第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その34


「オレぁ、大丈夫だと思うぜ?」


「いいえ。たしかに、お顔の色が、悪うございます。伯父上は、疲れておられます。さあさあ……わ、わらわの膝を使って下さい!?」


 伯父上に甘えたいのだろうか?……カーリーは床に正座すると、その膝をポンポンと叩いていた。


「い、いやいや。さすがに、姪っ子ちゃんに、そんなことさせられんよ。オッサンの頭は床でいいんだ」


 姪っ子とはいえ、どうやら初対面のようだからな。ジグムント・ラーズウェルは、カーリーの親愛を持て余しているようだ。カーリーは、とても残念そうだな……。


「そ、そうですか……」


「じゃあ。ミアが使うね!」


 ミアが床にスライディングしながら、カーリーの膝枕に頭を乗せる。


「……ちょっと?ミアのために、したんじゃないですから!」


「いいじゃーん。あー……カーリーちゃんの膝枕、ウルトラ級に癒やされるうっ」


「……はあ。もう、変な子。わらわよりも、一才も年上なのに……っ」


 頼られると弱いのか、カーリーはミアを追い払えないようだった。ミアは、もう寝息を立てている。『銀月の塔』を進むあいだ、罠に備えて集中力を使っていたからな。


「……さて。ジグムント、オレのヨメの一人が、アンタの診察をする。上着を脱いでくれるか?」


「……ああ。別にいいんだがよ……ああ、カーリーちゃん?」


「な、なんですか、伯父上?」


「オッサンの体を見せたくないんでね、乙女に見せるには小汚い」


「わらわなら、へっちゃらですが?」


「……オッサンが、照れちまうんだ。だから、そのお嬢ちゃんと一緒に、ここの屋上に行っていてくれないか?……そこには、保存食として持ち込んでいる菓子とかあるんで、食べててくれないかな?」


「お菓子でありますか。では、カーリー、ミア、参りましょう」


「え。キュレネイが食べちゃうの?」


「全てではありません。しかし、皆で食べた方が、それだけ美味しいのであります」


 ……きっと、自分もお菓子を食べたくて仕方がないんだろうな。キュレネイ・ザトーはカーリーにキスでもしちゃいそうなほどに、あの無表情の顔を近づけながらプレッシャーをかけている。


「わ、わかったわよ?そ、それでは伯父上。せっかくのお菓子、いただいております」


「……ああ。そうしてくれ」


「ほら。ミア、行くわよ?……って、アレ、本当に寝てる!?」


「ミアは寝るときも全力。それが猟兵でありますから。ほら、私がミアを運ぶでありますから大丈夫」


 完全に寝入ってるミアは無防備な家猫みたいに、キュレネイの腕に抱き上げられる。眠りながらもコアラさんのように、ミアの手足がキュレネイのスレンダーな体に絡みついていく。


 美少女に抱きつく美少女か。癒やされるな。とても200人の敵兵に囲まれている最中とは思えないぜ。


「……ミア、寝ているのよね?」


「ミアは、寝ているであります。猟兵ともなれば、眠りながら何かをこなすことぐらい可能なのでありますな」


「猟兵って、変なのね……まあ、いろいろとスゴいけど。足跡だけで、いろんなことわかったりとか」


「さあ。クッキーとチョコレートの波動を感じる方角へ、向かうでありますぞ」


「……は、波動?……スイーツって、そんなの、出してないでしょう……?……ない、わよね?」


 カーリーは首を傾げながらも、ミアを抱っこしたまま先行するキュレネイの後を追いかけていったよ。


 中年男は、その様子を見て笑っていた。


「ハハハハ……あー、水色の髪の子は、いい子だな。ピエロを演じてくれている」


「いいや。キュレネイは『素直ないい子』だ。ピエロなんて、演じちゃいない。たんに、お菓子が食べたくて……その上で、アンタの願いを感じ取っただけさ」


「……部下のことを、よく分かっているんだなぁ。オレには、出きなかったぜ。その感覚は、うらやましい……」


「……何でもいいから、上着を脱げよ」


「おうよ。引くなよ……けっこー、ヒドいんだぜ」


「だろうな」


 だから、カーリーに見せたくなかったんだろう。姪っ子に心配をかけたくないから。北天騎士の体ってのは、どうにもこうにも傷だらけそうだし―――この御仁には、現在進行形で新鮮な傷もある。


「薬草医の前だ、さっさと脱げ」


「ありがとう……ああ、よいしょっと……」


 ジグムント・ラーズウェルは、まるで老人のようにくたびれた動きで、上着を脱いでいった。オレとリエルとロロカとジャンは、彼の戦いの履歴を見た。


 オレも体中に傷痕だらけだが、ジグムント・ラーズウェルはその倍ぐらいは傷を負っている。そして、新しい傷も多かった。


「崖から落ちたと言っていたが、あばらが複数本折れているな」


「エルフの先生、こんなもんは大丈夫だぜぇ」


「……酷い打撃も入れられている。あばらを折られながら、肝臓を打たれたか。鎧を着けていなかったんだな」


「まあ、崖登りもするから、身軽さが必要だった。理想的な、装備じゃなかった。北天騎士らしからぬ軽装だったことは認めるしかねえ」


「そうか。ちょっと押すぞ。骨の折れ方と、内臓のダメージを診る」


 薬草医リエルの指が、ジグムント・ラーズウェルの右の脇腹を押さえる。ジグムントは痛みに呻く……カーリーの前では、ガマンしていたな。肝臓が、ちょっと裂けているんだろう。


