第一話 『失われた王城に、亡霊は踊る』 その1


 ―――『パンジャール猟兵団』の団長殿が、再び英雄的な勝利を果たした!!


 『ヴァルガロフ』の住民たちは、殺人鬼を屠ったソルジェを讃えた!!


 黒竜に乗って、悪を斬り裂く解放者。


 ゼロニアの英雄、ソルジェ・ストラウス。




 ―――多くの歌と美酒に満ちた乾杯が捧げられ、街の結束は強まるのだ。


 テッサ・ランドールは事件に終息宣言を出し、街の者に安全を約束する。


 政治利用された宣伝ではあるが、ゼロニアと魔王の絆を深めることに役立った。


 ソルジェは『自由同盟』の『非公式な外交官』としての役目を果たしていたよ。




 ―――夕方が訪れて、猟兵たちはレストランへと集うのだ。


 『アルステイム』の運営するレストランの一つ、家庭的な雰囲気を宿す店。


 そこでソルジェは鎧を着たまま、料理を作る。


 彼なりの家族サービスとは、血なまぐさい日々の中に日常を求めることさ!




 ―――そうだよね、ソルジェ。


 ボクたち『パンジャール猟兵団』の癒やしは、戦の最中にでも存在している。


 何にも変えがたい日常の、他愛のない楽しみこそが。


 ボクたちの絆の源流であり、生きている意味でもあるんだよ!




 ……『エビグラタン』を作る。ハンバーグはミアのオーダーに応じて、このあいだ山ほど作ったからな、今回は海のモノを使いたくなったのさ。


 英雄扱いしてもらえているから、『マドーリガ』の地区に行けば、祝いの酒を頭からかけられそうだな。嫌いではないが、今夜は皆と一緒に過ごしたい。


 夏用の装備については、トミーじいさんに相談していた。ガルフの残した設計図も、幾つか渡しておいたから、しばらくしたら完成していそうだ。まあ、じいさんだけでなく、じいさんの知り合いの頼りがいのありそうな職人たちにも、手伝ってもらえるそうだ。


 剣闘士たちを殺した裏切り者を仕留めた。その事実は、『ザットール』の支配エリアである東地区の職人たちに対しても、ウケがいいわけさ。


 いい装備が調達できるだろう。かなり格安というのもいいね。


 ……ポール・ライアンは、エルフの秘薬との相性がいい。本人は、剣闘士としての復帰も考えているらしいが、師匠のハナシでは、それはムリなことらしい。復帰できるのであれば、それはそれでいいハナシだし……鎧打ちを目指すのも、悪いことはない。


 いい鎧を打てる者は、貴重な存在になる。


 ファリス帝国の内部に進むのだ。しかも、我々、『自由同盟』の軍は、人種も出身地もバラバラだ。それぞれが、どんな装備をすべきかも、分からんところがある。剣闘士という多彩な闘いを知る職人であるのならば、我々の複雑な事情にも対応するだろう。


 体格や人種や兵種に合わせた装備の選択、統一感には欠く、『自由同盟』の雑多な需要に応えられる最高のアドバイザーかもしれないな。


 テッサにも、クラリス陛下にも、そして、ハント大佐にも、最高の鎧職人、トミー・ジェイドの価値は伝えておいたよ。トミーじいさんならば、『自由同盟』が求める鎧とは、どんなものであるべきなのか……最高のアドバイスをくれるだろう。


 作るのは各地でも出来るが、どういったモノを生み出すべきなのか。それは、『ヴァルガロフ』の剣闘士という、雑多な人種の戦士たちを見て、彼らのために鎧を製作し続けた男ぐらいにしか、見つけることが難しいものだろうな。


 彼ならば、説得力のある指摘を行える。


 新兵たちの特性を伸ばす装備を、開発するべきさ。


 ……全てをこなせる一流の戦士を作ることは、とてもではないが難しい。才能ある者に指導者がつきっきりになり、長い年月を費やす必要があるんだ。それは、かなり難しい。


 むしろ、得意なことに合わせて、兵種を分けるべきなのだ。


 ケットシーは器用さ。弓もスリングショットも使えるし、機動力も高い。


 エルフは最高の射手。魅力的な弓の使い手であり、遠距離攻撃のエキスパート。


 ドワーフはタフな戦士。力強く、重厚な装備を使いこなし、壁になる。


 巨人族は槍や長柄の武器に才を持つ。機動力はないが、攻守ともに火力が見込める。


 人間族はスタンダード。数が多い種族だけに、戦術が多く確立しているな。


 種族に特化させた、兵種の確立。そういうアイデアを実現させるには、訓練内容よりも装備の方が問題だった。


 兵種に合わせて学ぶべき技巧や知識には想像が及ぶ。しかし、そもそも、それらの種族と兵種の『組み合わせ』に最適な装備とは?……なかなか見当がつかないものだ。


 でも、トミーじいさんは違う。『ヴァルガロフ』で最高の鎧打ちである彼ならば、多くの種類の顧客に応えて来たという実績があるのだ。


 ……兵力は、どうしたってファリス帝国には敵わない。訓練期間も限られてくる。しかし、せめて装備ぐらいは最適解のモノを与えることで、『自由同盟』の損耗率を下げていきたいのだ……。


