第三話 『ヒューバードの戦い』 その16


 ロープでイノシシを持ち上げて、『シェイバンガレウ城』の西の入り口前の『仮の拠点』に運び終えたよ。


 山を駆け巡り、モンスターと獣を狩る。丸一日、地下のダンジョンに籠もっていたリエルとミアにとっては、いい気晴らしと運動になっただろう。何とも、有意義な時間を過ごせたものだな。


「……では、シシ鍋の調理に入ろうではないか!」


「ミアも、お手伝いする!」


「うむ。では、まずは、イノシシの毛皮を剥ぐぞ!!」


「ラジャー!!」


 今日のリエルとミアは、いつにも増して仲良しサンだな。素晴らしいことだな。さて、オレも料理を……と、考えていたら、東の空からフクロウが飛んで来ていることに気がついた。


 そのフクロウは、ロロカ先生の腕にフワリと止まったよ。彼女はその細い指を用いて、フクロウの脚輪を外す。


『くえええ!!』


「ええ。お疲れさま。ありがとう」


 礼を言われたフクロウは何だか満足げな様子に見える。彼は、首をクルクルと左右に回した後で、東の空目掛けて飛び去っていったよ……。


「……ロロカ姉さま、誰からですか?」


「……ガンダラさんですね」


「じゃあ。ハント大佐のお返事も書いてあるかな?」


「……ええ。そのようです。ソルジェさん、どうぞ」


「ああ」


 待ちに待った手紙が来た。オレたちは、彼に内緒で作戦を仕込んできたからな。ハント大佐がこの作戦を拒めば、オレたちの苦労は水の泡になるかもしれない。


 ありえないとは思うが……せっかく、地下に仕掛けた爆弾を解除しろ!……何て命令が来る可能性もゼロじゃない。どんな意図と作戦をもって、この戦いに臨むのかは、指揮官であるハント大佐が決めることだ。


「……じゃあ。ソルジェよ、シシ鍋の準備は、私とミアに任せるのだ」


「わかった。すまんな、手伝えなくて」


「お仕事だもん、オッケーだよ!」


「……そっか!」


「うん!」


 オレを許してくれる慈悲深いミアの頭を、ナデナデする。ミアは、猫耳をピクピクと踊らせながら、喜んでいるようだった。


 何か、撫でていると、自然にオレの顔も緩む。


 さてと、心が癒やされたのならば……ビジネス・モードに入ろう。体を動かした後は、頭脳労働か―――なかなか、忙しい日々を送らせてもらっているよ。


 暗号を解読していく……慣れれば、この複雑な暗号だって、一目で読めるようになるものさ。慣れってスゴいことだと、我が身に起きている現象ながら、深く感心してみたりしたよ。


 手紙の主は、オレの副官一号であるガンダラだった。




 ―――団長。まずは、任務の達成、お疲れさまでした。ジェド・ランドールのルートが無事なことは、昨夜の内に、ハント大佐に伝えております。


 次いで、南の城塞の地下に爆弾を仕掛けたことも伝えました。ハイランド王国軍の中には、早く戦を行いたいという血気盛んな兵士が多いようです。彼らも本格的な対外戦争は久しぶりで、能力の高さの割りに、経験は少ない。策よりも力を重視している。


 それに、外部の力を借りることに対して、ハイランド王国軍の幹部は否定的です。先の、『アルトーレ』でクラリス陛下が見せた、圧倒的な勝利に対して、かなり強い劣等感を見せています。


 自分たちの強さを見せつけることで、『自由同盟』内における政治的な優位を取り戻そうとしているのでしょう。


 ハイランド王国の悪徳役人と親帝国派の政治家どもは、ルード・スパイを中心に、根絶やしにされている状態ですからね。ルードに、政治的な主導権を握られていることに、強い反発を抱く者たちもいます。


