序章 『呪法大虎からの依頼』 その4


 あの宿に戻った。メインストリートに面した大きくて美しく、泊まるには金がかかりそうなホテルだよ。普段ならば、絶対に泊まることはない。一人分のベッドで銀貨が、いったい何十枚飛ぶか分からない。


 ここに泊まるぐらいなら、家具付きの家でも借りるところだよ。


 でも、せっかく占拠しているわけだからな。


 たまには高級なホテルに泊まってもいいだろう?……この9年間、オレは屋根の無い場所でどれだけ寝てきたと思うのか?


 野蛮人だからといって、野山で星を見ながら寝ることを、無条件で喜んでいるわけじゃないんだよ。


 干し草の上で眠るのは好きだが、清潔で肌触りにいいシーツも愛している。熟練者の手でベッドメイキングされたシーツがあるベッドで眠るのは、干し草ベッドに寝転がる以上に好きだよ。


 経済的な事情が、反映されていただけのことさ。


 ……オレたち『パンジャール猟兵団』は腕はいい。最強の猟兵が13人もいるし、今ではゼファーもいるが。色んな人種がいる。


 多様な種族がいることが強みだよ。しかし、ある意味では、その事実が仕事を取りにくくしてもいたのさ。


 世間サマは種族でヒトを分けたがるからね。だから、オレたちみたいな色んなヤツがいる集団は、あまり信用されることが無かった。一人ずつ、どこかの戦場に雇われて暴れるようなことも多く……そりゃ経営も困難、名も上がらない。


 しかし。


 腕だけならば史上最強の傭兵団だろう。まあ、『本体』の規模は相変わらず小さなままだがな。『バガボンド』と『ストラウス商会』を含めていいのなら、おそらく大陸屈指の巨大な傭兵集団にはなる。


 ……でも。やはり、猟兵は13人だけさ。


 ガルフ・コルテスの技巧と知識と、あの獣のような山暮らしで得た絆。それを共有していることも、オレたちの強みだし、仲間の証でもあるんだよ。


 ホテルのロビーには、リエルとミアが待っていてくれた。


「あ!みんな、帰って来たよ!!」


「遅かったな。少し、待ったぞ?」


「ああ。すまない。『研究日誌』が完全に燃えるのを待っていたら、少し時間がかかったし……メインストリートは、ちょっとした祭りみたいだ」


「たくさんヒトがいるけど、葬式じゃなくて、フェスティバルってるの?」


「うん。フェスティバルってるな!だから、道が混んでいたんだよ」


「へー。でも、どうして?葬式デーじゃないの?」


「……ため込んでいた食料を、痛む前に食べてしまおうということらしい」


「なるほどな。さすがは商売人たちの街だ。転んでもただでは起きないというわけだな」


 リエルはちょっと呆れ顔だ。商人どもには誰しも悪い思い出があるものだ。人情味のある商人は、日々、少なくなっている。


 洗練されていく経済学が、ヒトの暮らしから感情を排除している。合理的を目指すがゆえに、柔軟性を欠く。合理的って言葉は、可能性の欠如でもあるから嫌いな部分もある。


 たった一つしか用意しない。腐った商売さ。


 でも。無学な商人も浅ましさがある。


 欲深くて邪悪。それが商人どもの本質だった。まあ……痛みかけの食料を、安い値段で提供しちまおうってのは、悪魔のような商人どもの割りには、マトモな選択だよ。傷つく者は少ないだろうからな。


 富める商人が悲しみながら懐を痛めるとき、世の中には笑顔が満ちるんだよ。経済ってモノの真実だな。搾取で成り立っているからね、その仕組みも―――。


「―――さてと、晩飯にしようぜ?……お前たちも、腹が空いてしまっているだろう?」


「うん!ペコペコさん!」


「……さすがにな。もう夜の8時半だぞ」


「時間が経つのは早いな。さっさと食べちまおう!」


「じゃあ、みんな!ミアにつづいて!こっちだよ!」


 特務シスター・ミアに誘われて、オレたち猟兵は進むよ。


 この大きなホテルには巨大な食堂もあるが、今夜は個室!これもまたデカいんだがなあ……ハイランド王国ってのは、巨大なレストランを好む。そこらの城よりも巨大なレストランがあの国には何軒もある。


 どうしてか?


