第三話 『ヒューバードの戦い』 その36


 ミアの猫耳がリズミカルに揺れている。カウントダウンの踊りを、猫耳ちゃんは踊っているんだよ―――。


「―――3、2、1……っ!!」


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンンンンンッッッ!!!!


 『ヒューバード』の街の二カ所で、我々が必死になって仕掛けた『ギンドウ特製魔力爆弾』が炸裂していたよ。


 『ミハエル・ハイズマン』がいるかもしれない帝国軍施設の地下と、もちろん、この東西に細長い『ヒューバード』の街を取り囲んでいる南の城塞の、一番分厚いところの地下でだ。


 ゼファーの瞳を借りて、地上の惨状を見下ろすのさ。『ミハエル・ハイズマン』のいるかもしれない屋敷は、見事に吹き飛んでいた。


 地下水道のダンジョンが完全に崩落してもいる。爆破で引き裂かれながら、彼らの屋敷は地下深くへと呑み込まれていたよ―――。


 ―――『ミハエル・ハイズマン』の死亡を、確認することは出来ない。そもそも顔も知らない。名前と経歴の一部しか知らない。でも、分かっている。ヤツはやり手だ。排除しておくべき人物だよ。


 彼に2万2000の強兵とこの強靭な城塞を預ければ、ハイランド王国軍6万に対しても大きな損害を出したかもしれない。これで死んでくれていれば、ハナシが早いのだがな。


 ……さてと。


 『本命』の方も、成功しているな。南側の城塞、その一番分厚い部分が崩落を始めていた。ゆっくりと城塞が大地に呑み込まれていく……。


 城塞を支えてくれていた、強靭な『柱』が倒れちまって、そのまま城塞が地下水道のダンジョンに崩落していったよ。


 その崩落した部位の大きさは……東西に150メートルほどだった。周囲にいた兵士たちも巻き込んで、地下へと大きく沈んでいるな……。


 150メートルほどの大穴と、周辺施設まで壊れてしまったことによる灯りの消失。それらが重なることで―――あの空白地帯は、『虎』の絶好の狩り場と化していた。


 地鳴りの止まない『ヒューバード』に、『虎』の鬨の声が響いていた。大地も空も震えているのが分かったよ。2万の『虎』が歌っているのさ、双刀の鋼をギラつかせながら。


 南の2万には、強兵を多く配置してくれていたはずだ。


 この夜空を揺らす強い歌からも、『虎』の存在を多く感じるよ。この揺れは、まるで『ヒューバード』そのものが恐怖に震えているようだった。


 2万の『虎』が、一斉に牙を剥く!!


 大穴目掛けて殺到していくのさ!!『ヒューバード』を内側から、食い破るために!!


 だからこそ、帝国人も傭兵たちも反応していた。大慌てで、角笛を鳴らす。急ぎ集合しろの合図だろう。彼らは、城塞がどんな状態になったのかを、まだ理解していない。夜の闇に隠れているし、そもそも、城塞が150メートルも消えるとは考えちゃいない。


 逃げることなく、とにかく集まって来る。


 夜目が利く『虎』たちも、崩落した大地に捕まらぬようにと、細心の注意を払いながら走らなければならない。だから、いきなり街の中に2万が入り込むことはない。この襲撃は即、『ヒューバード』の陥落にはつながらないのさ。


 だからこそ、オレたちも動く。


 予想の通り、南に敵サンの戦力が集中しているんだ。北にいるのは、最低限の戦力ばかり。北のハイランド王国軍の動きにも、注意しなければならないからな。


 ……さてと、出発するとしよう!!


「オレに続け」


「了解です、ストラウス特務大尉ッッッ!!!」


 叫んで返事してしまうところが、まだまだ戦士として甘い。隠密が重要なのだが―――まあいいさ。勢いがモノを言うときもある。彼らの昂ぶっている戦闘意欲を、ないがしろにすることもない!!


 オレは夜の闇に飛び出した。


 全速力だ!!


 先頭の者ほど、素早く動かなければならない!!


 オレたち『パンジャール猟兵団』が先頭を走る!!


 怒号と悲鳴が渦巻いて、混沌の闇に沈む『ヒューバード』の街を、猟兵たちと400人の新兵たちは北へと向かって駆け抜ける。


 最初の100秒間、幸運にも敵に見つかることはなかったよ。街路を駆け抜けて、スラム街に近づいていく。


 しかし、敵が2万2000もいる街で、その幸運も長くは続くことがなかった。傭兵たちがいたよ。北の護りに就こうか、それとも南に向かおうかと迷っていると思しき、10人前後の集団だ。


 リエルとミアがそれらを射撃で攻撃した。敵は、闇の中でいきなり仲間が殺されたことに大慌てになるが―――オレとロロカとオットーが、彼らに襲いかかり、一瞬のうちに鋼の錆びにしてみせた。


