第五話 『狂気の賢者アプリズと失われた禁呪』 その35


「ギンドウちゃんやるじゃん!!さあ、弓チーム!!今度は胴体に集中するよ!!接近戦チームの呼吸を整えさせてあげるんだ!!弾幕を、張れー!!」


「了解です!!特務シスター殿ッ!!」


「ヤツを、追い込め!!」


「とにかく攻めるんだ!!」


 崩落した『不浄なる霊帝/レゲイオン』に向けて、弓兵たちは矢を放つ。


 戦場で『膝を突く』という事実は大きいな。相手を調子に乗らしてしまう。ヒトは攻撃的な肉食獣だ。弱みを見せれば、攻撃性は増すんだぜ。


 矢が放たれる。ミアの命令に従い、弾幕を作るのさ。どういうことか?……狙いよりも手数さ。とにかく撃ちまくり、ヤツを怯ませる。あの巨体に白兵戦闘を仕掛けるというムチャをしていた戦士たちに休息を与えるためにな。


 『虎』は冷静な戦士だ。


 熱くもなりやすいものだが、戦いに関してはクールだ。攻め疲れは死につながる。だから呼吸を整えているのさ。


 弓隊の弾幕に隠れて、休む。


 これはサボっているんじゃない。


 『次』の攻撃の威力を高めるためにこそだ。


『小賢しい!!蠅どもが!!雑魚どもが!!虫けらどもが!!『王』に、『王』に逆らうなああああああああああああッ!!』


 ……しかし、『不浄なる霊帝/レゲイオン』は、その無数の骨からなる体を躍動させる。骨を動かし、組み替えていく。失った『脚』を再び構築して行く。


 骨がまるで『逆流する雪崩』みたいに動いて、とにかく上へと昇っていく。ヤツは、最初の形態を選んだようだ。30メートルほどの高さの、屍骨の『塔』だよ。


「むう!?何かする気だぞ!?」


「皆さん、間合いを開けて下さい!!……『高さ』を選んだ!!投げてきます!!」


 ロロカ先生の言葉が戦場に響いていた。さすがは我がヨメ。猟兵一の頭脳は敵の動きを容易く読む。そうだ、やられたらやり返せ。同じ間合い、同じ質の攻撃を用いることで、流れを膠着状態に持ち込みたいというわけだ。


 屍骨の『塔』は小さな腕骨を無数に生やしている。あの巨大な『腕』じゃなく、今度はヒトの大きさの腕だ。それらが、矢に壊されて『死んだ』頭骨やら、上腕骨やら大腿骨を投げてくる!


 『高さ』を作って、『骨の雨』を浴びせるって作戦なわけだ。


 突拍子のない攻撃方法だ。少なくとも、この戦場にいる者からすれば、人生で初めて受けることになった種類の攻撃だよ。


 しかし。


 予報があるということは、戦士を冷静にさせるな。


 ロロカ・シャーネルの言葉により、この攻撃は完全なる未知の攻撃というアドバンテージを失っていた。想像の範疇とまでは言わないが、イメージを作れる。城塞から放たれる矢。そんなイメージがな。


 上空から投げ放たれる『骨の雨』。そいつに対して、我々は異常な程に冷静だったよ。躱しながら、避けきれない骨は鋼で叩いて壊してしまう。


 降りかかる無数の骨。投げつけられたそれらは矢のように速く、まともに喰らえばこちらの骨が砕け散るほどの威力はあった。


 それらは不気味であり、不可解であり、初めての攻撃であったが―――我々の損害もゼロではない。何人も不運に囚われた者が死んだよ。それでも、ロロカ先生の言葉により、我々は身を守れたのだ。


 最小限の損害で済んでいる。


 それだけは事実だった。その不都合な事実。ミハエル・ハイズマンは、それを見ないことにしたらしい。


 わずかに出た死者を見て、彼は機嫌良く笑っている。屍骨の『塔』に組み込まれた頭骨どもが、下品な笑い声を輪唱させているな……。


『ヒャハハハハハハハハハハッ!!死んだ!!死んだ!!たくさん死んだぞ!!私の投げた骨が刺さり、命を壊したぞ!!ハハハハハハッ!!ああ、ざまあ見ろ!!偉大なる『王』に、逆らうからだ!!フハハハハハハハハハッ!!』


