第二話 『アプリズの継承者』 その2


3月10日。



 『ヒューバード』で殺人事件が起きた。あちらの地下水道を清掃中の男が、アンデッドに喰われたと。市長が、我々がアンデッドを呼び起こしたと考えているようだ。


 当初は、魔術師に対する理不尽な言いがかりだと考え、憤慨していたが…………3号の『暴走事件』によるものであろう。


 壁に大きな穴が開いてしまい、地下水道と、このダンジョンが連結してしまったのだ。それにより、呪術を帯びた空気が、この滞留する地下水道の水に溶けて、東に運ばれてしまった。


 水は、呪術の媒体として、それなりに優れている。ヒトの体内を呪術が循環するさいに用いるのは血液であるが―――この血液も沈殿と濾過を繰り返すことにより、水を精製することが可能だ。


 水は魔力の形質を保存する性質があり、とくに呪術に対しては有能な媒体と成り得るのである。


 300年以上にわたり、閉鎖された空間の闇に融けていた呪術……それはダンジョン内の空気に対して、呪術が飽和状態であったとも言える。それらは、呪術的な汚染が無い地下水道の水に溶けることで、東に運ばれてしまった……。


 『ヒューバード』も、元々はここと同じく『モルドーア』の施設。こちらが城で、あちらは要塞だった。あの地下にも、『モルドーア・ドワーフ』の戦士たちが埋葬されていたのだろう。


 そこに、呪術が流れついた。何が起きたか?……戦士たちは目を覚ました。肉の腐り落ちた骨だけの姿であろうが、この地下にいて、『我々が封じたスケルトン戦士』たちと同じような、高性能なスケルトンに変貌したのであろう。


 ……『ヒューバード』の市民たちは、『モルドーア』の歴史も血筋も受け継いでいない。凡庸な人間族が多い。ただの移住者どもだ。内戦で滅び去った『モルドーア』の遺跡を、彼らは再利用して街作りに活かしただけ。


 偉大なる先人たちの遺産を、歴史の重みも知りもせずに、ただただ消費している欲深く不勉強な盗人どもだ。


 市民は知らなかったのだ、この山城と『ヒューバード』の地下施設につながりがあるということも。歴史的な背景としてのつながりでなく、物理的に連絡していることも知らないのだ。


 だからこそ、山の遺跡に住む、我々のような比較的、少数の集団を、市長は誤った論法で糾弾している。


 我々が、『ヒューバード』の地下遺跡にて、怪しげで未開の迷信に囚われた儀式を執り行ったと語っているのだ。若者たちをたぶらかしているとも。


 ……後者は正しいが、前者は誤解と偏見に満ちている。私たちはスケルトンにだって興味はあるが、『ヒューバード』では、そのような儀式など実行していない。


 あの市長は、選挙が近いから有能ぶりたがっているだけだ。有能で、勇ましい男のフリをしたいだけ。悪人を見つけて、それを殺すことで、英雄的な人物であるのだと、自分を粉飾したいだけなのだ。


 己の権力を数年先まで維持したいと望み、生け贄を求めている。典型的な権力者の思考だな。


 ……小物である。


 愚物だ。


 しかし、それだけに多くの市民を扇動する可能性がある……賢き英雄など歴史上に存在しないのは、賢き者の言葉を、市民が理解することなど出来ないからだ。知的水準の低い市民の心を掴む言葉は、低俗なものの方が優れている。ゆえに歴史は汚物のように醜い。


 ……あの市長は、小物で愚物で、欲深い。


 何とも政治家に向いている存在である。


 だが、彼は危険な存在になりつつあった。


 私たちを燃料にして、自分の権力の炎を燃やそうと考えているのだ。私たちは、戦う力を持っているが……数は多くない。あの市長は、二枚の舌を持っている。多弁で、嘘が上手な商売人の息子。


 彼は操るだろう、傭兵を騙し、私たちの首に懸賞金でもかけるに違いない。それでいいのだ、私たちの戦力を教えなければ、傭兵たちが次々に訪れて、私たちに殺される。私たちも無傷ではない。モンスターも、『死霊兵器』も、魔術師も、労働力も、死んでいく。


 死んだ傭兵には金を払わなくていい。


 ちょっとした金額を、私たちの首にかけることで……傭兵たちは無料の奉仕活動をしてくれると考えているのだろう。


 対策を練ろう。




3月12日。



 解決策を思いついた。市長を殺そう。




3月13日。



 選挙があって良かった。私は部下を引き連れ、あの市長を夜道で背後から刺し殺し、対立候補の息子の一人を誘拐して来た。


 これで民衆たちは推理小説のように、愉快なストーリーを頭に思い描くだろう。


 誰が犯人なのか?


