第三話 『ヒューバードの戦い』 その29


 ゆっくりと揺れているな。何の因果が巡っているのか、オレは『刀』なんぞに宿って、青舌垂れて白目を剥いているゾンビ野郎の指に抱かれて移動してるんだ。


 しかし。死霊使いの天才賢者サマなのに、何で、こんなに元気じゃないゾンビを作るんだろう?


 ……ああ。


 そうか。


 分かっちまったよ。ジイサン、『呪刀・イナシャウワ』に魔力を捧げすぎているんだな。血も吸われ、魔力も吸われまくった。だから、ジイサンの死体は、ゾンビになっても、こんなに元気じゃない……。


 ……まあ、元気な死体ってのも、何だかおかしい気もするがね。


 ああ、気が重い。どうせなら、一瞬で、終わって欲しい夢なんだが。ジイサン、この刀で、あの『アプリズ3世』に、何か悪いコトするんだろ?


 ……押し付ける?


 ……その言葉の意味はよく分からんが、殺気を強く感じている。殺そうとしているんだろうな。殺して、特別なゾンビにするのか……?


 分かりたくもない。


 しかし、見るハメになりそうだ。


 あの子が、逃げてくれればいいんだが―――ジイサン、天才で賢者であるだけに賢いよ。あの子のことを薬で眠らせて、縄で縛り上げている。


 自分が、こんなトロいゾンビになったとしても、あの子を『イナシャウワ』で斬れるようにしていたってわけだ。


 狂人ぶったところで、それは嘘で偽りさ。


 アンタは、『賢者アプリズ』だった。だから、その責任から逃れるために、狂ったフリをするのは止めたらいいのにな……まあ、壊れちゃいたし、自我が崩壊してもいたのだろうが、状況判断も推理能力も、十分にあったはずだぜ。


 ……計画的な犯行ってのを、オレは目の当たりにしているんだ。『賢者アプリズ』は、自分で言うほどには、狂ってもいないかったよ。愚かではあるけれどね……。


 せっかく。


 自分で助けた子供に。


 死んだ母親の腹から救い出してやった子供に。


 刃を向けるというのかよ?


 ……どうなっちまうのかは、よく分からないんだが……ジイサンのゾンビは間違った行いをするだろうし、それをオレは見ることになるし、困ったことに、干渉することは出来ないのだろうさ。


 ……それぐらいはピンと来るんだよ。


 ……だって。


 セシルが燃えていく姿に、何度、指を伸ばしても……届くコトなんて無かったんだからな…………ああ。クソ……コレは、オレが見るべき夢なのかよ、アーレス……?


 ……ジイサンのゾンビは歩き、眠らされているあの子のもとに辿り着く。物語ならば、誰かカンジのいいイケメンの騎士サマでも現れるタイミングだが。オレは知っているんだ。ここには、誰も来ない。


 ジイサンが、神がかった魔術の才能を発揮して、誰にも認識されない隠れ里を創ったんだ。まるで、『侵略神/ゼルアガ』のような力だよ。あり得ないだろ?そんな巨大な力を、たかがヒトの魔術師が発揮しているなんて……。


 それだけで分かるし、認めるしかない。


 『賢者アプリズ』、アンタはスゴい男じゃあった。残念ながら、悪い女に出逢ってしまったのが、お前の運の尽きだったのだろう―――いや、初代アプリズの道に触れてしまったからこそ、到達することの出来た高みなのかもしれないな……。


 狂気が登らせた高みでもあるはずた。どれだけの鍛練で、自分を高めていたんだか。


 ……スゴい男なのに。人生最後の仕事は、こんなにも惨めで、こんなにも情けない。それが、何だか悲しいよ……コレが、夢破れるって言葉の、体現なのか?……フツー、こんなにヒドくないだろう。


 ……ジイサンのゾンビが、『イナシャウワ』を持ち上げる。まだ、6才だぞ。セシルよりも一個下だ。それでも、信じられない。6年間も一緒にいた子供を、殺せるのか?……オレには、絶対にムリだ。


 ……クソ。


 吐きそうだ。


 吐きそうだけど、夢だからか、吐く胃袋もないようだな。何で、オレは『イナシャウワ』になっているんだ?


