第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その33


 ……カーリーとジグムント伯父さんの関係性に驚いていたら、ゼファーが魔力でオレに語りかけて来てくれたよ。


 オレはこのフロアの東側へと向かう。12階の高さの窓だ。そこから身を隠すようにして地上を見下ろした。尖り屋根の並ぶ『ガロアス』の街の方から、黒い森を通り、大勢がやって来ている。


「……どうしたのだ、ソルジェ?ゼファーからの報告か?」


「……ああ。敵が来ていると伝えてくれた」


『あ。ほ、ホントだ!す、すみません、鋼の臭いが、こっちに来ています!!200人ぐらいの、帝国兵っ!!』


「うおお!?……デケー犬が、喋っているぞっ!?」


「ジャンは『狼男』だ」


「……個性的な仲間をお持ちのようだな、ストラウス一族は、竜以外にも『狼男』とつるんでいたのか……?」


「代々ってわけじゃない。ジャンはオレたち『パンジャール猟兵団』の仲間だ」


「……むー。200人か。ここから、適当に射殺してやろうか……?狙うには、絶好の位置ではあるぞ。ここは守りやすい」


 200人と戦争か。まあ、この面子と、この砦があるのならやれないこともない。とはいえ……。


「……ジグムント・ラーズウェル。アンタはどうする気だったんだ?」


「……ここにいることは、バレない予定だったんだがな……知り合いも多いし、地元の街だ。いつの間にやらバレてしまったようだよ」


「あの四人に密告したヤツがいるのか?……アンタの亜人種の友だちに、裏切り者がいるということかい?」


「ちょっと、赤毛!わわらの伯父上の悪口言わないでよ?」


「……いや。いいのさぁ、姪っ子ちゃん」


「伯父上……っ」


「亜人種の仲間には、告げていた。『北天騎士団』の、亜人種の仲間たち……オレと反乱を起こす覚悟があるのなら……ここに来て欲しいとな……来たのは、敵だけだったがなぁ」


「……ふむ。捕らえられて、拷問されたのではないか?」


「……北天騎士には、拷問に屈するヤツはいない。たぶん、貧困に屈した。オレの居場所を、ジークハルト・ギーオルガに教えると、次の冬を越すには十分な銀貨でも貰えるのかもしれん…………家族が飢えているのなら、それもまた選択だ。今はかつてほど皆が助け合えない状況だからな」


 仲間に裏切られることも、覚悟済みか。


 尊い精神の持ち主だが、どこか投げ槍な態度のようにも思えてしまう。


「むー。貧しすぎれば、誇りを貫いている場合では無いということか……」


「皆が、かつての価値観を失いつつある……オレたち『北天騎士団』の結束も、弱くはなっているんだ……」


「……それで。どうするのだ?……戦うのなら、やれぬことはないぞ。ゼファーと私の魔術による爆撃と、その後は、弓矢の雨を降らせる……この砦にも、弓矢ぐらいはあるだろう?……なければ、皆で壁でも崩した石でも投げればいい」


「……戦うのもやぶさかではない。だが、ジグムント、アンタをサポートするのがオレたちの仕事になりそうだ。散発的なゲリラ攻撃で、帝国軍を減らすってのも、悪くはない。だが……何か大きなプランがあるのか?」


「……使える援軍があるなら……それなりの作戦は用意してある。命知らずで知られているが、我々にも知恵を使うという風習があったりするのだよ」


「……どんな冴えた作戦だ?」


「オレがジークハルト・ギーオルガと戦い、崖から落とされたのには理由がある。ここから40キロほど南南東に進むと、『メーガル』という十都市連合の一つがあるんだが……そこの郊外に、枯れた鉱山を利用した、『分離派収容施設』がある」


「……『分離派収容所』か。なんとも、きな臭い名前だな」


「帝国の偽りの自治に反発するヤツはいるんだ。あきらめの悪い、『ベイゼンハウド人』はオレの専売じゃなくってなぁ」


「……北天騎士だった連中も?」


「いる。大勢な。そこを仕切っているのが、オレの不肖の弟子でね」


「ジークハルト・ギーオルガか。その収容所を狙って、戦い……敗北を喫したか」


「ああ。ジークハルトは、『ベイゼンハウド』内の、反帝国的な人物を捕まえては、あの収容所に送っている。『分離派』だとかは、適当な名前だ。国を割りたいんじゃなくて、オレたちは帝国人を追い出したいんだからな」