 ……真実を見抜く名探偵ならば、我々を疑うかもしれない。だが、市民たちの『信じたい嘘』は、そうではない。山に棲む、謎の魔術師集団が市長を殺すよりも、市長の政敵である男が、自分の息子に市長を殺させた……その方が、市民たちは喜ぶだろう。




3月14日。



 『ヒューバード・タイムズ』の記者は、市長を暗殺した者を推理した。おそらく次の市長になるであろう、四男三女の子だくさんのフェルト売り、ドリー・パーカーの息子が容疑者だと書き立てた。


 悪くない。


 あの下世話な記事にあふれたクソ新聞を見て、私が心を弾ませる日が来るとはね。




3月15日。



 パーカーの息子の処分に困っている。




3月16日。



 ……パーカーは名誉を挽回するための解決策を見つけたようだ。自分の身の潔白を証明するために、私たちを悪者にすると決めたらしい。


 困ったことだ。『ヒューバード』の地下から、スケルトンは這い出て来ないと、街の者にアドバイスしてやったというのに……パーカーは、私たちがスケルトンに詳しいのは、私たちこそが呪いを放った張本人だからなのだと主張した。


 そして、私たちが市長を殺害し、ヤツの息子に罪を着せるため、彼を誘拐したのだと街中でわめいて回ったらしい。


 ヤツは子供が7人もいるのにな。1人ぐらい消えたからといって、騒ぎすぎだ。私の地元であれば、子供が減れば喜んだものだ。晩飯の量が増えるとね。『ヒューバード』は、肥え太りすぎている。




3月17日。



 パーカーを井戸から突き落として殺しておいた。護衛を雇っていたが、アプリズ2世を舐めすぎだ。麻痺させて、護衛たちもパーカーも、井戸に頭から落としてやった。


 選挙戦の行方が気になるが……私は少々、やり過ぎている。『ヒューバード』から採取した労働力どもが、逃亡しようとした。私を疑い、恐れている。街に戻すわけにはいかないな。


 私は、もうすぐここを去ろうと思っているが―――しばらくしたら戻って来るつもりだからね。


 ……ああ、パーカーの息子の使い道も思いついた。




3月18日。



 『ヒューバード』で勧誘してきていた労働力どもを、皆殺しにした。彼らの頭を『溺れる愚者の飛び首/ウィプリ』になるよう、簡単な呪術をかけていた。これで、次の満月には、腐り落ちた首から、彼らの頭部は解き放たれて、念願の魔術を使える身になるさ。




3月19日。



 街の様子を偵察に行かせた3人の魔術師が、戻らなかった。おそらくは殺されたのだろう。拷問されたかもしれないが、彼らの舌と耳と目には、アプリズ2世に逆らおうとすれば、途端にそれらが焼け落ちる呪術が仕掛けられている。


 彼らの健康のためにも、ムダな尋問が行われなければ良いのだが。


 ……しかし。


 状況は悪化しているな。


 我々は、嫉妬される身。


 そろそろ、ここから去るべきだろう……ほとぼりが冷めるまで、この土地を去るべきだ。




3月20日。



 パーカーの息子をゾンビに加工した。このダンジョンの地下にある、『呪術中枢』の一つに、くくりつけてやった。そうだ、偉大なるドワーフの英雄、『バハルムーガ』の『死せる軍団』の一員になる……。


 ああ、そうだ。


 『バハルムーガ』。彼こそが、このダンジョンの呪術の源。


 我々が術で封じていても、呪術が枯れないのは、彼の存在があってこそだ。彼がある限り、パーカーの息子の遺体は、かなり長持ちするだろう。十数年後には、戻るつもりだ。それまでには、パーカーの息子にこのアトリエの鍵を託すとしよう。


 『高位の魔術師』がやって来るまでは、棺の中で休んでいるといい。私か、私の命を受けてこのダンジョンに戻って来る者の訪れるまで、休んでおけ。怠惰な金持ちの息子には、うってつけの仕事だ。


 凡庸な魔術師が来ても、パーカーの息子は目覚めない。私に匹敵するか、あるいは私を超える魔力を有する者が現れたときに、パーカーの息子は目を覚ます。


 『モルドーア』の戦士たちと同じく、何百年だって、この場所を守る。パーカーには、いい復讐だ。私を攻撃しようとしていた者の息子に、永遠なる苦しみを与えて、私に仕えさせる。パーカー一族には、何とも相応しく、最高の罰だ。



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