 いい仕事だった。


 作戦は動く、新兵たちは、それぞれに指定されたルートを走り、北を目指す。分散し北上していく。スピード重視の作戦だ。


 しかし、弊害もある。分散しただけに、敵にも見つかりやすくなるのさ。角笛が鳴り、敵だ!!と叫ぶ声が、あちこちから聞こえて来た。


 だが、それも作戦に含まれている。


 あちこちで敵に見つかることにより、本命である城門に対して敵が集結するのを遅らせるのさ。


 『攻撃的な指揮官』の作戦ってのは、とてもキッチリとしている。約束事を多く含ませているから、想定外のトラブルに対してはとても強いし、連携も素早く組み上がっていく。


 100秒も敵に遭遇しなかったことが、一つの証だな。彼らは南にせよ、北にせよ、大きな破綻が起きたなら、余剰の戦力をそこに全力で向かうように命令されていた。それを実行したからこそ、100秒も敵と遭遇せずに済んだ。


 ここの敵は、トラブルに対して素早く兵力を集めてくる。もしも、攻め入る城門の一つに、通常よりも分厚い戦力を集められてしまえば?……オレたち『パンジャール猟兵団』の力を持ってしても、その攻略にかかる時間が増えてしまうことは必至。


 ならば?


 あえて、あちこちで見つかり、そこら中で小競り合いを起こすことにより、敵の密度が一カ所に集まり過ぎないように分散しておけばいいというわけだ。


 『攻撃的な指揮官』の作戦を壊すには、混沌を与えればいい。精密な作戦ほどに強いが、どこかが破綻すれば、連鎖するように機能不全を起こしてしまうってわけだよ。


 しかし、弱兵と強兵の戦いになる。


 狭い街路では質が反映されてしまう。新兵たちは常に命の危険に晒されるリスクはあるんだ。だが、400人で固まっていては、移動が遅すぎる。そうなれば、より本格的に包囲されて殲滅される。


 これがベストだ!!


 400人の新兵たちで時間を稼ぎ―――オレたちが、城門の一つを確保すればいいのさ。オレたちも30人ほどの兵士を引き連れたまま、スラム街に入る。弱兵ばかりの最弱部隊、それをオレたちはリードしている。


 出遭う兵士も傭兵も、オレたちは素早く処理していくから、彼らはとても安全だった。彼らの役目は、オレたちと共に行動するだけじゃない。弱兵だから引率してやったわけではないのだ。


 オレたちは道すがら、スラム街にある監獄へと辿り着く。見張りは、オレに槍を向けてきた。


「あ、あんた!?」


「あ、怪しいと思ったら!?」


「死ぬか?それとも、逃げるか、選ばせてやるぞ!!」


「……て、帝国人を、舐めるな、この亜人びいきの裏切り者がッ!!」


「そうだ!!お、オレたちは、故郷を守って――――」


「―――ならば、誇りのままに死ぬがいい!!」


 加速する。『虎』の技巧だ。影のように沈みながら、加速を得て、一瞬のままに敵へと近寄る。槍も何も関係ない。一瞬で、竜太刀の間合いになるまで飛び込んで、オレは顔と声を覚えていた『ヒューバード人』を斬り捨てていた。


 痛みが無いように、一瞬のうちに命を掻き消したやった。


「……がは」


「……ぎひゅ」


 絶命の息を吐きながら、二人の兵士は誇り高く戦死する。オレは、彼らの胴体から放たれた返り血を拭くこともないまま、後ろを追いかけて来ている、新兵たちに指示を飛ばす。


「ここにいる亜人種たちを解放しろ!!かなりの数がいるはずだ!!」


「りょ、了解しました!!」


「分かってますね?もしも、敵が大挙して攻めて来たら、ここに立て籠もるんですよ!!すぐに、私たちが北の城門を開けて、ハイランド王国軍を引き入れますから!!」


「は、はい!!」


「わ、わかりました、ロロカさまッ!!」


 ……ここは、彼らに任せておけばいい。なあに、ゼファーも上空にいた見張りを食い殺し、ハイランド王国軍から預かった弓と矢の入った荷物を設置している。ちょっとした要塞になる。ムリして脱出する必要もないわけさ。


 オレたちは北へと急ぐ。


 あちこちで、新兵たちが戦っているのが分かる。剣戟の音、悲鳴、怒号、そして血潮が夜空に融けた臭いも漂ってくるんだよ。


 分かっているさ。


 一秒一秒、誰かが死んでいく。


 敵の場合もあるし、もちろんオレが死なせたくない新兵たちも、その死には含まれている。イヤな夜だ。仲間がどんどん死んでいく。幼く拙い戦士たちの命がな……。


 だからこそ、鉄靴で敷石を踏み叩き、可能な限りの全速力を作りあげるんだ。北へと向かう、とにかく北へだ。


 敵兵を斬り捨てながら、北上は成功する。


 城門が見えて来た。城門の外には、ハイランド王国軍が来てくれているのが分かる。彼らに対して、城塞の上部にいる弓兵たちは矢を撃ちまくっているな。彼らも混乱が見えている。


 あちこちで戦闘が行われているから、恐怖と混乱に駆られて、無意味なほどに矢の弾幕でハイランド王国軍の接近を防ごうとしている。あのペースで撃ちまくれば、すぐに矢は尽きてしまうというのにな……。


 何より、視線と注意が北に向いているのは好都合だ。オレたち『パンジャール猟兵団』が、最速で城門をこじ開ける方法ってのは、一つだ。弓兵を排除して、ゼファーがここに着陸出来るようにするのさ!!


 ……北を向いてくれているのなら、オレたちはヤツらの背後から忍び寄れるというものだ!!



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