第三話 『ヒューバードの戦い』 その1
……夢の時間は終わり、オレは目を覚ましていた。どれぐらい寝たのか分からない。それに、この地下通路からでは空を見ることも出来ないからね……っ。
体をゆっくりと床石から起こして、首をゆっくりと左右に傾けながら緊張を解いていく。疲れ気味の首は音を立てて鳴り、心地よさを伴う、あの軽い痛みを走らせる。
あくびをした。
「……おはようございます、ソルジェさん」
ロロカ・シャーネルから朝の挨拶と微笑みをもらう。
「ああ。お早う……」
「よく眠れませんでしたか?」
「……ん。いや、よく眠れたと思う。昨夜は、いい晩飯と、いい酒を楽しめたからね……でも―――」
「―――でも?」
「少し、不思議な夢を見たのさ」
「まあ、どんな夢でしょうか?」
「聞いてくれるかな?」
「ええ。聞かせて下さい」
……楽しい夢ではない。しかし、やや興味深い夢ではある。寝起き早々、オレの魔法の目玉は熱かったからね。きっと、アーレスの力が作用しているのさ。この土地に残存する、『アプリズ2世』の魔力とか執念とか……。
そういう厄介なモノを感受したのじゃないだろうかね。
……とにかく。
賢い人に相談しよう。
オレは、夢で見た内容を、ロロカ先生に語り聞かせたよ。彼女は、うなずきながら、オレの夢のハナシなんかを真剣に聞いてくれる。愛し合っているから?……それもあるだろうし、やはり、彼女にとっても、こいつは興味深いハナシじゃあったのさ。
「……なるほど。『アプリズ2世』の夢を見たのですね」
「ああ。しかも……目覚める直前に、『アプリズ3世』とやらまで出て来やがったのさ。全てが、ただの夢なのかもしれないが……左眼が熱くてね」
「竜の魔眼の力……」
「そんな気がしている。自意識が過剰なだけかもしれないが、オレの『夢見』はそれなりに当たる時があるんだよ」
「竜の力が関わるのならば、あり得ることです。この土地は、『アプリズ2世』と縁の深い土地ですから」
呪術は繊細にして、複雑怪奇だ。それを読み取れる竜の力と、読み取れたところで、その高度な情報を理解できそうにない蛮族の頭がセットになっている。
意識があるときに、その情報をオレの頭の悪さでは解釈することが出来ない……だから、意識が無いときに、つまり、『夢』で見せてくれているような気もする。竜の魔力も、賢者アプリズたちの呪術も、オレには完全に理解することは出来ないのさ。
「……まあ。真実だったとしても、オレたちの行動を変えることはないな」
「……はい。そうですね。私たちの任務は、ハイランド王国軍のサポートであり、『アプリズ魔術研究所』の魔術師のその後を追跡することではありません……」
「ああ」
「……でも。ちょっと、興味深いですよね!」
「うん。冒険心ってヤツが、疼いちまう。謎ってのは、見つけてしまうと追いかけたくなるものなんだな」
学者たちの気持ちが、少しだけ理解することが出来たような気がするね。
「……さて…………あれ、リエルがいないな?それに、オットーも?」
「ああ。リエルは……」
「私はここだぞー」
ここから少し離れた場所で、リエルは荷物をゴソゴソとやっていた。
「何をしているんだ?」
「朝ゴハンを作ってやっているのだ。よろこべ、ホットケーキだぞ」
「ほう。朝らしくて、いいゴハンだな」
昨夜、ちょっと油っぽかったから。それぐらいの軽食でいいや。ミアも喜びそうだしな。
「……それで。オットーは?」
「オットーさんは、地下水道のダンジョンに降りましたよ」
「何か、気になることがあるのかな?」
「いいえ。『趣味』、だそうです」
生粋の探険家だからね。オットー・ノーランは、目の前にダンジョンがあれば、そこに潜りたくなっちまう性格の持ち主ってことだよ。
「オットーらしい朝の散歩だな」
「はい、そうですね」
「まあ。オットーのことだ。何かしら、収穫を得てくるだろう。この場所については、知りすぎて困ることもない」