 『ザットール』を恫喝し、ゼロニアの北部山岳地帯では、戦場で即効性を見込める、止血剤と増血剤の開発が始まっている。


 主任アドバイザーは、ルクちゃんこと、ルクレツィア・クライスとシンシア・アレンビー……ことゾーイ・アレンビーだ。


 『メルカ・クイン』と『ハーフ・コルン』、魔女アルテマの叡智を継いだ、人類では最高の錬金術師コンビだな。


 ククルとククリの『猫通信』と、フクロウたちにより、『メルカ』との連絡は密な状態である。『錬金術師チーム』は、『自由同盟』軍の携帯薬の増強を行ってくれているのさ。『ストラウス商会・錬金薬部門』は、かなり大もうけしてしまいそうだ。


 ……『ザットール』どもにも、金が還元される。そうなれば、今のように『ザットール』に嫌われることも減るだろうさ。


 多くの作戦が同時に進行している……オレの与り知らぬこともあるし―――オレとテッサの結んだ、密かな同盟のように、『自由同盟』のリーダーたちも知らないこともある。


 あまり秘密を多く抱えることは、結束にヒビを入れてしまいそうでもあるが、世界は複雑に出来ているからな…………オレは、バルモア人どもと一時的に組むことも、受け入れている。その後に、ガルーナとバルモアの戦も覚悟しているさ。


 だからこそ、保険も欲しい。


 さまざまな土地に、縁を作っておきたいのだ。


 『人材』の確保もな。


 テッサと組むことは、『アルステイム』の半分と、『ルカーヴィスト』をガルーナに招くことにもつながるからな。長殺しというヴェリイ・リオーネの汚名は、消えることはない。今でも、隠れることを強いられている。


 彼女はガルーナに来て、ガルーナのスパイ部門を構築して欲しいんだ。『パンジャール猟兵団』もスパイ稼業が身についているが、情報を扱う本職のプロフェッショナルではないからね……。


 『ルカーヴィスト』に望むのは、農民としての力。ガルーナも山地だからな。彼らの経験は活きるさ。戦う能力を持っている農民というのも、悪くないからな。


 兵農一体の存在として、バルモア人に襲われた時に、大きな予備戦力となる……何より、山岳でのゲリラ戦の経験値があるんだ。


 ……ゲリラ戦で、帝国軍と戦い、全滅しなかった組織というのは稀なのさ。『ルカーヴィスト』は山岳ゲリラ戦の経験値がある。ガルーナの市民としては、最高の人材でもあるわけだよ―――。


 ―――ああ。


 ダメだな。仕事中毒だ。色々なことを考え過ぎてしまっている。この貸し切ったレストランにある、石窯オーブンの調子を把握してしまった今となっては、グラタンを見守ることは容易いのだ。


 古く焦げた石たちは、そろそろ薪を欲しているな……ミアが背わたを抜いたエビが煮えるグラタンだ。ベストな焼き加減に仕上げなければならない。


 竜爪の篭手を使い、オーブンのフタを開け、薪を追加する。炎がよく踊っているし、エビグラタンが香ばしい風を放っていた。


 ミア・マルー・ストラウスが、はしゃいでくれるのさ。


「エビの風が、来たあああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


 お肉を愛するストラウス兄妹であるが、ミアはエビも大好きだ。エビフライも、最高に好きだけど……今日は、エビグラタンの気分だな。コロッケは、最近よく食べたし、揚げ物よりは、こちらの方が皆の胃袋を喜ばせることが出来るのだよ。


 ミアも、エビグラタンへの愛は、凄まじいものがあるしな!!


 今はエビの風を浴びて、興奮している。オーブンの中で煮えているホワイトソースの鼓動を、黒髪のなかから突き出たケットシーの猫耳で聞いているのだ。猫耳が、踊っている。


 ああ、お兄ちゃん、あの猫耳を触りたいけど……今はオーブンとの対話に、全力を捧げなければな―――油断してはならない。初対面のオーブンは、並みの剣豪よりも難しい敵だ。どんな炎で暴れやがるのか、分からんからな。


 分かった気になった時が、危ないモノだ。


 オーブンは、初対面の調理者を、舐めているからね。睨みつけて、炎の踊り方と、煮える音、焦げる音、焼ける音を聞く必要がある……オレは、重度のシスコン野郎として、妹の指がお手伝いしてくれたエビに、最善を尽くす義務があるのだ。


