第三話 『ヒューバードの戦い』 その17
……ガンダラもストレスを溜めているようだな。ハイランド王国軍のような、間違いなく粗暴で、話し合いよりも殴り合いみたいな文化のヒトたちと交渉ごとをするのは、誰にとっても疲れることだろうな……。
ハイランド王国軍にも、一種の焦りがあるらしい。同盟の盟主となりたいって野心を持てる身分ではあるからな―――間違いなく、最強の軍事力を持っている。
その軍事力を用いて、『自由同盟』内での権力を掌握したいと考えるのも、政治家の野心としては自然だ。暴力や権力で、他者から利を得たいからこそ政治家になるのだからな。
多くの軍事力を提供しているのだから、より多くの権力を得るべきだという主張も、それなりには理が通ってはいる。
……しかし、現実ってのは複雑なもんだよ。軍事力としてはハイランドよりも確実に弱いが、ルード王国の存在感と政治力は、とんでもなく大きい。
第七師団を会戦で破り、ザクロアやグラーセス王国と同盟を結び、『自由同盟』を発足させたのはクラリス陛下だ。オレなんて、陛下の使いっ走りみたいなものに過ぎない。
そのうえ、このあいだの『アルトーレ』を陥落させて、帝国から領土をブン取った、史上初の女王になった。ホント、クラリス陛下ってば活躍しすぎだよ。
……名実共に、『自由同盟』の盟主は、ルード王国女王、クラリス陛下だ。
それに比べて、ハイランド王国軍は、前回、辺境伯軍とも戦えていないからな……彼らは軍事的な『功績』ってものが、何もない。
だからこそ、手柄を独り占めしたがっているらしい。オレみたいな傭兵に手を借りることさえ、難色を示す輩がいるようだ。おかげで、ハイランド王国軍の特務大尉ってものに就任することになった。
今日からオレは、ハイランド王国軍の正規の軍人サンだ。この戦限定の身分ではあるがな。
……名誉への渇望や、権力を掌握したいという欲求に狩られているようだな、ハイランド王国軍の上層部どもは。
軍人としては、それで良いのかもしれない。軍人なども政治家の一種に過ぎない、薄汚れた欲の亡者でしかない。
純粋な意味での戦士ではないのだからな、戦いに対して、純粋な勝利のみを追及することまで、期待することは難しい―――しかし、敵を見てから、個人的な欲に走ってもらいたいものだ。
ハイランド王国軍の兵士一人一人は他とは比べものにならないほどに強いのだが、サポート無しでファリス帝国軍と戦いつづけられるわけがない。軍馬が少ないし、兵種も多いというわけじゃないんだ。
強いのは強いんだが、弱点は見えているんだぞ?
テッサ・ランドールが、ユニコーン2000と、『ヴァルガロフ自警団』を使いこなせば、ハイランド王国軍と刺し違えるまでは持っていくさ。ユニコーンを、そういう目的では貸さないがな……。
……ユニコーンではなくとも、いい軍馬にまたがった騎兵がいれば、ハイランド王国軍を引きずり回して疲れさせることも出来る。血気盛ん過ぎるから、無駄に騎兵を追いかけてしまうだろうよ……疲れれば、強兵も弱兵に討ち取られるんだぜ。
帝国の名将に、弱点を突かれてしまえば、ハイランド王国軍単独だけでは、戦には勝てない。
強いだけでは、戦いになど勝てないものさ。ハイランド王国軍には、その状況を認識していないお偉いさんが、どうにも、多くいそうだな……。
マフィアが支配していた国だからかもしれない。腐敗は文化だ、伝染する。
人一倍、我欲の強い軍人が育っているのだろう……兵士は有能なのだが、上司は、政治家過ぎて戦士に向いてはいなさそうだ。第二の『白虎』は、ハイランド王国の軍部ってことになりそうだな……テッサが喜びそうな情報だから、彼女には黙っておこう。
ハント大佐をクーデターで亡き者にしようとか、考えている欲深いヤツらが、あそこの軍部には多くいるのだろう。ハント大佐が王家の血筋であり、須弥山で修行した『虎』で良かった。彼を守る勢力もいるし、彼自身の腕前もある。
そうでなければ。
とっくに暗殺されていたのかもしれない。
ハイランド王国軍の欲深い政治屋どもか……そういう存在がいるのなら、テッサ・ランドールは長らくゼロニアを守れそうだ。そいつらをコントロールする手段は、多くあるからな。
……ああ。絶対に、彼女にだけは知られてはならない情報だ。ハント大佐には失脚してもらっては困る。もしも、彼が失脚して、ハイランド王国が親帝国に寝返ったら?……『自由同盟』は、ハイランド王国を滅ぼすことになる。
同盟内にいるのなら、最高の仲間だが、敵になるなら、最大の敵だからね。
最優先で、オレが直接出向き、ハント大佐を追い落としたヤツらの首を刎ねて回るよ。『虎』がハイランドに戻る前に、二度と裏切らないように、そいつらを根絶やしにする。
