第四話 『この復讐の雨に、名前を付けるのならば……。』 その2


 『アプリズ3世』は、大陸中を彷徨った。いくつかの魔術結社に追われているが、彼はどうにか危機をやり過ごしている。時には、魔術結社に乗り込み、彼らを殲滅することさえもあった。


 攻撃的であることはリスクには違いなかったし、そのせいで彼も負傷したことは何度だってある。でも、『イナシャウワ』に魔術師の血を吸わせたくもあったから、それらの戦いの見返りは大きい。


 姿を変えて、名前を変えて、この密かな殺戮者は死と不幸をあちこちにまき散らしていく。


 『イナシャウワ』を用いて、『生まれ変わる』。その計画は、ゆっくりと成熟を迎えている。理屈だけならば完璧であるようだった。2世の手段を踏襲すれば、それでいい。


 2世は、自分の記憶やアプリズどもの知識を3世に植え付けただけであり、自我を移すことには興味がなかったようだ。しかし、3世の才能と実力と手段があれば、それも十分に可能となる。


 自分を『模造する』のではなく、『自分を移す』。知識、人格、記憶、そして全身の魔力を『イナシャウワ』に喰わせる。あとは、その『イナシャウワ』を自分の死体で操り、任意の人物に突き立てれば完成だった。


 かつてと同じことをする。あとは改良された『イナシャウワ』が、その儀式を自動的に完遂してくれる。それで、『イナシャウワ』はまた力を失うかもしれないが、時間を稼げる―――魔術師たちの追跡を完全に躱せるのだからな。


 ……問題はある。


 任意の人物の選定に、彼は困っていた。彼にとっての、次の体。魔術師や賞金稼ぎに追われているせいで、彼にはそれを探すための時間が、どうしたって足りなかったのだ。変装に、かつてよりも時間がかかるようになったことも大きいな。


 彼は最高の姿を求めるし、十分に最高の美女に化けられるのだが。彼の執着は、わずかな老化現象にも耐えられなかった。『醜い、醜い、これでは足りないじゃないの、美しさが!!』……鏡の前で女言葉になりながら、彼は厚化粧になっていく。


 まるで、二つの人格が彼の中にいるようだった。自信家の魔術師と、自分の老化を許せない美しい女。『イナシャウワ』で作られた存在だからだろうか?専門家ではないから分からない。


 ただ、どんどん壊れていくことは分かる。神経質なまでの厚化粧は、『彼女』の美しさを、かえって損なってしまっているような気がするのだけれど。それでも、『彼女』は止まらない。


 いつの間にか。娼婦を殺さなくなっていることに、オレは気がつく。コイツは、『彼女』である時間が長くなっている。『彼女』でいると、あの邪悪なマザコン活動は抑制されるのだ。


 まあ、上手く『ふくよかな理想の母親』に化けられないからかもしれんな。変態の考えをそれ以上、理解しようとは思わない。


 3世は娼婦を殺さなかった。だが、魔術師は狙う。魔術師たちの組織や、街角で占いなんかをやっている低級な魔術師たちばかりを獲物にしていった。


 『イナシャウワ』を完成させるのには、どうしたって必要な行いであるが、『魔術師殺し』は有名になっていく。


 3世への包囲網もまた、化粧の厚みと比例するように増えていった。


 破滅の足音が近づいて来ていることに、3世は自覚がある。苛々して、髪を掻きむしったり、爪を噛む時間も増えていく。食欲が減退し、元から細かったその体も、さらに痩せこけていた……。


 ……作戦を変えなければならない。


 新しい体を探すための、時間が欲しいと考えるようになっている。手段はないのだろうか?


 何に化けるべきだろうか?


