第三話 『ヒューバードの戦い』 その19
食後の幸福感にひたる。お腹の中が肉と野菜でいっぱいだ。何とも言えない満腹感のまま、オレは脚を組み、風に揺れる森の木々たちを見下ろしながら食後のコーヒーを楽しむ。
今日も、よく仕事をこなしていたから、ゴハンがとても美味しく感じられた。働き者の胃袋は、料理を何倍も美味しく食べられるように出来ているからね。
……オレたちは食後の30分ほどを、ゆっくりと過ごしていく。体から緊張を解き放ち、走り疲れた足の指を、鉄靴のなかで伸ばしたり曲げたりする。
鎧を取り去って、ゴロリと昼寝でもしたいほどに空は青かった。その青に、心は強く誘惑されるのだが……オレは、この『シェイバンガレウ城』にある、最後の謎について解いておきたい。
数時間前、オットーとも約束をしたしな……眠気に誘われてしまう前に、出発せねばな。
「……オットー?」
「はい」
「城の調査は、どうだったんだ?……その、文化的発見以外についてのことを聞いているんだが」
「ええ。『シェイバンガレウ城』の内部を、探索してみました」
語り始めたオットーに、猟兵たちの視線が集まる。皆、このドワーフの王城について興味を抱いているのさ。
あらためて、この巨大な石造りの城を見上げる。屋上部分には、巨大な樹木が君臨するように生えていて、そこから伸びたと考えられる太い根が、この城を突き破りながら、城内まで届いていた。
幻想的というよりも、ややワイルドな自然が悪目立ちしている。モンスターと獣の多さからしても、そんな実体の無さそうな言葉よりも、もっと具体的な迫力のある表現が目立ちそうだな。
何がいいだろう?……『秘境』のようだというか……うむ。『ワイルド』だ。攻撃的なまでの自然と、ドワーフの屈強な城塞が、攻守に分かれて衝突し合っているように見える。
「……三ちゃん、中は、どんな感じだったの?」
「地下室と、四階までの部屋は一通り調べてみました。『罠』と、十数匹前後の『ウィプリ』と遭遇しましたが、全て排除しました」
『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』は、まだ、この城を守っていたのか。100年のあいだ、『アプリズ2世』が帰還するのを、待ちつづけていた……いや、本人たちには、そんな自覚などないか。ただ呪いで縛られて、その行動を強いられていただけ。
あの醜い頭どもは、ようやく強いられた役目から解放されたというわけだな。
「……最上階以外は、モンスターも罠も、クリアにしたはずです……収穫物は、文化的な発見以外は、とくに何もありません。完全に朽ちたドワーフの鎧や、槍の破片みたいなモノが幾つかあっただけです。老朽化が進んでいて、天井からは水滴がこぼれている」
「その水が、破壊を早めてしまったのですね」
「ええ。そうだと思います。ドワーフの構造物といえども、400年、この湿度の多い山城を放置しておけば、どうしたって壊れてしまいますよ……」
残念そうな憂い顔を、その老朽化しながらも屹立する『シェイバンガレウ城』に向けていたよ、探険家オットー・ノーランはね。まるで岩山のような強さを、この山城は保っている……だが、それは外観までだ。内部までは、壊れてしまってはいる。
「オットー、王の不在を400年も守り続けたのだから、十分な仕事じゃないか?」
「……ええ。そうですね。この城は、よく頑張りました。王も、誰も、いなくなったというのに……これだけ立派に立ち続けてくれている」
「……でも、けっきょく、お宝の情報はないんすよねえ」
俗物的な男、ギンドウ・アーヴィングがロマンにひたる空気を破壊していた。素直な言葉ではあるけれどな……。
「そうなんだー。ミア、ちょっと期待してたけど、ガッカリ……でも。バハルムーガのじいさまドワーフから、『雷魔石』をゲットしたし、満足かなー」
