第一話 『ベイゼンハウドの剣聖』 その21
「お兄ちゃん、お帰りなさーい!!」
「……レディーを待たすんじゃないわよ、赤毛の野蛮人」
ミアとカーリー・ヴァシュヌがオレたちをお出迎えだ。ミアはいつもの笑顔だし、カーリーも口は悪いが笑っていた。
「獲物が捕れたのか?」
「うん!」
「当たり前じゃないの!わらわが参加した狩りよ?この『ベイゼンハウド』の暗い森も、わらわに気を使ってくれるのよ!」
スゴい自信を感じる。いったい自分の孫娘に対して、どういう育て方をしてしまったのかね、『十七世呪法大虎』殿は……?
だが、自信があるのは良いことだ。それに見合うぐらいの実力を持とうと努力することがあるからね。
「まあ。スゴいですね、カーリーちゃん。何が取れたんですか?」
「えへへ!見て驚きなさい、アレよ、アレ!」
金髪碧眼の『チビ虎』が、その小さな指をピシッと伸ばしていた。小さな指が差す方向を見ると―――皮を剥がれた巨大な肉のカタマリが吊されていた。森のエルフは肉をよく吊すのだが……今日も吊しているようだ。
大きな木の枝に、大物がロープで吊られている。ゼファーが、それをじっと見つめているな。もちろん、オレたちだけで、あの大物を食べきることは出来ない……ハズだ。キュレネイがいるけど、彼女の胃袋だって本当に底無しなわけじゃない。
200キロはありそうな、大物だ。オレたちが食べきれない分は、ゼファーが美味しく頂くことになるだろう。
ジャンは吊された鹿肉の前に向かう。ちょっと引いている様子だったな。わんぱくな少女たちが狩猟で得た獲物をニコニコしながらナイフで解体したぐらいで、ドン引きするなよ。
……そう言いたいが、オレも少し引く時がある。ナイフで解体するのはともかく、吊すのがな……ああ。意味なく吊しているわけじゃなく、野生動物に横取りされないようにするためであるし、速やかに血抜きを行って肉の味を良くするためでもある。
ジャンもそれぐらいの知識はあるが、目の前の吊された巨大な肉塊には、色々と考えてしまうことがあるようだったよ。
『……わー……お、大きな、鹿の肉ですね……っ』
「あら。『狼男』は、鼻が利くのね?」
「うちのジャンは有能な犬でありますからな」
キュレネイが森の中から現れていた。彼女は枯れ枝を抱えている。焚き火にくべるための薪さ。
「……ジャンは狼だぜ、キュレネイ?」
「同じようなものであります」
そうかもしれないが、気持ちの問題だ。犬より狼の方が、絶対にカッコいいさ!……きっと、そのはずだった。犬を軽んじるつもりではないが、狼の方がいい。犬と呼ばれている男より、狼と呼ばれている男の方が百倍はカッコいい。
……というか、犬と呼ばれる男なんて情けなくてカッコ悪いだろうが……。
「大きな鹿だったんだよ?角も大きいの!……だからね、リエルの指示で、私とカーリーちゃんで、狭い道に追い込んだんだ!あとは、森に仕掛けてあった古い罠を再利用したの!」
「森の罠?」
「そうよ!リエルとミアが見つけて、わらわとキュレネイで、壊れていた部分を補修したの!……あとは、あの大物が走って来たら、ロープを角に絡めて―――引きずり上げたのよ!」
「なるほど……」
相手を吊す罠か。殺傷性を重視するよりも、『時間稼ぎ』に使える罠だ。吊された仲間を救助するために、時間と労力を使わされるからな。しかも、吊られた者は、足首を挫いたり、腕を吊られたら肩を脱臼したりするというわけだ。
痛めつけて、輸送能力や移動能力を奪うか……。
「……落とし穴もあったか?……浅くて、杭のついてないヤツも」
「うん。あったよね、カーリーちゃん」
「そうね。赤毛、よく分かったわね。でも、そっちは浅すぎたから、狩りには使わなかったわ。マヌケのヒトが落っこちるぐらい。獣には見切られるもの」
……ここは土が硬いからな。深い穴を掘ることはないのさ。だから、小さくて浅い穴を掘るしか出来ない。殺傷能力は低いが、兵士の一人でも落ちれば、地上を警戒するようになる。
視線を下に誘導しておけば、たとえば170から200センチぐらいの高さに張られた細い鋼線なんかを見落とすよ。それに槍や、体が触れることもあるな―――その瞬間、鹿をも仕留めるロープの罠が作動して、そいつを引っかけて吊すのさ。
上下に意識を散らして来る罠だ。鬱蒼とした森に混じり、そういう罠に出くわしてしまえば……より慎重に行動させることになる。
この森に長くいることは、体力も精神力も消費してしまうからな。より長く敵兵を森の中に留め置くことで、疲弊させるという作戦を採用していたようだな、『北天騎士団』たちは……。
「赤毛、どうかしたの?」
「……いい仕事をしてくれたから、感動していたんだよ。お前たち、いい狩りをしたな。お手柄だぜ、女子チーム!」
「うん!」
「えへへ!あ、ありがたく思いなさいよ、赤毛!わらわたちのおかげで、『美味しい鹿肉の鍋焼き』を食べられるんだからね!!」
「鍋焼きか」
鍋料理の一つさ。狩猟で得た野生の硬い肉を、鍋で『焼く』。脂肪分の少ない鹿肉には持ってこいの食べ方の一つさ―――。
「―――ゼファーに乗って北の空を飛んだ。皆の体温が冷えておるからな。焚き火を囲みながら食べよう。もちろん、肉だけでなく、『野菜とフルーツのキャセロール』もつけているぞ。どうだ、良いチョイスであろう?」
