第二話 『アプリズの継承者』 その1


「興味深いな。『アプリズ魔術研究所』の研究日誌というわけか?」


「はい。この部屋の代々の持ち主である、それなりの地位にあった魔術師たちが受け継いで来た日誌。読んでみますか?」


「もちろんだ……と、言いたいところだが。魔術師の使う古くて難しい記述をスラスラと読めるほど、オレは知識がない。君に頼っていいか、オレのロロカ?」


 情けないが、ガルーナの野蛮人は知性が足りなくてね。魔術師たちの文字だって読めなくはないが、読解していくのにはコツがいるからな。時間がかかってしまう。


 こういう時は、才媛に助力を求めるべきだ。


「ええ。お任せ下さい、ソルジェさん」


 我が愛しのヨメが微笑んでくれたよ。彼女は、その本のページをパラパラとめくり、速読していく。目玉が疲れるだろうにな……一度、十秒足らずで、研究日誌の概要を把握した後で、彼女は重要そうな部分をピックアップしてくれるのさ。


 ホント、頭の出来が違い過ぎるぜ……。


「この研究日誌の後半は、102年前の3月で終わっています」


「『ヒューバード』で、アンデッドさんたちが出るようになったのは、100年前だったよね?」


「へー。その謎が、解けてしまいそうっすねえ?」


「……はい。では、読んでいきますね。この施設の、最後の三ヶ月を……」


「ロロカ。難しいトコロは、やさしく表現してもらえると嬉しい」


「そうして!頭の中にある、難しいコトが入る部分、今日はもう一杯になりかけてるから!」


「そうですね。簡単に訳せるように、心がけますわ」


 インテリが手加減してくれるらしい。嬉しいぜ。ストラウス兄妹は胸をなで下ろしたよ。




1月12日。



 『ヘカトンケイル』の三体目に、疑似的な生命を宿すことに成功する。実験は成功だ。我々は、賢者アプリズの理論を実現することに成功した。彼が亡くなり、13年の時が流れている……早いものだ。


 組織はこの13年で、大きく姿を変えている。


 資金提供者の顔色をうかがい、商業的な側面も増えてきているのだ!嘆かわしいことである。賢者アプリズがいれば、我々の哲学を追及することよりも、私腹を肥やすことに熱心な一部の幹部に死の罰を与えただろう。


 ……『ヒューバード』の商人の子息たちは、裕福すぎたせいか。彼らを勧誘すれば、多くの金と労力を捧げてくれる。彼らには、大きな劣等感があるようだ。城塞の中で、一族の富に守られて肥え太る。その幸福を受け入れがたいらしい。


 一種の劣等感か。魔術師になれれば、自分が変わると信じている。信じたがっているのだ。


 我々は、いつものように、『彼らが信じたくなるような嘘』を用意した。魔力を増大する方法がある。才を持って生まれなかった者でも、ちゃんと魔術師になれる方法があるのだ。


 その言葉に、若者たちと……老境に差し掛かった『ヒューバード』の商人たちは憧れてくれた。おかげで、大量の研究資金が集まり、献身的な労働力と、我々の存在を秘匿することに力を貸してくれる権力者たちとのつながりも持てた。


 ……悲しいことに、理想を捨てて、商業的な趣味に傾いたことは、我々を助けてもくれている。『死霊兵器』を好んでくれた商人たちとの縁が、こうして組織に活力を与えてはいるのだ…………哲学は、大きく歪んでしまっているが。


 ……今さら、愚痴を言ってもしょうがない。


 とにかく、我々は賢者アプリズの理想に近づいたのは事実だ。『永遠の命』、『不老不死』、『死者の復活』。魅力的なテーマばかりだが、我々は、それらの三つのテーマに対して、近づくことが出来ている。


 『ヘカトンケイル』は、一つの集大成でもあった。彼らは40体の死者から造られるアンデッドである。高度にデザインされた呪術と、経験のある魔術師による33段階による儀式を経て、首の無い死体から、あの強靭な生命が創造される。


 疑似的な生命ではあるが……我々は、たしかに生命の創造を成し遂げた。ゴーレムのように、魔力が切れたら停止するような操り人形ではなく。大地の闇に潜む、わずかな魔力をすすり続けることで、理論的には半永久的に稼働する存在だ。


 ……本来の主流派であり、正統なるアプリズの後継者であり、今では日陰者となりつつあった我々は、大いなる勝利を手にしたのだ!!




