜、ゼファーの竜騎士だ!!ゼファーは、名乗っただろう!!お前の名を、オレたちにも教えろ!!」
海を泳いではるか遠くに撤退して行く白い竜が、海上に跳び上がった。流麗な白い姿を沈み行く太陽の輝きに染めながら、『彼女』は空と海に歌うのだ。
『GAAHHHHHHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――我が名は、ルルーシロア!!
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