 クラリス陛下の勝利に対して、どうしてもひがんでしまう。軍人や政治家の嫉妬というものは厄介なものですな。エリートほど、劣等感を克服することが出来ないこともあるようです。


 しかし、部下がどれだけマヌケであろうとも、ハント大佐は有能かつ柔軟な方であられる。ハイランド王国軍の強さを信じておられますが、過信はしていない。帝国がどれだけ巨大な組織なのかを、彼も理解している。


 ……結論を言いますと、彼は400の部隊を寄越してくれます。つまり、我々の作戦に価値を見出してくれています。努力が無駄にならず、良かった。


 明日の正午には、その『シェイバンガレウ城』まで到達することが出来るでしょう。ジャンとゼファーには、そのルートのつゆ払いをしてもらっています。


 400の別働隊は、その恩恵を受けて、スムーズかつダメージ少なく、そちらに到着するでしょう。姿を見られることも、無いと思います。ジャンとゼファーの偵察により、敵の動きは詳細に分かっています。


 敵は、『ヒューバード』に籠城して、時間を稼ぎに徹するでしょう。北部からの援軍が届くまで、しっかりと耐えようとするはず。敵の総力は、今のところ3万です。団長の得た情報の通り、大手の傭兵団は、今のところ現れていません。


 戦略は、籠城戦術に徹底されるのかもしれない。おそらく、『ヒューバード』の帝国軍の指揮官は、傭兵をほとんど信用していない。


 どうせ、逃げ出す戦力だと割り切っているのかもしれません。傭兵には、狼藉者も多い。共に籠城することに、リスクを認識しているのでしょうな。


 生粋の帝国市民である『ヒューバード人』と異なって、傭兵たちの身分はあやふやです。『アルトーレ』の一件も、影響している。


 『自由同盟』が、変則的な攻撃も実行してくることを、彼らは認識している。身分の分からぬ傭兵に紛れて、『自由同盟』側の戦士が『ヒューバード』へ侵入する可能性。それに対して、かなり不安を抱いているのでしょう。


 しかし。


 自分たちだけでは、戦力が足らない。傭兵に頼るしかない……過剰な数の傭兵を、内に抱えたくはないのでしょうな。だから、大手の傭兵団との大規模契約を拒んでいる。


 傭兵団の性格にもよりますが、多くの傭兵団は腕が立つ者ならば、どんな身分であるかを問うこともなく受け入れます。小規模の傭兵団と異なり、管理職が、末端の新人の素性や性格を把握してはないません。


 大集団の方が、スパイを紛れ込ませる余裕も大きいわけですな。


 『ヒューバード』の指揮官は、傭兵に対して疑り深い。私の勘で言わせてもらえれば、彼はその土地の出身者なのでしょう。


 『ミハエル・ハイズマン』……貴族出身でも、大商人の息子でもありません。帝国軍に入隊後は、戦場での働きが認められて、士官学校に中途で入学。


 その後は、侵略師団にも仕官として参加し、十分な働きを見せていたようですな。貴族や大商人の息子の履歴は、過剰なまでに飾られるものですが……彼はそういった人物ではない。


 実力者ですよ。


 血筋によるコネではなく、単純に能力が高い。


 我々からすれば、真の意味で厄介な人物ですね。傭兵という不確定要素を、籠城戦術から排除したいのかもしれません。そちらの方が、強いという確信があるのでしょう。


 生粋の帝国市民だけで立て籠もられた方が、一枚岩でいられる。籠城するのであれば、そちらの方が良い結果を生むかもしれません。


 ……傭兵に、土塁を積ませる仕事をさせているのも、そういった作業をイヤがる、協調性の無い人物を排除したいのかもしれない。どうせ土壇場で逃げ出すのなら、さっさとヨソに行ってくれという態度のようにも思えます。


 ……彼は、傭兵を使いたいとは考えていなかったのかもしれませんな。もしかすると、より上の階級の者に強いられた……あるいは、『ヒューバード』の商人組合たちが、半ば勝手に傭兵と雇用計画を結んだのかもしれません。