褒めて欲しそうな顔をしながら、ドヤ顔モードのエルフさんが現れる。この様子では、『美味しい鹿肉の鍋焼き&野菜とフルーツのキャセロール』を発案した者は、リエルのようだな。
……ちょっと探索に時間をかけすぎたようだ。凝った昼飯が出来上がろうとしている。
「そうだな。いい料理だ。洒落てるしね」
「そーだろうとも!……もうすぐ出来るぞ、とりあえず、焚き火のもとに集まろう。この森は、じっとしているとかなり寒い」
「……北海の沿岸だからな。6月半ばとはいえ、冷たい風も吹いてくる……」
「コーヒーもココアもあるぞ。皆で、焚き火を囲もう。報告したいことも、お互いにあるだろうから」
「そうだな。まあ、メシを食いながらミーティングをしようぜ」
「うむ!」
……我々はその作戦を実行するよ。
この仄暗い黒の森……浅い沼のほとりで、皆で集まり鍋を囲んだよ。
鹿肉ってのは、脂肪が少ない。豪快にバーベキューなんかで食べると、かなりパサパサしてしまう。だからこその『鍋焼き』さ。
網で焼くと、油と水分が落ち過ぎてマズくなる。でも、鍋なら脂が落ちすぎてしまうことはないし、水分もまたしかりさ……鍋にはフタがあるからな。
「鞍下肉か?」
「うむ。高級食材だぞ。やわらかい部分だ。それを大きく切って、スパイスを絡めた。バターで炒めて、少し赤ワインも使い……肉汁と共に焼いてソースを取ったぞ!」
「美味そうだな」
「あとは、ナシとキノコとキャベツ、ニンジンのキャセロールだ。ナシと鹿肉は合うものな。さてと、取り分けてやる。皿を持って並ぶがいい」
……森のエルフの弓姫としてのプライドなのか、リエルは時々、思い出したようにシェルみたいな料理を作る。シシ鍋しか作れない女ではないのさ。
カーリーがいるから、ちょっと本気を出したのかもしれんな。皿には、ローストされた鹿の鞍下肉のカタマリが並び、キノコと野菜のキャセロールがそれらの隣りに並ぶのさ。
キャセロールってのも鍋料理。野菜たちをスパイスと一緒にコトコトと煮込んで作る。見た目も鮮やかだし、風味もいい。
鞍下肉の周りに、赤いニンジンさん、ふっくらとしたキノコ、甘味がたっぷりな玉ねぎと、スパイスの染みこんだ薄緑のキャベツが並ぶ。色とりどりだな。女子って、こういうの好きだな。
それらの鍋の底で焼かれた風味と味の染みこんだ食材たちに、バターと赤ワインと肉汁で作ったソースをかけていくのさ……。
リエルがドヤ顔を浮かべる。洒落てて、ホントに店で出せそうだ。テーブルがある環境でなら、もっと良かったがな……っ。でも、旅慣れたオレたちは、余裕。テーブルが無くても、皿の上だけで肉を切るのさ。
カーリーはミアと同じスタイルで行くらしい。フォークを鞍下肉にぐさりと突き刺して、それを強い歯で噛み千切るんだよ。肉の正しい食べ方さ。ワイルドにかじるんだ!!
「もぐもぐ……っ。むふふ。ローストされた鞍下肉さんが、よいカンジ……っ」
「もぐもぐ……っ。ホント。わらわが捕らえただけあって、いいお肉ね!……野良のお肉のくせに、やわらかい……っ」
鹿肉は多少、手間がかかる料理の気もするが、作り方によれば十分に美味い。豚や牛や鶏よりは使い勝手が悪いだけで、脂の少なさという弱点を補ってやれば、何とも美味しい肉に化ける。
ミアの猫耳が楽しげに揺れて、カーリーの尻尾も満足げに踊っていた。オレたちオトナ陣も満足さ。
「森のエルフ的には、このナシのキャセロールとの相性を試して欲しいところだな。酸味と甘味が、鹿の鞍下肉と合うのだ」
「もぐもぐ……っ!ホントだ!!鹿肉の、あっさりとしている部分と、合う!!」
「もぐもぐ……っ!そうね!!お肉とフルーツなのに、合う!!」
「フフフ。自然の恵みを、鍋でコラボさせる。それが、森のエルフのグルメの王道なのである!!……フルーツとお肉も、合うのだ」
「新しい感覚……っ。ミアのお肉ワールドに、フルーツさんがやって来たカンジ……っ」
「焼いたナシの濃厚なジューシーさが、鹿肉のアッサリな部分を補っているのね……っ。リエルってば、やるじゃない……っ」
「うむうむ。美味しかろうとも…………それで。二人とも、ニンジンのキャセロールも、食べるようにな」
「……っ!?」
「……ッ!?」
バレたか。そんな顔を並べる二人の少女たちがいた。
「甘くて美味しいぞ。風味も良い。肉とも、合うはずだ」
「う、うん……が、がんばる……っ」
「に、ニンジンくらい……『虎』なら、た、食べられるんだから……っ」
ニンジンとの戦いに挑む少女たちを前にしながら、オレは微笑む。
どことなく冷たい風の吹く黒い森のなかで、焚き火に足を向けながら暖を取りつつ、鞍下肉さんを楽しんでいたよ。
この肉は、風味の染みた野菜たちとも、合うんだがね?……肉を偏愛するグルメの猫舌と、『虎姫』と同じく野菜が苦手な『チビ虎』たちは、勇気を振り絞りながらフォークをニンジンさんに突き刺してみる。
少女たちはお互いの顔を見合い、いっせーの、とかけ声を合わせて口にニンジンさんを放り込む!もぐもぐもぐもぐ……ごっくん!……明らかに味わっていないペースで、ニンジンさんを食べていたよ。
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