「命に関わるダメージ直前だぞ?……幸運だったな」


「……アンタの弟子にやられたか。ジークハルト・ギーオルガに」


「『イバルの氷剣』を欲しがっていたからな、殺したくはない。ヤツめ、峰打ちして来やがったよ」


「そこまで『氷剣』が大切なのかい?」


「『象徴』だからなぁ。正式な『北天騎士団』としての地位を、ヤツとヤツの部下に与えるつもりなんだろう」


「帝国の正式な騎士団になりたいか」


「……そうらしい。帝国と抗うことよりも、組み込まれて従った方が、得が多いと考えている。人間族にとっては、そうかもしれんが……オレは……認められんのだな」


 フーレン族の特徴である尻尾を、彼は動かしていた。亜人種にとっては、ジークハルト・ギーオルガが目指す道は、悲劇しかもたらさんだろうよ。


「アンタの選択は、当然のことだ」


「……わかってくれるか、ガルーナのストラウス殿よ……だが。だが、豊かな暮らしを求める、ヤツらの気持ちも分からんではない」


「そうだな。この『ベイゼンハウド』は、楽な暮らしを満喫出来るような土地ではなさそうだ」


 その貧しさに、帝国人はつけ込んだ部分が大いにあるようだな。あそこに転がっている四人組のモチベーションにはなっていた。無私であった北天騎士、その理想を体現して来た者たちは、かつて理想に裏切られた。


 命がけでこの民草を守ろうとしたのに、彼らの民草は戦いよりも富を求めた。若い連中には、価値観を変えるには十分な体験だったろうよ。


「貧しいってのもキツいことさ…………だが、誰かを犠牲にして得る豊かさなど、否定すべきだ…………ガルーナの同胞よ。オレたちは間違っているのかな?」


「どの『正義』にも間違いなんてないさ。信じるか、疑うか。曲げるか、貫くかだ」


「ハハハハ……ガルーナ人らしい。鋼のようだなぁ、ストラウス殿は」


「我々の『正義』を全うした先にも、豊かさが無いとは限らんぜ。より多くの者が、富を得る方法もあるはずだからな」


「……そうかい。でもなぁ。オレは、世界を旅して、富ってものは、誰かから奪い取らねば手に入らないという本質が、どうにもあるような気もするんだ……」


「だとすれば、ますます帝国人などに奪われる気はしない」


「……たしかにな。奪い返してやりてえもんだぜ……」


「奪い返せばいい。生きている限り、そのためにあがけるんだからな」


「……ガルーナ人らしい。会いたかったよ、この国がこうなる前に……お前さんたちの国が、消えてしまう前に……」


「竜騎士と『北天騎士団』で組めたら、どんなに楽だったかな。すまんな、オレたちが踏ん張れなくて」


「……オレたちもさ。お互い様ってことだろう……」


「ああ。リエル、どんなだ?」


「……エルフの秘薬で、保つだろう。何日か休息を取った方がいいと思うが……動くのだろうな、ソルジェと同じで。お前たちは、よく似ているから」


「似てないぜ」


「似てねえよ」


 声がハモっていた。ホント、居心地悪いったら無い瞬間だった。


「……とにかく、薬を打つからな。造血の秘薬を打つ。肋骨の痛みは、ソルジェにサラシでも巻いてもらうといい。私よりも、キツく巻ける。中身が出ないほどには手加減するように」


「……不安になる言葉を、薬草医エルフちゃんから聞いちまったなぁ……」


「オレのリエルは、いい薬草医さんだぜ」


「……そうかい。ああ、注射かあ」


 医療パックから取り出した注射器に、造血の秘薬を吸わせていくリエルがそこにいた。注射も苦手な『狼男』のジャンは、目を強く閉じていた。


 ロロカ先生はマイペースに暗号文を制作中だった。フクロウを呼び出して、仲間たちに情報を送るのさ。


「痛っ」


「注射ぐらいで、痛がるな。北天騎士だろうに」


「……昔っから、こればっかりは慣れんでな」


『わ、わかります。ボクも、注射は何かダメなんですよね』


「……狼くんもかい。だが、まあ……もうしばらく動くためだ……ちょっとだけで、いいから生きていたい」


「……あまり、カーリーを悲しませるようなセリフを吐くな。あの子は、伯父上に会うために、こんな場所までやって来たのだから」


「……本当だなあ、ストラウス殿よ。お前さんの薬草医さんは、いいエルフさんだ」


「そうだよ。じゃあ、ちょっと体を起こせ、サラシを巻いて割れてるあばらを固定する。造血の秘薬を使ったあとに、骨に圧をかけると、くっつきが早くなる」


「マジか……?」


「ああ。きっと、骨にカサブタでも出来るんだろうよ。そいつで、割れてる骨が、ちょっとぐらいくっつくんだろうさ……」


「……雑な治療理論な気もするが、動きやすくなるなら、やってくれい」


「まかせろ、かなり痛むが、気にするなよ」


「……ああ、注射以外の痛みは、大丈夫さ……骨なんぞ、折りまくって来ているからなぁ」



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