第二話 『囚われの狐たち』 その33
他人事ではないのだが、アイリス・パナージュお姉さんもワーカホリックだよな。疲れていたはずなのに、新しい仕事を見つけるとワクワクしているというかね……。
まあ、時間がどれだけあるのか分からない。ハイランド王国軍の主力と帝国軍の戦、それがどのタイミングで起きるかは不透明だ。帝国軍は消極的な態度を示すだろう。彼らは時間稼ぎをすることを望んでいるのだから。
……長くかかるか……それとも、ハント大佐が速攻を選ぶか……戦場は流動的なところもある。両者の思惑が一致していないどころか、真逆な場合は、会戦まで時間がかかってしまうかもしれない。
何であれ。
仕事はさっさと片づけておくべきだというのも、一つの哲学ではあるよな。とくにオレたち少数精鋭の集団からすれば……でも、ちょっとだけ、この死体に時間をかけることになる。
アイゼン・ローマンの死体を焼却するつもりだ。ヤツの服も靴も、全てを燃やし尽くして灰にする。
彼には『消えて』もらうのだ。
彼の死体が見つからず、行方不明のままになれば……一日か二日は、『ルード・スパイ』に対する捜索は行われないだろう。アイリスはそう考えている。
虚構が真実と認識されるわけだ。アイゼン・ローマンは、エド・クレイトンを連れて消えた。彼の妹と名乗る美少女スパイと共に、ルーベット・コランを連れて。
そのストーリーは、アイゼン・ローマンの死体が発見されないうちは、それなりに有効だろうからな。いつまでも捕虜をあそこに匿っておくとも考えにくい。
エド・クレイトンとルーベット・コランの『協力者』は元・北天騎士だからだ。あの場所の情報を、『協力者』は二人に渡して、二人が『ルードの狐』に渡している可能性を、帝国軍の情報機関は理解している。
アイゼン・ローマンが敵の追跡を躱すために、身を隠す―――その選択をしたとしても不思議ではないというわけだ。
だから。
オレたちはアイゼン・ローマンの死体を焼き払っている。彼の持ち物も含めて、全てを焼き払うのさ。
ゼファーに食べさせた方が早い?……そうかもしれないが、一種のリスペクトかもしれないな。この男には、霊酒をたっぷりとかけてやり、オレの『炎』で焼き払ってやったよ。
その葬儀はすぐに終わる。
骨になり、灰になり、それから先は……無数の騎士たちの眠る冷たい大地に抱かれて、永遠に眠ることになる。アレだけ強い男なら、この土地にも愛されるに違いない……。
「……さて。行きましょうか」
「ああ。行こう」
「ゼファー、来るであります」
キュレネイが指笛を鳴らして、夜空の高いところを飛んでいたゼファーを呼んでくれた。ゼファーのロープが降りてくる。何度もやっているから、オレたちもゼファーもこの作業に慣れて来ているな。ゼファーの得意なことが増えた。
今後は森にも自在に降りられるようになる。いい訓練になったな……これで負傷者までも、その体に負担を与えないように持ち上げられたら、最高なんだが―――まあ、次の課題が見つかったことを喜ぶとしようじゃないか。
ロープをニヤリとした表情のまま伝って昇ったよ。ゼファーの背中に座ると、竜の鼻が得意げに鳴った。
『ねえねえ!つぎは、あそこだよね?』
優秀なうちの仔は、すでに下見を終えて来ている。ムダに空を飛んでいたわけじゃなかったよ。しっかりと偵察をしてくれていたわけさ。
『アルニム』から東に五キロの山奥にある集落……そこに、オレたちの新しい目的地点はあるのだ。
脱税で逮捕されたドワーフ族の建築家、ホフマン・モドリー。彼はその罪から逃れる代わりに『メーガル第一収容所』の改築依頼を受けたという。
今では、その収容所に多くの『ベイゼンハウド人』が収監されている。ホフマン・モドリーはその仕事に携わった者として、仲間の職人たちからつまはじきにされているようだ。