 怒りも苦しみも、鋼の体じゃ表現できやしない!意思を示すことも抵抗することも禁じられている……こんな目に遭うのは、あまりにも辛い……。


 …………ジイサンが。


 『イナシャウワ』を振り下ろす。


 柔らかい肉が裂けて、小さな骨が断たれていた。


 ……『イナシャウワ』は、あの子の胴体深くに、突き刺さっている。胸部に、深く刺さっていたよ……。


 ……それでも、不思議なことに。


 この子供の心臓は、止まることがない。血が出ているし、肋骨も断たれて、肺にも心臓にも刃が到達しているハズ。それでも、『イナシャウワ』の呪いと、この鋼に宿った数百人分の魔力が、奇跡的なことに、あの子の体を守っている。


 ……いや、奇跡ではないな。


 もっと、邪悪なものだ。


 『イナシャウワ』からあふれた魔力が、あの子の体を駆け巡っている。侵して、汚染し、穢している。あの子は、暴れている。鼻血を吹きながら。心苦しいが……それでも、あの子が喜んでいることが―――本当に哀れだった。


 『賢者アプリズ2世』は、この子を洗脳して来た。たった6年間の洗脳だったが、賢者が才と知恵を振るうと、悲劇はどこまでも深刻化するらしい。


 この子は、彼の道具になっていた。


 彼を模倣するための道具であり、そうあることを至上の喜びと思い込むように、調教されている。困ったことに、どうしようもなく哀れなことに…………この子は、今、喜んでいる。己の身が『アプリズどもの知識と魔力と人格』を受け入れることを、幸せだと……。


 ……どんな教育をしたら。


 こんな6才児を作れるってんだよ、賢者サンよ。


 アンタの間違いは、初代アプリズに出逢ったことじゃない。もっと、根源的なことだ。アンタなんか、生まれて来なければ良かった。ただの害悪みたいな人生を送り、最終的に、誰も幸せにしていない。こんなに、天才なのにな……ッ。


 どこまでも罪深いことだ。


 だからこそ、発狂したか?


 己の負けを認めたとき、力と才が有りながら、害悪しか残せなかったことを、悔いて、怖くなって、壊れたのかよ。


 ……一人で、死ねば良かったのによ。


 …………ジイサンは、この子を、自分の『モノ』だと思っていたのか。自分が、死んだ母親から助けてやったから?……自分の『モノ』にしていいと思っている。オレの中に残存する、ジイサンの感情と、記憶が、それをオレに教えてくれたよ。


 身勝手なクソ野郎め。


 まさに、アンタは害悪だった……そのことに気づいたのなら、止めるべきだったな。


 そうだ。ジイサンが、頭の中にこびりついている『賢者アプリズ』が、今、オレの目の前で起きていることの意味を、自慢気に教えてくれていたよ。


 ……これはね、人格とか、記憶とか、魔力とか、そういうものを、この子に移植する作業らしい。この子は、それで死ぬことはないらしい。あくまでも、命は、助かる。


 でも、それは喜ばしいことなのかは、ちょっと分からないんだ。


 何故って、この子の人格が潰れてしまうから。心が死ぬからだ。この子の自我やら思い出とか、そういうモノは、『アプリズども』が挿入されることで、潰れて消し飛んでしまう。


 本来ならば、もっと完全な『アプリズ2世』を移植して、言わば、この子の肉体を乗っ取ることだって出来たらしい。『アプリズ2世』は、『自分の代わりを創る』という方法で、己の叡智を受け継ぐ分身を創ろうとしたらしい。


