第二話 『アプリズの継承者』 その8


 そうだ。冒険は再開する。皆の食欲と、ギンドウ・アーヴィングのケチ臭い金銭欲を充たしたところでな。


 胃袋もいい具合にカレーを消化している。休憩できて、精神力も回復することが出来たようだ。


「……さて。出発と言いたいところだが、確認だ。ロロカ、情報はあったか?」


「呪いがかけられている本は、読めていません。カミラに解呪してもらう必要がありますからね」


 せっかくの貴重な資料が失われる可能性がある。呪いを解かずに、本を開くと、文字が燃え出すとかな。初歩的な呪いでも、有効だよ。


「読めたモノのほとんどは、『アプリズ魔術研究所』で行われてきた実験の数々です。人体実験も含め、四人の幹部により、多くの実験が行われて来たようですね」


「……かなりの規模のようだな」


「はい。彼らの資金源は、裕福な商人や、政治家、地方貴族……そして、一部の大学機関も含まれていた」


「大学か。学者たちの知的好奇心を満たしてくれる狂気的な実験をしていたか」


「実験結果を提供することを見返りに、知識や資本を受け取ってもいたのでしょうね。100年前の学術界における、闇を見た気持ちになります」


 公然とは行うことも出来ない人体実験も、魔術師の秘密結社ならば行える。知的な欲求が時に持つ、容赦のない残酷さ。職業倫理に欠く者たちは、真のプロフェッショナルとは言いがたいが―――邪法を行うことでしか知り得ない知識も、世界には在るわけだ。


 マジメに考え過ぎると、頭が痛くなってしまうようなテーマだな。研究者の倫理。より多くを識るためには、より多くの実験をしなければならない。人生は短く、世界の真理は複雑にして怪奇だからな。


 大学教授たちにとっても、『アプリズ魔術研究所』の研究には魅力的な価値があったようだ。


「……この集団は、賢者アプリズという人物を祖とするもののようです」


「賢者アプリズ……無名の賢者さまか」


「……女性なのかもしれませんね」


「え?」


「地域によりますが、女性の賢者の名前を残したがらない土地もあるんです」


「……ふん。人類の悪癖だな!」


 リエルが腕を組みながら憤慨している。当然の怒りだ。名前を消された『竜騎士姫』の物語を受け継ぐガルーナ人としては、偉大な女性の名を語り継がないなんて、大いなる愚行であるよ。


「……ええ。悪癖ではありますが、傾向として存在している。賢者アプリズも、もしかすると、聡明な女賢者だったのかもしれません」


「歴史から消された天才か」


「あくまで、可能性ですけれど。とにかく、初代アプリズは、生命の謎を追究していたようです」


「一般的かつ王道なテーマだ。医術もかな?」


「……医術もあったと思いますが……どちらかと言えば、治療というよりも、アンデッドに興味が深かったようですね」


「不死の探求ってことか」


「はい。不老不死や、復活……アンデッドに、それらを見出す者は、歴史上、数多くいました。永遠を歩みたいと願う者たちにとって……アンデッドは、それの体現者に近く映ることがある。とくに、研究者には、無限の時間が必要だという強迫観念もありますから」


「……腐り果てた死体になってまで、お勉強っすか……分かるっすねえ」


 その言葉に、猟兵たちは、え?……という小さな言葉を吐いてしまった。ギンドウなんかには、似合わない言葉だ。


「……何っすか?」


「いや……似合わないからな」


「ええ?……オレだって、時間が無限なら、『飛行機械』を完成させられるだろうなあって、思っているっすよ?……200年もあれば、他の星にも行けると思うんすがね」


「ギンドウちゃん、ロマンチスト!星に行けるとか、可愛い!」


「いやいや。ホントに行けちまうはずっすよ?空が飛べるようになったら、あっという間だと思うんすよね。飛べると確信すると、今より大勢の研究家や、銭が集まるっすよ。そうなりゃ、あっという間っすわ!」


 ギンドウ・アーヴィングの世界観は、オレには理解が及ばない。竜でも、星の高さまでは届かないと言うのにな……おそらく、アレは……アホみたいに遠くにある。ガルーナ人は死後の魂が竜と共に、あそこへと向かうと信じてもいるが……。


 信仰とは別に、真実を考えると……どこまで高く飛んでも、その大きさを変えることもないのだから。おそらく、月よりも、はるか遠く彼方にあるのだろうと、竜騎士や竜は考えているよ。


 しかし。


 ヒトの欲望や技巧、叡智に不可能はないのかもしれない。いつかは、行けるのだろうかな?


「……でも、200年は生きていられねえっすからねえ。空を飛ぶぐらいまでは、オレが死ぬまでには完成させたいところっすけど……星までは、遠そうっす。そうなれば、永遠の命ってのも、欲しくなるのも分かるっすよ」


「おお。ギンドウちゃんのくせに、ちょっとカッコいい……?」


「そうか?カッコ良くまではないだろう」


「そうですね」


 猟兵女子は、シビアなジャッジをギンドウに下す。普段の行いが悪いってのは、こういう弊害をもたらすな。男目線では、ギンドウの野心がカッコ良く見えるが……金、金、金!って叫んでいるギンドウの姿を見ている女子たちは、ヤツの本質を見逃さない。


 カッコいいところもあるし、何か憧れる面も持っている。でも、ギンドウ・アーヴィングってのは、基本的にはダメ男だもんな!