 ……尊大な者の良いところではある。ギンドウに倒されたという屈辱を、もうすっかりと忘れている。


 もう一度、働き者のギンドウさんに活躍して欲しいところだが……すっかりと魔力を使い果たして、ジャンの背中の上でへばっている……。


 働くと休む。自由なヤツだが、正しさもあるな。


 屍骨の『塔』は調子に乗っている。もう一度、骨を投げ放とうとしてくる。投げる度にヤツもその質量を減らしていくはずだ。己を構成している物を、投げつけ来るのだからな。


 あまり連続で喰らえば、スタミナも削られてしまう。


 オレも竜太刀ぶん回して、骨を打ち崩しまくっていたが、よく動いたがために、体力を大きく失ってはいる。頭上からの攻撃の厄介さだよな……。


『さあて!!もう一度、浴びせてやろう!!『王』の与える罰を!!』


「……くう!?あまり、この攻撃を、受けるのは……ッ!!」


「……構えろ!!護りを固めて、反撃に備えろ!!」


「りょ、了解であります、特務中佐殿ッ!!」


「身を守るんだああ!!」


 シアン・ヴァティの指揮に『虎』たちは、双刀を構え直して護りを作る。不利な状況ではあるが、パニックが起こらない。


 命令というのは、大事だな。パニックさえ起こさなければ、『虎』の持つ技巧と身体能力に頼ることで被害は抑えられる。


『ハハハハハハハハッ!!さあて、もう一度――――――!?』


 ……ヤツは、その異変に気づいた。オレたちよりも早く。さすがに自分の体に襲いかかる事象だったからな。


『な、なんだ!?なんだ、コレは!?……か、体が、体が凍っているのか!?』


 そうさ。『不浄なる霊帝/レゲイオン』の表面が凍っていく。それは足下からであり、薄らとした氷の膜に呑まれていった……。


 それは威力には乏しいだろう。


 あまりにも、広範囲の攻撃だからな。威力は出せないさ。それでも、想定外の異常に対して、『不浄なる霊帝/レゲイオン』は混乱する。


 そうだ。


 第四属性『氷』。それを人類は認識することが出来ない。不気味な呪術の体になったとしても、この物体はミハエル・ハイズマンの精神を宿している。


 ヒトの限界だな。


 忍び寄る『氷』の魔力に気づけず、そして、『脚』を捨てて『塔』と化したことが災いしている。動かないままだからな、ゆっくりと『氷』に呑まれていたというわけさ。


 ヤツと対峙している我々さえも気づかぬままに、ヤツはその巨大な体の下半分を氷結の縛りに捕らえられていた。


「―――さすがだぜ、オットー・ノーラン!」


「……お待たせしました、ブルーノ司祭は後退させました」


 氷魔石の指輪を輝かせながら、オットー・ノーランが第四属性魔術を放っていた。認識出来ない『氷』の攻撃だ。


『ぬうううう!?なんだ、何が、凍っている!?凍っているのか、私の体が!?どうしてだああ!?ヒトに、『氷』の属性を操ることなんて、出来るはずがない!?』


 そうだ。氷魔石を経由することで、オットーは『氷』の魔術を使えている。


 魔力の流れを精密細緻な領域で把握することが可能な『サージャー/三つ目族』だからこそ、感じることも出来ぬ『氷』の気配を予測出来るそうだ。


 『氷』の魔力が動けば?……他の属性の魔力にも、わずかな変調を及ぼす。オットーなら、それを察することがどうにか出来るわけだな。とんでもない能力だ。


 未知の攻撃に対して、『不浄なる霊帝/レゲイオン』は……いや、それを操るミハエル・ハイズマンは混乱している。意味の及ばぬ状況に焦っている。焦ってしまい、攻撃を忘れた。


 要塞のように巨大な存在ではあるが、それを操る意志はたった一つ。己の身の一部が凍ったぐらいで、全身がその攻撃を止める。コイツは群れじゃなく、固体。


 虚を突く攻撃に対しては、ただのヒトと変わらぬ反応となる。


 状況を把握しようと思考してしまい、考えてしまうからこそ気づけない。シアン・ヴァティ特務中佐が、無言のまま、合図を送っている。双刀を動かした。おそらく、『虎』にしか把握出来ない合図……。


 皆、身の守りを解いた。


 攻勢に出る。


「放てええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」


 シアン・ヴァティ特務中佐の号令に従い、弓兵たちが一斉射撃を放つ。双刀の暗号に伝達されていたのだろう。屍骨の『塔』の上部を目掛けて、矢が放たれて、骨を投げ用としていた腕ごとヤツを破壊していく。


『ぐうう!?く、くそ、フォローが……フォローが……ッ』


 戦場を一人で生き抜くのは至難の業だ。


 どれだけ強くても、全方位を囲まれてしまえば、その強さも無意味となる。『不浄なる霊帝/レゲイオン』の強さは強力極まりない。しかし、コイツは余りにも孤独な存在であった。


 ……傲慢なヤツは気づかなかった。殺されていく仲間に、意味はない?……そうじゃないさ。死んでいくその時、敵の殺意をその仲間は浴びてくれている。


 役立たずなどいないのだ。


 敵を殺せなくとも、敵に殺される。


 それだけで、その瞬間、仲間を守ってくれている。そういうことに気がつけないから、この愚かな強者は、オレたちに挑んだ。全力で逃げれば、命をつなぐこともあっただろうがな。


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!舐めるなあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!』


 無数の腕を射抜かれながらも、『不浄なる霊帝/レゲイオン』は『骨の雨』を放とうと身を躍らせる。凍りついた下半分の骨を圧壊させながらも、ヤツは無理やりに攻撃しようとする。


 焦っているな―――だから、気づけるはずの『風』の魔力が昂ぶりにも気づけない。


 そうだ。


 オレも『魔剣』を使うタイミングが来たのさ。ここが勝負所だからな。



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