 ……帝国からすれば、名目は何でもいいから、この支配体制に文句を言うヤツを捕らえていけばいいわけだ……。


「……なら。ここでゼファーを見られたくないな……知られれば、対策を練られる。『収容所』に閉じ込められている戦士を救出するのならば、あまりコトを荒立てるのはマズいな」


「……そうですね。ソルジェさん、その案には賛成です。ゼファーちゃんは、我々にとって切り札。存在を秘匿することが出来る限り、隠しておくべきです」


「……ということだ。リエル」


「うむ。今は、襲わないでおこうか」


 矢を弓から外したが、リエルは窓からコッソリと敵を見張り続けている。少々、勿体ないと考えているのかもな。


「下の200人をやり過ごすとしよう。それでいいか?」


「……そういうコトを気軽に言うってことは……竜がいるわけかね?竜騎士殿よ?」


「それを期待して、『呪法大虎』に声をかけたんだろう?……オレたちを、指名していたんじゃないのか?」


「バレたか。勘のいいガルーナ人もいるようだ」


「ガルーナ人も色々と成長しているんだよ」


「らしいねえ。いいことだ。そう、『呪法大虎』殿には、お前さんらを派遣してくれと頼んでいた。竜がいると、『収容所』を破るのが楽になるからなぁ……」


「……崖の上にでもあるのかよ?」


「そうだ。そこから落とされてしまった。死ぬかと思ったが、どうにか生きていた。しかし、竜がいるのなら、苦労が減るね」


「……そうか。今は……夕方の4時40分。ジグムント・ラーズウェルのせいで、ダンジョン化している『銀月の塔』を、あの連中が短時間で上ってくることはない。夜の闇に紛れて、この塔の最上部から離脱する。それでいいな?」


「はい。それが最良かと思いますわ」


 ロロカ先生のお墨付きをいただけたなのら、心強い。やはり副官がいてくれるのは、ありがたい。混沌とする状況でも、相談することが出来る賢いヒトがいるってのは、本当に心強いことだ。


 間違ってないという自信を深められる。


 おかげで、大勢の敵に囲まれているというのに不安を覚えることはない。しかし、そんな彼女も、今、何かを考えてくれているようだ。ロロカ先生がオレの視線に気がつく。


「……ソルジェさん。下の兵士たちは、この四人組と行動方針が異なっていますね」


「ん。そうだな……」


「イエス。コイツらは、コソコソと隠れようとしていたであります」


「……不名誉な行為をしようとしていたようにな。暗殺者のように、靴まで選んでいたな」


「……騎士同士の不文律でなぁ。仲間同士で殺し合うってのは、タブーじゃある。コイツらは……そういう行為を恥じる程には、まだ北天騎士だった時の記憶を持っていてくれていた」


 かつての仲間を……いや、おそらく弟子のような存在である連中を、その手にかけるか。辛い戦いをさせてしまったらしい。問答無用で、オレたちが背後から襲撃してしまえば、北天騎士のタブーを犯させる必要はなかったわけか―――。


「―――それで、ロロカ。下の兵士たちが、コイツらと行動方針が違うことに、何を気にしているんだ?」


「……指揮系統に、対立があるように思えるわけです」


「……ああ。そうだな、下の兵士たちは、コイツらが失敗した時に備えてはいるのだろうが……アレだけ大勢を派遣してしまえば……『ガロアス』の街の連中は、コイツらが何をしようとしているのに気づくわけか。コイツらの名誉は、守れない」


「ジグムント・ラーズウェルさん」


「何かな、ディアロス族の槍の名手さん?」


「帝国軍に所属している、元・北天騎士たちに対して、強い嫌悪を抱いている帝国軍の幹部はいますか……?」


「……ああ。いるなあ。思い当たるのは、『セルゲイ・バシオン』。帝国との戦において北天騎士たちは、ヤツの一族を大勢、殺して海に捨てた。ヤツらは、海賊のように船で乗り付けて、街を略奪する……邪悪な海兵隊どもだ。ジークハルトは、バシオンの弟を三人殺している」


「……なるほど。そういった軋轢が、あるわけですね……数年前まで戦をしていた国同士ですから……」


「……その対立を煽るというのも、手かもしれんな。負傷している中年騎士を倒すためには、200人は多すぎる。戻らぬということは、死んでいる証でもあるというのに……それをするか。死者の名誉をも穢したい……バシオンの執念は、使えるかもな」


「ハハハハ!……想像以上に、お前さんたちに期待が持てそうだよ」


「…………それはいいが、ジグムント」


「……何かな?」


「……ちょっと横になれ。アンタ、さっきより顔色が悪い……血の臭いはしないが、内出血でもあるのかもしれん。リエル、ちょっと彼を診てやってくれ」



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