「……しかし。死後も働くとか考えると、やっぱ、萎えるっすねえ……オレは、アンデッドになってまで、働きたくはねえっすわ!」


 ……うん。そういう言葉の数々が、猟兵女子の評価を下げて行くのだろうな―――。


「―――とにかく。初代アプリズは女性かもしれなくて、彼女はアンデッドが持っている『永遠の命』を研究していたってことだな?」


「はい。初代アプリズは、弟子たちが多くの研究を行えていることを見るに……かなりの天才ではあったのではないかと考えられます。賢者と呼ぶには、相応しいレベルではあったと」


「……ロロカ姉さま、ここの連中は、どんな研究を?」


「アンデッドの製作と、観察。そして運用……学術的な追及から始まっていましたが、二代目アプリズ以外の幹部たちは、『兵器』としてのアンデッド化の呪術を、販売してもいた」


「死者を番犬に使うってか?」


「そんな発想ですね。だからこそ、『ヘカトンケイル』も、アレほど大型だった。本来は不死性の研究であったようですが……兵器としての力を、他の幹部は与えた」


「モンスターを兵器として使うか。最近、よく耳にする発想だ」


「効果的ではありますから。強い上に……ヒトと違って、消費しても心は痛まない。もちろん、その原材料にヒトが使われているコトは、大きな問題ですけれど」


「……それで、これはオレの個人的な趣味だが。ミケイアという女性魔術師が作った、『イナシャウワ』について、分かったことはあるかな……?」


「はい。『呪刀』と呼ばれる呪われた武器の製作も、初代アプリズの残した知識に基づいていたようです。ミケイアと呼ばれる人物は、年に二つか三つ、どこかにそれを出荷していた」


「買い手はつきそうだな。特殊な刀というのならば、欲しがる戦士は少なからず存在するだろう」


「団長も、欲しいっすか?」


「……いや。刀は間に合っているんだが、どんなモノなのかには、剣士としての興味はあるよ」


「魔術師やらの首を刎ねて、磨くような邪悪な鋼なんすよねえ……?『呪刀』って名前からして、斬られると呪われそうっすわ。あと持ち主もね」


「いいトコ少なめの剣っぽい。お兄ちゃん、買っちゃダメだからね」


「ああ。そうだな、見るだけで、買わないでおこう」


 アーレスが嫉妬するかもしれないからね。竜は、嫉妬深い動物でもある。しかし、アンデッドを研究したり、モンスターを売ったり、人体実験したり、呪われた鋼を打ったりと、手広い組織だよ。


「手広くやったあげくに、仲間割れか。組織哲学を、維持することが出来なかったカルトには、相応しい末路だよ」


「……ふむ。そのような有り様では、『北』に戻ったアプリズ2世と、その弟子どもも、仲違いをして潰し合ったのかもしれんな」


 リエルはうなずきながら語ったよ。あり得るハナシだな。皆が、一つの方向を向いていられるほど、初代アプリズの示した世界は、狭くはなかったようだ。多才だからこそ、まとまりに欠くか……。


「ええ。この組織が自滅した可能性も少なくはないでしょうね。事実、この扉は、100年間、誰にも開けられることはなかったようですし」


 ゾンビにされた青年の腹に、魔銀の『鍵』が在り続けていたってことは、そうなんだろうな。合い鍵でもあれば別だがね。


「何より、『ヘカトンケイル』3号は、二代目アプリズの研究の集大成。それを回収しなかったという事実は……二代目アプリズの生存に対して、否定的な評価を与える根拠にもなります」


「宝物を取りに来なかった。彼か彼女か知らないが、二代目も道半ばでくたばったような気がするよ」


「はい。どちらにせよ、それ以上は分かりません。彼らのその後については、呪いがかかった本を開いていても、書かれてはいないでしょうから」


「102年前までの情報か……足取りを追うには難しいし、そんなことしているヒマもないな」


 二代目のアプリズと十人の部下たち。ヤツらは、オレたちの脅威には、今のところなりそうにない。なにせ、生きていたとしても、100才超えているウルトラなシニアたちばかり。彼らと戦うことはないだろうさ。


「……よし。100年前の魔術師たちのことは、とりあえず捨て置こう。『ヘカトンケイル』の脅威も消えたからな」


「そうですね。今、考えるべきは……400年前の魔術師の方です」


「……『モルドーア』の『英雄』……ドワーフの大魔術師、『バハルムーガ』か」


「はい。彼もまた、己をアンデッド化して、このダンジョンの護り手になった存在」


「……彼の物語は、呪術で封じられてはいなかったか?」


 ロロカ・シャーネルは静かにうなずいた。肯定したのさ、『バハルムーガ』についての物語を、彼女は知っているのだと。


 興味がある。


 ドワーフ族の英雄だぜ?……しかも、オレたちは、このダンジョンの安全を確保するために、彼と一戦、交える覚悟をしているのだからな。知っておくべきだろう。狂った魔術師、アプリズ2世にも尊敬を抱かせるほどの、大魔術師とは、どんな人物なのかをな。



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