……その状況を、間違いなくテッサ・ランドールは大喜びするだろうな。ハイランド王国の存在を、最も警戒している人物の一人だからさ。ハイランド王国がルード王国の領土にでもなれば、ゼロニアの地は、しばらくは安泰だからな。
テッサ・ランドールは、その辺りも見抜いているはずだよ。オレ以上に賢くて、オレ以上に欲深い悪人どもの考え方を知り尽くしているのだから。
……まったく。冷静でポーカー・フェイスのガンダラが、間に入っていてくれて良かったのかもしれない。
手紙からでさえも、ストレスを感じるほどに苛々しているのだろうが、どうせ無表情のまま、着々と仕事をこなしているに決まっている。オレがハイランドの欲深い軍部などとやり取りしていれば、暴力的になってしまいそうだ。
恫喝するとか、もしかすると暗殺するかもしれない。ハント大佐はイヤがるかもしれないが、内部の不穏分子を放置しておけるほど、『自由同盟』には余裕はない。
彼らには、理解してもらいたいな。
『自由同盟』の主は、クラリス陛下であり―――彼女に雇われているのが、『パンジャール猟兵団』だということを、認識して欲しい。オレたちは、『自由同盟』とクラリス陛下の勝利―――そして、帝国を打倒し、ガルーナを再興するためになら、誰でも殺すんだぜ。
……。
……ククク!……なんとも、物騒な背景もあるようだな。400人の中に、オレたちに対する暗殺者とか混ざっていたりするかもしれん。そうだと、ハナシが早くなるのだがな。ケンカを売られたら、売って来た人物を堂々と斬れる。
人事に口出ししたハイランド王国の軍人どもを、片っ端から拉致して拷問すればいいだけだからな。
見つかるまで、片っ端から殺しまくればいいだけという簡単なお仕事だ。そして、真相が分かれば、そいつらを処分してしまえばいい……それで、ハイランド王国軍の『掃除』が完了する。
……そう上手く、暗殺者なんて寄越してくれないか。
……ああ。来ればいいのにな、腕利きの暗殺者ちゃんがよう―――。
「―――物騒なことを、お考えになっていますね?」
愛するヨメに、そんなことを言われていた。ロロカ・シャーネルは、オレのそばに立ち、ほほに触れてくる。
「……そんなに、悪い貌していたかな?」
「いいえ。とても楽しそうでした」
「……物騒なことを、考えると、ちょっとワクワクしちまう癖があるんだ」
「猟兵ですから、仕方がありませんよ」
「そう言ってもらえると、心が楽になる」
「ハイランド王国軍も、一枚岩では無さそうですね。政治的な野心が強いグループが存在していて、他国との連携を拒みたがっている。名誉と戦功を、政治力として独占するために」
さすがは、ロロカ・シャーネルだよ。オレに渡してくれる前に、暗号文を一瞬で速読し終えていたようだ。彼女の作った暗号だから、彼女になら、すぐに読み解ける?……そうだけど、それだけじゃない。オレのロロカ先生は、とてつもなく賢い女性なのさ。
「……そうらしい。お国柄からして、オレたちを狙ってくれる愚か者もいそうだ」
「……そうですね。そうなれば、ハナシが楽になるのですが……『パンジャール猟兵団』は、ハイランドの地で『白夜』を壊滅させましたから。我々の強さを、理解しているでしょう」
ハイランド人の技巧は、オレたちには通じない。シアン・ヴァティを見てきているからな。彼女を超える『虎』はいない。『虎』では、オレたちには勝てないのさ。
「ビビって、仕掛けてこないかな?」
「ウフフ。期待しておくことにしましょう」
……猟兵だからね。
オレのロロカも、物騒なコトに怯んだりはしないのさ。
そうだな。ハイランド軍部にいそうな、オレたちの邪魔モノ。そういうヤツを排除出来るかもしれないチャンスに、ちょっと期待を抱いておくことにしようか……。
「……とはいえ、最悪の状況を考えましょう。『派遣されてくる400人の全て』が、私たちの『敵』かもしれません」
「ククク!そいつは、楽しいが……厄介ではあるな」
「ええ。だからこそ」
「分かっているさ。ゼファーも呼んでおこう。身を隠せる場所も、あるからな」
「……戦の前に、荒事にならなければ、良いのですが」
「考えようだ。悪い芽を、早めに潰せる……そういう見方も出来る」
「明日の午後からは、全員で行動しましょう」
「ああ。400人を貫くために、オレたち全員の力を重ねる必要がある」
「ええ。ゼファーちゃんの援護も期待出来ますし、この周辺の地形も、後で我々も確認しておきます」
「……冷静に動くとしよう。たかが、400人の『虎』ごときじゃ、オレたちは狩れないからね……まあ。狡猾な悪人が考える暗殺のタイミングってのを考えると」
「ええ。『少し、間を置いてから』。それが、効果的でしょうね」
「そうだな。せっかく、アレほど作戦を仕込んだのだから……ムダにしたくはないところだよ」
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