1月28日。



 『ヘカトンケイル』は3号により、完成を迎えた。1号は強靭さが足りず、2号は暴走しがちであった。3号は呪術に従う。従順であり、1号と2号の欠点をカバーしているし、両者との『決闘』にも勝利し、兄たちを喰らい、より力を得た。


 意図的に失敗させた面もある二つの前者に比べて、今回の個体には全てを注いだ結果だ。


 理想的な『死霊兵器』でもある。『シェイバンガレウ』の山に住まわせたモンスターどもを蹴散らし、8メートルの城塞を、2秒で昇る。そんなものには、誰も勝てない。


 『ヘカトンケイル』をシリーズとして存続・量産することが出来れば……モンスターの軍団などという、かつては夢物語であったものを完成させることが出来るだろう。


 呪術による制御が利くからだ。与えられた命令を実行できるし、スケルトン同様に地下で保存すれば、必要な時以外には休眠状態で居続けることが可能。『死霊兵器』の理想的な形であるように思える。


 ……『ヘカトンケイル』の弟たちを、各国の王は欲しがるだろう。戦場に放てば、敵を喰らいながら、その腕を増やす。どんな傷を負わされても、敵兵を喰らうことで肉体の欠損を補う。無敵の兵器だ。


 ……強さを持っているということは、偉大なことだ。それだけで、たしかに3号に惹かれてしまう。醜い姿をしているが、それでも愛おしい。


 当然である。獣のように狂暴な生命力を宿しているということは、即ち、生命の神秘を探るための、最高の実験体なのだから。


 多くを犠牲にしたが、我々は、生命の神秘の秘奥に踏み込む機会を得ている。我々は、3号を得たという奇跡を、上手く活用するべき義務があるのだ。




2月10日。



 ……3号の一部を、本体から分離させて、培養しようと試みる。屍肉のプールに放り込んだ。3号の一部は、死体に喰らいつき、本体と同様に自分の一部にしようと試みたように見える。


 結果は、良くはなかった。


 3号の一部は、死者たちを取り込んだ後に、急速に生命活動を失っていく。取り込んで4時間後には、肉が泡立ち始めて、全体がボロボロに崩れてしまう。それの再生に期待しているが、魔力の欠片も見つけられない。


 ……3号の再生能力があれば、量産することも容易いと期待していた。


 ……3号にまつわるあらゆる実験の中で、初めての失望だった。




2月15日。



 3号に、生者から取り出したばかりの血液を注ぐ。3号の活動性が、著しく向上した。再生能力も上昇している。活性化した3号は、捕食活動が旺盛になっていた。貪欲に獲物を求めて、檻を壊して山を走り回った。


 モンスターを好むが……ヒトも好んだ。


 また、『ウィプリ』に再利用することの出来る生首が増えたよ。城を守らせるとしようではないか。同士たちの中にも、私と3号から名誉を奪おうとする者たちがいるからな。身を守らなくてはならない。持たない者たちの、嫉妬から。




2月23日。



 我々の組織内における対立は、激しくなっている。3号が、モンスターと、そして魔術師に憧れてこの組織に参加した下位の労働者たちを襲ったことが、問題視されている。


 全ての成功には犠牲がつきものだ。


 真の魔術師ならば、その事実を理解しているものだ。


 そうだというのに。


 ……幹部たちの半数が、3号を脅威と言い出した。実験を凍結すべきだと?……ふざけるな!!3号こそが生命の秘奥を解く鍵であり、他のあらゆることなど、どうでもいいことだ!!


 何故、それが分からん!!


 アプリズの理想を求めるためだけの組織であったはずだぞ、我々は!!


 魂を腐らせた、拝金主義者どもめ!!




2月28日。



 魔術師同士の諍いは絶えない。それは魔術師の歴史が始まって以来、変わることのない日常ではある。だが、今の我々は、言葉でのやり取りだけではすまなくなりつつあった。


 よりにもよって。


 私は助手にも脅された。


 3号の制作時には、多くの儀式担当魔術師を失ったことを、他の幹部どもにバラすと言われたよ。


 私は、狂っているそうだ。


 我が偉大なる師匠、アプリズ!


 貴方の組織は、腐りつつあります。


 私は、貴方の思想を実践し、受け継ぐ、選ばれた男。


 ……この組織に、罰を与えなくてはいけない。思い知らせて、目を覚まさせる必要がある。私こそが、アプリズの知恵だけではなく、心だけではなく、名前も継がねばならない。私こそが、アプリズになるのだ。


 そうだ。


 罰を与える。私の助手のように。3号に喰わせてやればいい……それなりに上級の魔術師の血肉は、私の3号を元気にする。3号は、魔力の多い血肉を好んでいる。3号をより強い存在に磨き上げるためには……魔術師を喰らわせなければな……。




3月2日。



 ああ。私はとても気分がいい。嬉しい事故が起こったからだ。いいや、悲しい事故だったか。


 肥大化した3号の飼育小屋の床が抜けて、3号はかわいそうに、地下水道へと落下してしまった。3号は、一時的に我々の管理を離れてしまったのだ。


 そうすると?


 3号は『偶然』にも、地下水道の一部を破壊して、私に敵対し、私を陥れるための査察を行おうとしていた他の幹部たちに、襲いかかった。


 ……エド、アル、ミケイア。


 共に、初代アプリズに教えを請うた、かつての同士たち。さらばだ。我が友人たちよ。君たちの魔力は、3号に引き継がれていく……。


 祝ってくれ。いいワインを開けよう。我が兄弟弟子たちよ、君たちの死によりもたらされる継承紛争の終結を、私は喜ぶ。


 私こそが、アプリズ2世だ。


 他には、いない。私こそが、アプリズだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る