 さあな。


 文化だからとしか言えない。


 ハイランド王国軍に帯同していた料理人たちは、このホテルのホールに故郷の風を感じたのかもしれん。


 厨房設備の充実したホテルを愛しているらしいな。ハイランド・コックたちは、あの雑多な移民たちの国が生み出した、豊かな食文化を再現するには、それなりの設備がいる。


 このホテルぐらい大きくないと、彼らの作りたい料理は生まれないのだろう。そんなコックたちが、『英雄』である『パンジャール猟兵団』にご馳走してくれるというのだから嬉しい。役得でもなるな。


 個室に入る。


 この個室も広いよ。料理を楽しむというか、宴席のためのものだろう。芸人を呼べそうだし、本来なら芸人を呼ぶのかも?……今は、部屋の中央にハイランド式の巨大な円卓がある。


 その円卓はクルクルと上部が回るんだ。その回るテーブルの上には、無数の料理!量も多ければ、品数も半端なく多いんだよね!


 グルメな猫舌は、感動してる!


「わーい!!ハイランド料理っぽさが、朝よりも跳ね上がっている!!ここに、小さなハイランド王国がある!!」


「たしかにそんな感じだな。あそこのレストランは、何というか壮大だもの……毎度、絶対に食べきれないほどの料理が出される……」


 リエルはその料理の山に、少し威圧されているようだ。女子の胃袋は、あんまり大きくないしな。


 ハイランドの料理は、たしかに種類が豊富で美味しい。しかし、膨大な量で食べきれない……まあ、キュレネイ・ザトーがいると事情が違ってくるかもしれないが―――。


「―――フフフ。エルフのお嬢さま。ハイランドのマナーとしては、客人が料理を食べきるということも、ある意味ではタブーなのです!」


 ハイランドのシェフは、長いコック帽を揺らしながら、そう語る。フーレンの長い尻尾も、ピンと立てているな。ミアはその太ったフーレンのそばに立ち、揺れている長すぎるコック帽を観察している。


 機能性を探っている?……たぶん、アレには権威ってものしか入っていないだろう。ハイランドの料理人たちの現場は、戦場みたいに指揮官がいるのさ。


 これだけの料理を作る料理人の数も多いだろうしな、シェフはきっと弟子どもに命令を飛ばすことだけで精一杯になるのかもしれない……。


 熱い職場だろうな。


 ちょっと見てみたい気がするけど、職人って、そういう興味本位の見学とか嫌いそうだしな。下手に近づくと、スタッフとして吸収されてしまいそうだ。オレも、ハイランド料理を学びたいところもある。


 リエルは、首を傾げている。


 疑問を抱いたエルフさんのモードだな。


「……うむ?料理を食べきると、マナー違反なのか?」


「フフフ。語弊がありましたな。『料理を食べきられる』ということは、客人が『まだお腹が空いている可能性がある』ではありませんか?」


「まあ、そうとも言えそーだ」


「それでは、我々の価値観からすると、十分なおもてなしとは言えません!客人をもてなすときの宴では、客人を必ずや満腹にさせて、なおかつ客人の家族のためにもお土産をもたす!……それぐらいしないと、おもてなしとしては不十分!それは、真のハイランドの料理ではないのです!」


「……なるほどな。だから、食べきれないほどの料理を用意するのか」


「はい。客人が食べきってしまえるほどの料理しか出していないとあれば、主催者の沽券にも関わることにもつながる。我らがリーダーである、ハント大佐の名誉を損ないます!ハイランドの名士は、客をもてなすとき、どれだけ豪勢に振る舞えるか!そこに、名士の実力が反映される!」


「実力者は、客に豪華な接待を出来ないと、二流とされるということかよ?」


「そうですね、さすがサー・ストラウス!よくお分かりです!」


「ふーむ。色々な価値観があるものだな」


「ええ。料理の文化は、それぞれの国や土地で大きく変わります。私も、若い頃はハイランド鍋を背中に担いで、大陸をあちこちと渡り歩いて、修行をして来ましたが……どの国にも違う哲学がある……エルフの国には、過剰な料理を嫌われる土地もあります」


「うむ。過剰な量は、調和に欠ける……」


「自然と共存するためには、過剰な搾取は、自然を深く傷つけかねない―――ですね?」


 世界を巡った料理人は、エルフの文化にも詳しいようだった。


 リエルの小さな頭がコクリとうなずく。


「ああ。エルフは森と共存するのが定めだ。しかし、郷に入れば郷に従う。ハント大佐に恥をかかせるわけにはいかんしな」


「ええ!そうして下さい!まあ、ハナシよりも食事!!皆さま、どうぞ、可能な限り再現したハイランド料理を、お楽しみください!!」



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