第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その21
―――地図で見れば一目で分かる通り、『ヒューバード』は大きな街のくせに……近くに水源が無いんだよ。つまり、大きな川がないのさ。何万人も住む町で、そいつはかなり不便なものだ。
だからこそ、オレたちは考えていた。あの街は、元々はドワーフの要塞だった。その要塞を改造して、街にしている。地下にはドワーフの……つまり、『モルドーア』の遺構が残存しているのさ。
その遺構の一つに、水源があると予想したんだよ。具体的に言えば、『地下の水道』。古きドワーフたちならば、それを行うことも可能であるからな。
呪いを媒介した存在。『そいつ』は、その地下の水道なんじゃないかと、オレとロロカ先生とオットーは考えているのさ。
水ってのは、当然高いところから低いところに流れるものだ。『ヒューバード』に人為的に水を運ぼうとすれば……高低差を利用すべきだ。
この山に囲まれた場所は、『ヒューバード』より、もちろん高い位置にあり、木々と湿度が多いことからも分かるように、雨がよく降る場所らしい。山には、霧や雲がぶつかるからな。
もちろん、風の走り方によれば、逆に乾燥することもある。だが、植生が証明するように、少なくとも、この場所に関しては十分な雨量があるようだ。周囲の山も木々が元気だったからな……この地下には、十分な水がある。
かつて、『ヒューバード』は『モルドーア』に所属する、堅固な城塞を持った大型の要塞であった。そこに陣取る兵士たちが要する水を確保するために……この山地から地下水道を作り、『ヒューバード』に送り込んでいたのではないか?
王の脱出路だけを造るために、6キロ先まで地下にダンジョンを掘り進めるというのも勿体ないハナシだしな。元々は、地下水道こそがダンジョン建設の目的であり、王の脱出路は、それに便乗して造られたモノかもしれない。
そして。
その地下水道こそが、『シェイバンガレウ城』の呪いを、『ヒューバード』の地下に運んだ存在―――。
「―――そんな気がしているんだよ。まあ、全部、予測ではあるがな」
「……おお。私の、深く考えていなかった言葉が、推理の鍵となっている……っ?なんだか、探偵小説に出てくるヒトみたい!」
たしかに、探偵小説って、そんな作りしているよな。誰かのふとした言葉に、探偵サンが推理のための材料を見つけるとか……。
「……そうだな。コイツは、あくまで推理の域を出ない」
「んー。外れてる可能性もあるってこと?」
「ああ。でも、問題はない。仮説が一つ立てられたんだ。このダンジョンを理解するための視点が一つ確保できたのさ。お手柄だぞ、ミア」
「えへへ!がんばってないのに、褒められた!!」
ミアは嬉しそうな反面、ちょっと照れているようだな。まったく、可愛いなあ、オレの妹。重度のシスコンだからじゃないだろ?
「……さて、それじゃあ。さっそく地下に潜ろうぜ」
「おお!そうっすねえ。ドワーフの罠やら何やら、解体しまくろうぜえ!!」
「欲深い男だな…………そう言えば、オットー」
「どうかしましたか、リエル」
「いや。ジェド・ランドールとやらの日記を持っているのなら、そこには、この地下の情報が細かく書いてあるのではないか?」
「あ。そうですよね、地図とかあれば、手っ取り早いですよね」
「……残念ながら、あれは本当に日記という形なんです。そして……テッサ市長が言うには、ジェド・ランドールは数ヶ月前に、多くの資料を処分したと……」
「資料を、処分した?」
リエルは首を横に傾ける。疑問する少女の姿勢だな。
「彼は、肺腑を患っていたからな。死期が迫ってはいたんだよ。つまり、身辺整理さ」
「……なるほどな。ジェド・ランドールは、そのときに『モルドーア』の情報も処分しているのか。遺したのは、最低限。自分の一族の者たちに分かれば、それでいいように」
『モルドーア』と『シェイバンガレウ城』の情報……ジェド・ランドールは、先祖の国が、静かに眠れるようにしてやりたかったのだろう。『墓荒し』が出ないようにな。もしも、『ヴァルガロフ』で『シェイバンガレウ城』のハナシが出回れば?
