第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その33


 オレたちは『北北東』に向かい移動を開始する。赤い『糸』を追いかければいいだけなので、迷うことはないが、ジェド・ランドールの日記には書かれていないルートだ。マッピングに気をつけたいところだな。


 ……まあ。記憶力が桁違いにいいロロカ先生と、ダンジョン探索の達人であるオットーがいるのだから、オレなんかが心配することはない。それでも、気を抜かないようにするために、言葉で注意を促していた。


 ロロカ先生やオットーに対するというよりは、他の三人へのメッセージのような気もする。大きな戦闘で勝利しているから、緊張が緩みやすくなっているからな……。


 小言っぽいとか、ジイサンみたいに説教臭いと思われたとしても、これも経営者の仕事ではある。ウザい嫌われ役も仕事の内さ。


 ここはドワーフのダンジョンだ。いきなりフロアの床が抜けて落ちることだって、ありえるんだからな―――まあ、このダンジョンの良いところは、敵や罠の密度がそれなりに多いことだ。


 通路を抜けて、大きな部屋に出る度に、『王城護りし白骨兵/モルドーア・スケルトン』と各種の罠に歓迎を受ける。アンデッドを粉々に破壊して、罠を起動させては破壊する。地道な作業を続けて、微妙な疲労と……『偽ミスリル』が増えていく。


 オットーも、すでに『偽ミスリル』を持たされている……体力の少ないギンドウが持てる重量は、とっくに超えていたからな。総重量で、55キロほど……。


 持ち運べない距離じゃないが……素早く立ち回ることが可能な重量では無くなりつつあるな。


 ……ギンドウは、体力もだが魔力も使っている。赤く錆びた杭を『雷』で壊し、中心部の損傷の少ない鋼を回収する作業は、地味にギンドウの魔力を奪っていた。


 欲張り過ぎになるかもしれないな―――そう考えながらもダンジョンを進んでいると、目の前には階段が現れていた。『鍵』と同系統の呪いを示す赤い『糸』は、その急な階段を昇っていくのだ。


「……この階段、何かな?今までと、ちょっと違うね」


「ああ。ここは、平坦なダンジョンだったのだがな」


「出口っすか?メインのじゃなくて、予備とか?」


「……行けば分かる。罠は、オレには見えない」


「私も無いように思うの!」


「……『サージャー』の三つ目にも、以上は見つかりません」


「大丈夫そうですね」


「ああ。行くぞ」


 階段を昇っていく。警戒したままな。罠よりも、この場所だと敵の方が厄介だ。竜太刀を振り回せるスペースも無いから。右手の指には逆手にナイフを握っているよ。防御の構えだな。


 敵サンに襲われたら、オレはとりあえず防御して、壁になり盾になろう。そんな決意をしながら、黒カビに覆われた階段の先へとたどり着いた。ナイフをしまう。この場所で必要なのは、ナイフではなかった。


「扉だな?鍵穴があるぞ?」


 リエルの言葉の通りだった。錆び付いた扉があるな。重厚感のある黒い鋼で造られた扉であり、それ自体はいかにもドワーフの仕事を連想させるものだ。


 しかし……その鍵穴部分は、比較的、新しいものと取り替えたような後がある。ドワーフの仕事には見えない。薬品だか火薬とかで無理やりにぶっ壊して、古い鍵穴そのものを取り出した。そして、新しい鍵に差し替えたような造りだったよ……。


 推理で浮かぶストーリーは、ドワーフの扉を再利用するために『アプリズ魔術研究所』の魔術師が、ここの鍵を強引に取り替えた―――そんな考えだけだった。ドワーフは、こんな雑な仕事は好まないだろう。