ミアは荷物袋に手を突っ込んで、そこからアメジストにも似た紫色の輝きを持つ、あの魔石を取り出した。
太陽の光を浴びていると、紫色の宝石の奥に、チカチカと魔力の『雷』が走るのが見えたよ。『雷魔石』は、『雷矛ギーバル』から外されても、十分にその力を保っているようだ……。
「ビリビリって、している!……その内、シャナン王さまにねだって、いい感じの指輪とか何かアクセサリーっぽいモノにしてもらいたーい!!」
『雷魔石』の使い手は、ミアでもいいのかもしれない。お金に換えたいというハナシだったけれども、レストランに行かなくても、うちには料理上手がたくさんいるしね。
「……あ。そう言えば、ミアっち」
「なに、ギンドウちゃん?」
「手甲を貸すっすよ」
「え!?私の『ピュア・ミスリル・クロー』、出来たの!?」
「出来たっすよ、元・『偽ミスリル』の爪」
「ちがうもーん。『ピュア・ミスリル・クロー』だもん!そっちのが、可愛いモン!!」
『偽ミスリル・クロー』の胡散臭さが半端ないからな。それで十分だろうよ。
「まあ。いいっすけどね。じゃあ、取り替えるから、寄越すっすよ」
「うん」
ミアは手甲の留め金を外して、それから小さな指を引き抜いていく。ギンドウは、かつて自分が作った手甲を受け取ると、細長い工具を使って、テキパキと分解していく。
「む。相変わらず、器用なものだな」
「そうっすよ、リエルちゃーん。オレ、片腕ニセモノだけど、むっちゃくちゃ器用なんすよねえ」
「……時計職人だったという、お前のお師匠殿に感謝すべきだな」
「まあ、感謝しているっすよ。親無しのハーフ・エルフのガキを、育てて、器用なコト色々と仕込んでくれましたっすもん―――ああ、オットーさん、ハナシの腰を折っちまったっすねえ。続きをどーぞ?」
「ハナシといっても、ほとんど残っていませんよ。めぼしいモノは、見つかりませんでした……最後に残っているのは、最上階と……その先にある屋上だけです」
「オレたちに気を使って、探索を残してくれていたのか?」
「はい。一緒に行って下さると?」
「もちろんだよ。この城の最上階は、かなり気になっているんだ。『モルドーア・ドワーフ』の『王権』を象徴する『何か』……そういうものがありそうだからな」
「ふむ。スケルトンどもに、襲われないための、王族を証明するためのアイテムか。ソルジェの瞳には、まだ、その呪いが見えているのか?」
「わずかながらにな。バハルムーガが消滅しちまったせいで、『英雄繰り/シャウト・オブ・モルドーア』は解けている……500年分の空間に染みついた呪いが、機能はしているみたいだがな……これから長い時間をかけて、消え去ちまうさ」
「では、食後の運動も兼ねて、歴史のお勉強に向かいましょう!」
ロロカ先生が、右の拳を空に向けて放ちながら、何だか嬉しそうだ。学者でもある彼女も、古いモノとかが嫌いじゃない。まあ、今の動きは、ミアに見せるための動きだった。
ミアも、つられるようにして空へと右腕を突き上げていた。ロロカ先生の教師属性が発揮されているな。
「はーい!!お宝、ゲットのチャンスだもんねー!!」
歴史のお勉強って価値観は、ミアからすれば、この冒険には付与していないようだ。
「抜け駆けナシっすよう?……皆で、山分けっすよう。マジで、ここにいるメンバーだけの、秘密にするっすよう……?」
『ピュア・ミスリル・クロー』を手甲に組み終えながら、ギンドウ・アーヴィングは本気みたいな顔で、そんなことを言っている。だから『本気みたい』じゃなくて、まさに本気なんだよ。
欲深なコソ泥みたいに目をギラギラさせているな。血走った目玉なのが、何というか情けなかった。
「おい!臨時収入は、皆で山分けするのが、『パンジャール猟兵団』の『掟』だろう?」