 そうやって、何度も、何度も、自分を受け継がせて行くことで、いつか生命の秘密を解き明かせるかもしれない……そんなコトを考えていた。もちろん、本気では信じてはいない。信じたフリをするしか、彼には許されなかった。そう彼は思い込んでいたから。


 ……『イナシャウワ』は、呪いと魔力を、子供に送り続けている。


 肺腑と心臓に、邪悪は満ちて。それらは拍動しながら、子供の肉体を汚染する。どうしてやることも出来ないからね。ただ、怒っているよ。君に、こんなコトをしたクソ野郎に怒っているし―――君が、この事実を認識しながらも、笑顔でいる悲劇に怒りを覚える。


 ヒドいことが、起きていたんだな。


 すまない。


 オレは、君の騎士サマにはなれなかった。このときは、まだ、親父さえも生まれているか分からない大昔のことだったんだよ……。


 ……長く感じる作業で、実際、長い時間が過ぎたんだろう。怒りに疲れ果てるような感覚を、オレがこの全身で感じる頃に……『イナシャウワ』の刃を、子供の指が握りしめる。


 指の腹が切れてしまうが……それでも、『アプリズ3世』は、怯まなかった。彼は、己の腹から『イナシャウワ』を抜いた。立ち上がる。


 オレは……その凜とした少年の顔を見て、ジジイの目的が果たされたことを知る。


「……尊師よ。私にお任せ下さい。貴方の叡智を継いだ、私こそが、何があろうとも、アプリズたちの『夢』を、叶えてみせますよ」


 ……『アプリズ3世』は、エリートが見せる、他人を馬鹿にしたような笑みを浮かべたいた。鋭い瞳で、ジジイのゾンビを値踏みするように見下ろしながら、口元だけで笑みを作っている。足下の死骸には、本気で敬意を払っちゃいない。


 負け犬め。


 自分はこんなモノにはならぬ。


 そんな自信を持ち、失敗したジジイを軽蔑していた。


 オレは、この少年を哀れだと思うと同時に……この少年の中に宿り、少年と一つとなっている『アプリズども』に怒りを覚える。もはや、それらは同一の存在であり、二つは一つとなって、切り離すことは不可能である……。


 ……オレは、コレを、この少年を、嫌悪しそうになる。それは、間違っていることだと頭では理解しているが……感情がついて来ない。


 一つ言えることは、この少年は、おそらく、2世と同じで……その類い希なる才能を用いて……この世の中に、害悪だけをまき散らすに決まっているからだ……。


 ……そして。


 コイツは、きっと、今のオレたちの世界に、生きていやがる。この光景が50年か、60年前の出来事だったとしても。まだ、生きてはいる年だろう。こんなモノが、この世の中にいると思うと―――怒りが湧いてくるな。


 ……だからか、アーレス?


 コイツと対決し、ヤツを止めろというのかよ?


 だから、この夢を見せてくれたのか……?


 …………コイツ、どこにいやがるのか……?


 ……分からない。55から65才ぐらいの、魔術師……?どこにでもいるわけじゃないが、いる場所にはいそうだな……ってことしか、分からねえ。


 情報が欲しいが……『夢』が終わりそうだ。クソ、そうだ。せめて、名前を―――。


 ―――そう考えたとき、オレの頭の中に残存する、『アプリズ2世』の知識が事実を教えるのさ。ジジイは、名前なんてつかなかった。『アプリズ3世』としか、この人物を呼んだことが無かった……。


 ……コイツには、名前なんてものは……事実上、無かったんだよ。ただの三代目としてしか、扱われてはいなかった。最初から、道具で……そして、この瞬間から、より道具になってしまった。


 ……命を救ってやったから?


 ……だからといって、こんな所業は、許されるべきではないぞ……。


 ああ……ダメだ、『夢』が終わる…………黒髪で、茶色い瞳?……そんな魔術師……どこにでもいるだろう。参ったな、コレじゃ、特定出来そうにない―――――このムカつく笑顔ぐらいしか、印象に残らねえぜ。



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