地下のダンジョンの一部を故意に崩壊させることで、地上の強固な城塞をも崩落させる。戦略に組み込むとすれば、最高の手段の一つだ。ドワーフの遺構を戦に利用する。とんでもない威力が期待できるよ。
……しばらくすると、オットーの魔力が近づいてくる。この通路の下に、オットーが戻ったのだろう。破壊された鉄格子から垂れるロープが、揺れている。オットーがロープを伝い登って来ているのさ。
そのことにリエルも気がついている。丁寧にバターを融かしたフライパンを片手に、オレに命じたよ。
「そろそろ、朝ゴハンにしよう。ソルジェよ、ミアとギンドウを起こすのだ!」
「了解だ。おい、ギンドウ、起きろ」
オレは仰向けで倒れたまま眠っているギンドウ・アーヴィングの、左側のふくらはぎを揺らした。
「んが……乱暴っすねえ…………っ」
「起きろ、朝飯だ」
「ういーっす……」
やる気のない虫みたいにモゾモゾと動きながら、ギンドウ・アーヴィングが床の上から起き上がる。
「うおお……っ。体、痛えええ……っ。久方ぶりの野宿が、効くぜえ……っ」
気持ちは分からないでもない。そもそも、ちょっとした野宿よりも、この堅い床石の上で寝ちまう方が体に痛い気がする。
でも。
若さとは偉大だな。13才のミア・マルー・ストラウスには、全くもってこの悪環境が睡眠を妨げることにはつながっていないらしい。
「ミア」
壁に向かって、かかと落としを決めている眠れる妹に、お兄ちゃんは声をかける。ミアは小さな寝息を立てているな。すやすや睡眠フェイスだ。シスコンの顔がほころんでしまうな。
でも、いつまでも見ておくわけにはいかない。
「ホットケーキだぞー」
「……んにゃ?」
ミアのグルメな猫舌は、その食べ物も大好物さ。ホットケーキ……ミア・マルー・ストラウスの猫耳が、ピクピクと反応している。その素敵な響きを聞き逃すような、オレの妹ではないのだ。
あの黒真珠よりも美しい瞳が開いて、ミアがその幼い体をぐるりと柔軟に動かした。朝一のでんぐり返りは成功し、ミアがオレの目の前にやって来る。
「おはよー、お兄ちゃん」
「お早う、オレのミア」
「ホットケーキは……?」
「もうすぐ焼けるさ」
「わかった。スタンバイしておくね」
ミアはお兄ちゃんの膝の上に座ってくれる。まったく、甘えんぼうだな。でも、甘えてくれると嬉しい。ミアが、黒髪と猫耳のある頭を、オレのアゴに押し当ててくる。オレも反撃だ。やさしくアゴを、動かしてやった。
「あはは。お髭がちょっと、痛い」
「おお、すまないなー」
「ウフフ。朝から、兄妹で仲良しですね!」
「まあな!」
「朝昼晩、いつでも、仲良しさんだよー!!」
ホント。24時間、いつ何時でも、オレとミアは仲良しさんだよ。兄妹でイチャイチャしているところに、オットー・ノーランがダンジョンより帰還する。
「あー、三ちゃんだ、お帰りー」
「ええ。お早うございます。皆さん、もう起きられているのですね?」
「ああ。ちょうどいいタイミングだよ。オットー、朝メシが今にも焼き上がりそうだ。君も上がって、メシにしようじゃないか」
「はい。わかりました」
オットーがこの場所にするりと上がる。ロープを使っての移動も冴えているな。さすがは大陸一の探険家サンだよ。
「さーて、焼けたぞー」
リエルが木製の大皿に乗せた、たくさんのホットケーキを持ってきてくれる。ああ、やさしげな甘さがいいね。
「おいしそう!!リエル、ありがとー!!」
「うむ。美味しいと思うぞ?……バターか蜂蜜かは、お好みだ」
「じゃあ、ミアは、半分ずつ、バターと蜂蜜の、ダブル・モードで食べる!!」
「ククク!じゃあ、お兄ちゃんも、ダブル・モードにしよう」
「うん。兄妹そろって、ダブル・モードだね!!」
「ああ。兄妹だもんなー」
ストラウス兄妹の朝ゴハンは決定したよ。ホットケーキに、バターと蜂蜜を載っける、贅沢なダブル・モードだよ!!
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