「解釈の仕方っすよ。各々の仕事の報酬は、実行したモノたちに優先権があるっすもん」
「う、うむ。たしかに、それはそうだが……?コレは、我々の任務の範疇の外にあるような……?」
「高額すぎる宝であれば、団員全員で山分けにするぞ」
「えー!!」
「それがいいですね。幸せは、皆で分けなくては」
「だったら、ロロカも、『ストラウス商会』で儲けまくっているマネーを、オレに寄越せばいいじゃないっすかあ!?」
「会社のお金は、会社のお金です。最終的には、ガルーナの復興資金になるのですから、手を出してはいけません」
そうだ。『ストラウス商会』で儲けた金って、そういう風に使う予定だよ。ガルーナには国民もいなければ、金も無いからな。『ストラウス商会』で得た金が、新生ガルーナの国家予算だよ。
「……あんなに儲けているのに……オレにも寄越せばいいのに……まあ、地道に稼ぐとしますかねえ……ほら、ミアっち。完成したっすよ!」
ついに作業は完成していた。ギンドウはミアに、その新たな爪を宿した手甲を渡す。ミアは、興奮状態だ。
「うわーい!!おニューの爪だああああッ!!」
「良かったですね、ミア。さっそく装備してみては?」
「うん。そーするー」
あの小さな指を、手甲に通していく。皮のバンドを留め金で固定していった。ミアは構えを取る。
「出でよ!!『ピュア・ミスリル・クロー』っ!!」
シュキイインンッ!!……澄み切った歌を響かせながら、『ピュア・ミスリル・クロー』が特殊手甲の中から生えていた。陽光を反射させるそれは、まるで銀の光りを集めて作った魔法の品のように輝いている……。
「うおおお!!見るだけで分かるし、指にも感じる……っ。このおニューの爪、今までの倍ぐらい斬れそうだし、軽くなってるけど……重量が、変わらない……?」
「装甲部分も、『ピュア・ミスリル・クロー』で増設したっすよ。重量は変わらず、頑丈さは今までよりも上っす」
「ギンドウちゃん、ホントにいい仕事ッ!!」
「あまり軽くし過ぎても、ミアっちの場合、威力が減っちまうっすもんねえ」
「……いい仕事をしてくれたな、ギンドウ」
「いいえ。『団長お兄ちゃん』、後で請求書回しますんで、銭は、支払うっすよ……?」
本気の顔で、じーっと見つめられている。そりゃ、友人同士だからって、職人にタダ働きさせるってわけにはいかんよな。
「法外な値段で無い限りは、支払うよ」
「へへへへ!毎度ありーっ!」
……変な性格しているヤツだけど、職人としての技巧は超をつけていいほどの一流だからな、ギンドウ・アーヴィングは。どれだけ請求されたら、『法外な値段』と認定してもいいのか、正直、オレにはよく分からないときもある。
天才の仕事ってのは、お高いもんだよ。
だが、構わない。ミアも『おニューの爪』に興奮と感動を覚えているし……お兄ちゃん、財布の紐が緩んでいるのを感じるよ。
そう言えば、ほとんど住めてないけど、お兄ちゃん、ミアにねだられて、ルードに家を買っているけど……シャーロンのヤツは管理してくれているのか?
……誰も住まないのなら、貸し出してくれていても構わないと、今度、フクロウで手紙を送っておこう。難民がたくさんルードにもザクロアにもやって来ているというからな。彼らのための住居は足りないはずだ。
足下を見てくる不動産屋どもが、不等に家賃をつり上げようとしているに決まっている。我々の家を、誰かに格安で使ってもらえるのなら、それでいいんだよ。家ってのは、やっぱり、誰かが住んでなくちゃな……?
この独りぼっちのまま何百年も過ごしている『シェイバンガレウ城』を見つめていると、そんな風に思うのさ。
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