……1000人の盗掘団が、この城にやって来て、ギンドウさえも上回る意地汚さで、何もかもを略奪してしまいそうだもんな。
「そのようですね。ですから、このダンジョンの具体的な情報は乏しい。テッサ市長に対しての口伝以外には……彼の日記や、間接的な資料から読み解くしかなかったのです……日記も、幾つかの文章を黒塗りにしていますからね」
「まあ。なんとも徹底した隠蔽工作ですね」
「……ええ。資料を見つけるのは苦労しました。彼は、『ニセモノの日記』まで、複数残していたんです」
「はあああ!?ニセモノの日記い!?」
「なにそれ、スパイっぽくて、カッコいい感じ!!どんな日記なの!?」
「多くは、『マドーリガ』の『専売事業』であった、密造酒の製法や売買にまつわる日記です。ジェド・ランドールの『成功の秘密』を知るために、その日記を盗んだ者は、痛い目に遭うでしょう。嘘だらけですから」
色々と賢そうな罠を遺している男だよ。
「どーして分かったの?三つ目パワー?」
「いいえ。日記の文章が、全て同一のインクで書かれていたことと、日記の筆跡が本人のものとは異なること、インクのにじみやかすれ具合が新旧の日付を問わずに同程度でしたから」
「ほほう。つーまり、ジェド・ランドールは、誰かを雇って、テキトーな日記を書かせたわけっすねえ」
「そうです。おそらく、数日から数週間で、数十年分の偽りの日記を書かせた」
だからインクのにじみやかすれ……『経年劣化』が同一だったわけか。古文書も大好きなオットー・ノーランなら、その嘘に気づけるだろう。
でも、『数十年分の嘘の日記』だと?……そんなものがあるとは、凡人は思うこともなさそうだ。
オレなら、しばらくのあいだは疑わなさそうだよ……さすがはオットー・ノーラン。魔法の目玉の力を使わなくても、優秀だよな。
「……彼は、隠蔽したい情報があれば、全力でそれを隠すようです。知恵もあり、やり抜く意志もある。徹底した人物ですね」
まあ、『ルカーヴィスト』とのつながりさえも、周囲の人物に隠し通していたような男だからな……。
秘密を作るのは得意な人物かもしれない。情報を、隠蔽することも得意なわけか……そんな人物が、分かりやすい地図を遺すことはないだろう。
「つまり、この地下ダンジョンの詳細な情報は、分からぬということか?」
「はい。ところどころは細かく書かれていますし、道順の手引きは書かれています……地図というワケではありませんが」
「……そうか。だが、ジェド・ランドールが単独でこのダンジョンを走り抜けたのは事実なのだろう?」
「そこまで嘘はつかんだろう。とくに、娘には嘘をつかん。彼は、アットホームな人物ではあった」
テッサの闘技場での試合を、ほとんど見守り続けるほどにはな。掲げた『正義』が異なるからこそ、父と娘で決闘になったものの、ジェド・ランドールはテッサのことを深く愛してはいたのさ……。
「テッサ市長には、この土地のことを最低限は伝えておきたかったのかもしれませんからね。ランドール家の先祖たちが、どこから来たのかを……ルーツを伝えたかった。テッサ市長への言葉には、嘘は無いと思います」
「……なるほど。娘は、可愛いものか。私にも、覚えがある。父上は、私のことを、とても愛しておられたからな!」
ドヤ顔エルフがそこにいた。相変わらず、自己評価が高い美少女エルフさんだな。だがそこがいい。卑屈なリエル・ハーヴェルなど、見たくもない。
「む。どーした、ソルジェよ、何を笑っているのだ?……この私が、父上に、とんでもなく愛されていたことに、よもや疑問を抱いているのではなかろうな?」
「リエルほど可愛かったら、死ぬほど愛されるさ」
「う、うむ……っ。そ、そうだが…………面と向かって言われると、な、なんだか、照れるではないかッ!!」
全力で照れているエルフさんがそこにいたよ。
「さて。ダンジョンの方は、潜ってからのお楽しみってことだが……おおよそのルートは分かるんだよな?」
「ええ。それは大丈夫です」
「了解だ。それじゃあ、潜るぞ!モンスターの掃討と、探索もしながら進むぞ」
「略奪っすねえ?」
「……おい、言葉が悪いぜ。資源の回収もするだけだ」
「へへへ!!資源の回収!!ああ、そいつは素晴らしい発想っすよねえ!!ムダにミスリルを腐らせるなんて、作ってくださった職人さんたちに、失礼っすもんねえ!!」
……そうなんだが、欲望丸出しの顔面で言われると、思っていた以上に盗掘者の言い訳みたいな雰囲気になっちまうセリフだな……。
「あはは!ギンドウちゃん、コソ泥っぽい!」
「ミアっち。いいっすか?もう400年のあいだ、所有者がいないモンを回収しても、誰も怒らねえっすからねえ……これって、盗人じゃないんすよ」
間違いじゃないんだが、何だか聞こえの悪いセリフだったよ。ヤツの態度のせいなのかね?
……とにかく、ダンジョンの地下に潜るとしよう。
鎧を着た者の義務として―――オレはランタンを持ち上げると、東側の壁に開けられた、地下への階段に向かうのさ。もちろん、先頭を歩くためにな。
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