 ともかく、鍵付きの扉が出ているのだから、定石通りに動くとしようじゃないか。


「ミア」


「ラジャー」


 鍵開けの得意なミアが、その鍵穴を覗き込む。そして、猫耳を鍵穴に当てながら、その鋼の扉をナイフの柄で叩いていた。音を立てて、罠が無いかを探っている。


 集中したミアの感覚ならば、精巧に隠された罠の気配にも、勘づくことが出来るのさ。


 ミアは、ゆっくりと鍵穴から猫耳を外す。


「どんなだ?」


「大丈夫そう。罠とかは無い。魔力の香りも、ほとんどしない……火薬も、怪しい錬金薬の臭いもなしだよ。鍵、開けちゃう?」


 ピッキング用のツールをその小さな指の間に挟みながら、ミアは訊いてくる。オレは首を横に振った。


「いいや。せっかく、ゾンビの腹から取り出した『鍵』があるんだ。使ってみよう」


「そうだよね。何か、その『鍵』で開きそうだもん」


 やはり、兄妹だな。同じことを考えている。


「オットー……君が開けるか?」


「いいんですか?」


「ああ。ゾンビの腹を切り開いたのは君だからな」


「報われましたよ。では、試してみましょう」


 いつものように目は糸のように細く閉じられているままだけど、口元は緩んでいるな。やはり、探険家の血が騒いでいるのさ。100年近く開けられていない扉……そいつを開こうというのだからな。


 これで熱くならなければ、探険家には向いていないんじゃないか?


 オットーは、ゾンビの『鍵』を、ゆっくりとその鍵穴へと差し込んでいく。魔術師たちの用意した鍵穴は、錆び付いているようで、錆びと鋼がこすれるような音がする。乱暴に扱うと、朽ちかけの鍵穴そのものが壊れてしまいそうだな……。


 ガルーナの野蛮人向きの仕事じゃなかったらしい。オットーは、その鍵穴に負荷をかけないように、職人的な指の使い方をしながら鍵を差し込んでいった。鍵穴のなかに魔銀製の鍵が全て収まる。


 長さは、ピッタリのようだな。


 あとは、このまま回した時に、朽ちた鍵穴の構造が壊れたりしないかが問題だった。オットーはゆっくりと鍵を回していく。見守るこちらも、スゴく緊張するな。


 もしも、ギンドウが今の三倍アホだったら、大声を出しているところだが……シアンの鉄拳制裁が繰り返されたことにより、そこまでのアホは治っているらしい。


 鍵は、一定の角度まで回ると……最後は勢いに乗ったかのような音で、ガチャリ!と解錠の音を放っていたよ。


 ……この場にいる全員が微笑みを浮かべる中、オットーはゆっくりとその古い扉を押し開いていく。錆び付いた鋼がこすれ合って、ギギギギギイイ!という不快な音で鳴いていた。


 十数秒が過ぎ去って、錆が鳴く音は静まり、黒く大きな鋼の扉は完全に開いていたよ。オットーにランタンを手渡した。やはり、この扉の中を照らすべきは、彼の手に握られた灯りが最も似合うだろう……。


 ランタンの灯りが、この場所で100年のあいだ固まっていた闇を融かしていく。オレンジ色の光りが……魔術師殿の秘密の部屋を照らしていたよ。


 そこには錬金釜と、空き瓶だらけの棚がある。そして、机があり……机の上には、使い切っていないロウソクが何本も置かれたまま放置されていたな。


 馬の頭骨も転がっている。ヤスリで削った痕跡があるから、何かの薬品を調合するためなのか、あるいは骨材を造った家具でも作ろうとしていたのかもしれない。漆喰でも練りたかったのかも?


 ……色々と、怪しげなモノがある場所だったな。リエルが気を利かして、『炎』の球体を呼んで、小さな太陽を部屋の宙に生み出してくれた。室内が十分な光りに照らされて、古びたアイテムたちがよく見えるようになった。


 机には大きな瓶があって……その中には、腐敗尽くして消し炭みたいになった、薬草類が沈殿している。大切に扱っていたトコロを見ると、かなりの高級品なんじゃないだろうか。


 部屋の左手側を見ると、書棚が設置されてあった。100年の闇で、腐敗してはいないだろうが……虫に食われているかもしれない。


 ロロカ先生がそこに近づいて、ホコリの積もった本を一冊ほどつまみ出していた。その本を開くと、彼女は微笑む。


「……まだ、読めますね。暗がりが保存には適していたのかもしれません。あまり虫にやられていない……というか、変色や、インクのにじみはありますけれど、虫食いは、不思議なほどに少ないです。背表紙は、カサカサに乾いていますけど……それに」


「どうなさったのですか、ロロカ姉さま?」


「……このインクの臭い。そうですね。鉱物が多く混ぜられています……」


「鉱物?鉄とか銀とか……ですか?」


「ええ。鉱物は、時に、毒にもなります……虫は、このインクを囓ると、死ぬでしょう」


「じゃあ、それで長持ちしたの、その本サンたち?」


「そうでしょうね。ウフフ。ソルジェさん、色々と情報を集められそうですよ。これは魔術師たちの日誌です」


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