 色々と化けて来たが……。


 ……ふむ。


 『そうね』。


 『アレがいいじゃない?』。


 『一番、年が若い子に、いつでも会える』。


 『私も、そうやって、アプリズになれたんだもの』。


 『同じことを、するべきよ!』。


 『うふふ、あははは。きゃはははははは!!』。


 鏡の前で、年若い乙女のような貌で、アプリズ3世は笑っていたよ。悪いアイデアを見つけていた。


 『彼女』は、医者に化けることを選んでいた。産科医さ。30代の医者を見つけて、そいつを殺して、経歴と名前と過去を奪う。そして、その人物に成り代わったまま、旅に出ていた。


 新たな土地に辿り着いた3世は、そこで、産科医『エルネスト・フィーガロ』という役目を始めていた。それなりに大きな街……城塞があるな……城塞。ふむ……ここは、そうか、『ヒューバード』だ。


 因縁の土地に戻ろうとしている。『ヘカトンケイル』も回収しようと考えているようだな。生命の謎を解くための素材としてではなく、優秀な用心棒として使おうとしている。


 ……しかし。


 『シェイバンガレウ城』まで、『産科医フィーガロ』は足を運んだというのに、彼はどうしても、その城に入ることが出来ない。体が固まってしまい、呼吸が乱れていた。どういうことなのか、分からなかった……。


 でも、オレには分かる。


 2世の心の傷が、3世の体を支配していたのさ。


 生命の謎を解くことが、『ヘカトンケイル』と接触しても出来ない。3世は、その使命を背負っていたはずなのに、すっかりと『新しい体』に移り変わることばかりに気を取られている。


 『ヘカトンケイル』に会えば、大きなプレッシャーを3世は浴びるだろう。自分の使命を思い出して、ここしばらくその使命のための研究を行えていないことを思い知らさせる。


 自己防衛さ。


 『ヘカトンケイル』に会うことは、3世の自我を壊すことになるかもしれない。アプリズの本質に立ち戻り、おそらく死ぬまで解けないであろう、生命の謎を解き明かす使命に従事させられる可能性もあった。


 3世は、そうなることを恐れていた。


 彼もまた、いつの間にか悟っていたようだ。


 生命の謎を解き明かすことは、自分でもムリなのだと。


 各地の魔術師組織を襲撃して、彼らから知識を無理やりに集めても来たけれど。3世が納得することが出来る目新しい知識を見つけることは出来なかった。色々な確信的な研究を行ってもいたが、自分も含め、現代の魔術師では、生命の謎に到達できそうにない。


 どうやったら。


 生命は創れるのだろうか?


 どうすれば、完全な不老不死は完成する?


 死を克服できる?


 死からの復活は、なぜ完成しない?


 色々な謎は、謎のまま。老化現象だって止められていない自分を考えた時、3世は『ヘカトンケイル』に遭遇することを恐れていた。罪の重さと、自分の無力さ。それを思い知らされたら、アプリズ2世に呑まれると考えている。


 アプリズ2世はクズ野郎ではあるが……。


 どこまでも純粋な探求者ではあった。


 3世は、ヤツをバカにしていたが、今となっては畏怖を抱いている。そして、恐れている。自分よりもはるかに強い精神力と使命感を持っていた2世が、自分の身体には潜んでいるのだ。


 ……もしも、2世を触発するような行いに出れば?


 ……2世が蘇り、自分の身体と心をも支配してしまうような気がする。


 怖くなった。


 アプリズ2世の執念と、純粋さが。


 とてもじゃないが、3世には『シェイバンガレウ城』へ入る勇気は湧かなかったのさ。


 3世は、そのまま『ヒューバード』にある、己の病院に戻った。そして、その夜は珍しく酒を呑み、若い娼婦を買った。若い娼婦を買うなんて、彼には珍しいことだったが、その娼婦は、自分が変装したときの女に似ていたからだろうか?


 ……分からない。


 でも。


 彼は、やけに彼女のことを気に入っていた。彼女も流れ者らしい。この街には昨夜、流れて来たようだった。人買いから逃げて来たと語る。寒村で育ち、15の時に売り払われたのだと。


 その人間族の18才の娼婦の語る昔話を聞いていると、彼はその少女に興味がわいたのかもしれない。


 ……孤独を抱えるその娘に、惹かれているようだな。


 自分もまた、孤独である。


 そして、アプリズ2世の執念に、『敗北』して……彼は不安になっていたのだ。仲間が欲しかった。


 彼女は、その少女のことを雇うことにしたよ。


 自分の助手……助産師見習いとして、彼女を雇うことに決めていた。アプリズ3世は、この少女を、自分の共犯にしようとしているようだ。



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