……なかなか悲しいハナシだが、自業自得の部分もある。彼は『ベイゼンハウド人』としての名誉を失うには、十分な行いをしてしまってはいるよな……脱税と、同胞たちの収容所を作った……。
せめて、どちらかならマシだった気もするがね。だが、その脱税というのも、帝国人が勝手に亜人種であるホフマン・モドリーにかけた亜人税に対する反発とかかもしれない。
まともに税金を支払うと、亜人種たちの商売が成り行かないようにしているのかもな。経済を利用して、人々を支配する。帝国人のやり口の一つではあるのさ。
法律だろうが暴力だろうが、どんな手段でもいい。人間族さえ栄えれば、帝国人は満足するんだからな……。
……貧しさに追い込まれて罪に手を染める。よくあることだ。そうして亜人種の犯罪者を作れば、堂々と亜人種を排斥できるようになるって仕組みだよ。
ヒトは『正義』が大好きだ。
いじめるヤツや搾取する相手には、いつだって『悪』でいて欲しいのさ。気持ち良く弾劾し、搾取できるからね。だから、ヒトは嫌いな者や、搾取の対象を貶めることに必死なんだ。
きっと、それがヒトの本性ではある。邪悪なもんだよ。でも、そういう本性に逆らいたくなる本能も、オレたちにはあったりするから面白い。
……さてと。
ホフマン・モドリーってのは、どんなヤツかな。罪悪感で一杯の男だったら、オレたちによく貢献してくれそうだ。罪悪感ってのは、労働の元だからな。もしも、ホフマン・モドリーが『ベイゼンハウド人』としての名誉を取り戻す日があるとすれば?
……オレたちに協力して、『メーガル第一収容所』から、元・北天騎士たちを解放することに尽くした時だけだろう。
そうでなければ。
千年先まで、その名は呪いと共に歌われることになるだろうな。
「……あそこの集落でありますな」
「ええ。そうよ。ゼファーってば、有能なのね」
『うん。ぼく、かしこいほうっていわれてるの。『どーじぇ』や『まーじぇ』に!』
「そうね。ほんと賢いし、有能だわ。うちにも欲しいぐらいよねえ……」
『ルードの狐』に竜のタッグか。
世界のどんな秘密でも暴かれちまいそうだな……。
「さて。『パンジャール猟兵団』を羨ましがっている場合はないわね。あそこの丘の上にある屋敷が見える?」
集落の北側には小高い丘があり、その上には大きな屋敷が建っていた。尖り屋根なのは他の家と変わらないが、他の家の10倍ぐらいは大きいな。
「アレが、ホフマン・モドリーの家か?」
「大きいであります」
「ああ……だが……ツギハギというかな」
どう言えばいいのか。大きな屋敷のあちこちの造り……それらの様式は少しずつ異なるようだった。
「そうよ。あの屋敷は代々、モドリー家が研究にも使って来た屋敷」
「研究でありますか?」
「新たなデザインや建築方法を、繋げて試してみたんでしょうね。どこがどう優れているのか、あるいは、どんな欠点があるのか。幾つもの時代、代々の職人たちの技術を、見比べながら研究して来た。その結果らしいわ」
「……なるほど。モドリー家の建築に対する思想と技巧の結晶。彼らの歴史そのものの体現でもあるわけだ!」
「団長、好きそうでありますな」
図星だったよ。声が思わず弾んでいたりしたのだろうか……?
でも、楽しいじゃないか?……ドワーフの職人一族が、自分たちの鍛錬と技巧の全てを注ぎ込みながら作った屋敷だぜ……?
……もっと違う形で見学させてもらいたかった。古い屋敷とか、ゴチャゴチャしてそうな複雑な造りとか……たまらなく好きなんだよな。
「……ああ、オレ好みの屋敷だよ」
「スッキリとした形の方が、私は好みだわ」
……その主張も認めるが、あのゴチャゴチャしたところに、グッと来る男心ってのもあるんだよ。スマートさより、試行錯誤が見えるものの方が、オレとしては楽しいんだがな。
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