 ハイランド王国軍とルード・スパイから提供された情報も鑑みると、『ミハエル・ハイズマン』は、この地域の勢力と政治力を掌握し切れていないように思えますな。


 貴族ではない、大商人の子息でもない……有能であっても、バックがない。そういった人物を軽んじて、独断で動いている貴族や豪商もいるのでしょう。彼らは、やはり一枚岩ではないような気配があります。


 ……明日の夜に、『ミハエル・ハイズマン』を爆殺することが出来たら、『ヒューバード』を防衛する帝国勢力たちの結束は、大きく揺らぐと考えられます。


 彼は、自分の指揮系統に多くを従わせたがっているはずです。彼の指揮で動く戦力が多いほど、彼らは勝利に近づきますから。


 つまり、指揮伝令と連絡を密にこなして、組織を引き締めようと動くでしょう。権力を集中させたがっているはずです。そんな人物を排除すれば、彼らの指揮系統は壊滅する。いい攻撃になると思います。さすがは、オットーですね。ああ、団長も有能ですよ。


 とにかく。


 そちらに400の部隊が向かいます。彼らには新兵も多く、練度はそれほど期待することは出来ません。しかし、若者が多いだけに、指揮さえ良ければ、その働きは倍増することでしょう。


 現場指揮は、団長になります。団長には、臨時的にですが、ハイランド王国軍の『特務大尉』、そして、『ハイランド王国名誉騎士』の地位が与えられました。


 出世ですね。


 まあ、この作戦が終わると同時に、団長でのハイランド王国軍籍は消滅します。ハント大佐の部下になるつもりは、ないでしょう?我らがガルーナ王よ。口惜しがる必要はありませんね。


 ちなみに、『王国名誉騎士』の方は、継続して名乗れますが……グラーセス王国の場合と違い、ただの名誉職であり、領地がもらえるわけではありません。ハイランド王国に貢献した人物に対して与えられる、名誉だけの称号です。


 ……つまり。


 お分かりでしょうが、これらは団長を『ハイランド王国軍の軍人』として扱うことで、本来は『部外者』である団長が、この作戦を指揮しやすくなるようにというハント大佐の厚意でもあり……それだけ、ハイランド王国軍が独自の手柄に焦っている証でもある。


 ハイランド王国軍も、一枚岩とは言いがたいのです。ハント大佐には忠実ですが、自分たちの力だけで帝国と戦い、強さを証明し、同盟内での政治力を高め、主導権を掌握したいと考えている軍人の数が多いことを示します。


 ……彼らは、うぬぼれが過ぎているようですな。


 『虎』はたしかに強いですが、スタンドプレーに走れば、またたく間に滅ぶことになる。我々は、残念ながら少数です。ムリをすれば、必ず敗北することになります。


 ハイランド王国軍には、最低でも20万の帝国兵の撃破を期待したい。『自由同盟』として一体化して動ければ十分、その力はあります。


 経験不足の彼らには、教訓を得る機会は重要です。痛い目に遭えば、現実が見えてくるでしょう。しかし、教訓に対する『授業料』が多すぎれば、ハイランド王国軍そのものの弱体化を招く―――。


 ―――言葉で伝えて、分かるタイプの人種は少ない集団です。まあ、彼らには我々のサポートの価値が見えにくいのかもしれませんが……実力を示しましょう。


 とにかく、団長。400人の兵士を指揮して、効果的に『ヒューバード』を攻略して下さい。作戦は、後々、そちらに送りますが、現地を知る団長たちも作戦を立案して下さい。『虎』の能力は高く、柔軟性もあります。使い用によれば、大きな戦果を上げるでしょう。


 特務中佐ぐらいに出世するような、大きな活躍をして、ハイランド王国軍からリスペクトを勝ち取って下さい。彼らは、そうでもしないと傲慢なままなので。



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