「……お兄ちゃん、スゴい気合いだ!!」


「ああ。オーブンのヤツが、オレに逆らわないように、ガンつけているのさ!!」


「なるほど!!じゃあ、ミアは、そんなお兄ちゃんを背後から見守るタイプの応援をしておくね!!」


 ……ああ。100万人の援軍よりも、はるかに頼りになる。重度のシスコンであるオレからすれば、妹に背中を見守られた日には、不可能なことはない。眼力一つで、オーブンの反乱を制圧できそうな気さえしているな。


「いいにおいがしてきたな。もうすぐ出来そうか?」


 リエルが聞いてきた。オレは、静かにうなずいた。


「ああ、最高のエビグラタンがな」


「うむ。何だかよく分からぬが、その気合いたるやヨシ!!……私も、キノコとウインナーのソテーを作っておいたぞ?」


 森のエルフはキノコとか好きだもんな。まあ、森のエルフっていうか、女子って、キノコ好きなイメージはある。ロロカ先生もカミラも好きだしな……。


 まあ、例外はいる。


「……キノコ?……『虎』は……肉を炒めただけのモノが、いい……」


 野菜など『草』だ。『虎』は肉食動物なのである。そういう食に対する哲学を持っているシアン・ヴァティさんは、キノコとか嫌いな女子であった。


「ですが、シアンお姉さまは、野菜をあまりにも食べません!」


「リエル……『虎』は、それでも大丈夫なのだ……」


「いいえ。やはり、偏食はいけません。刻んだウインナーと、キノコと野菜のソテー、ほとんど、お肉の味ですから、行けます!!」


 リエルは、ロロカ先生とシアンに対してのみ、やたらと礼儀正しい。森のエルフ族としての文化なのだろうか?……あるいは、オレが与り知らぬところで、シメられたことがあるとか……。


「……むうッ。しかし、キノコは、もぎゅもぎゅしていて、苦手なのだ……」


 シアンの黒い尻尾が、ビュンビュンと揺れていた。葛藤しているのさ。リエルが、シアンの健康を気遣っていることも、知っている。そして、ウインナーが好きなのだ。酒と一緒に、焼いたウインナーをかじる。それを『虎姫』サンは愛好しているのさ。


「……まあ……カミラのサラダよりは、食べやすそうだが……」


「ええ!?な、なんか、ヒドい言われようっすよう!?」


 シアンの天敵である、野菜がたっぷりのサラダだった。ミアも、野菜が嫌いだからな。『お兄ちゃんの皿に、ニンジンさん、あーげる!』……あの攻撃に、オレは、まず負けてしまう。しょうがないだろ?シスコンなんだから。


 分かっているのだが、負けてしまうんだ。


「クルトンとか入れていますし、コーンも入れているっすよ!」


 ミアの猫耳がピクンと動く。肉食系ストラウス兄妹は、ああいう歯に楽しい食感を与える食べ物が好きなのである。ミアの口が、歌う。


「カリコリ、むぎゅむぎゅ……っ!」


 クルトンとコーンの食感を擬音にしたためたのだな……ククク!さすがは、カミラ・ブリーズ。野菜嫌いな我々でさえも、その食感は気になってしまう。クルトンとレタスとコーン。こいつを歯で一緒に噛むときは、かなり楽しい!!


 ……まったく、さすがだぜ、カミラよ。地味な中にも、光るモノを放り込んでくる、伏兵型の出来る女子だ。


 しかし、シアンは……コーンさえも敵視している、真なる肉食系女子だからな……。


「……野菜は、敵である……」


 ムチのように黒い尻尾をしならせながら、シアンは真顔で吸血鬼サンを見つめていた。睨むわけではない。しかし、反論を許さない。そんな圧力を感じる。『自分は正論を語っているのだ』。腕を組みながら、無言のままで、そう主張していたよ……。


「……な、なんて、澄んだ瞳をしているんですか……っ」


 カミラが負けそうだった。シアンは、新たな攻撃能力を身につけているようだった。正論のフリをするのさ。


「いかん。分が悪い……ロロカ姉さま!」


 リエルはシアンを説得出来そうにないと判断し、賢者ロロカ・シャーネルに助けを求めた。ロロカ先生は、食べ盛りのミアや、大人で大食いのオレとか、無限の胃袋を持つキュレネイのために、ハムと卵とレタスという、王道具材でサンドイッチを作っていた。


「……え?どうかしました?」


「ロロカ姉さま!シアン姉さまが、野菜を食べぬとごねるのだ!」


「まあ。シアン、ダメですよ?お野菜も、美味しいですから?」


 癒やし系美人、巨乳で知的な眼鏡をかけている……そんな男を一瞬で黙らせる魅力も、同性であるシアン・ヴァティさんには通じないようだった。


「……ロロカ。レタスを抜き、ハムを三倍入れてくれ。それが、『虎』スペシャルだ」


「―――『虎』スペシャル!!ミアも、それがいいよ、ロロカっ!!異文化を、学ぶチャンスだもん!!見聞を、広める、チャンスだもん!!生きた、勉強だもん!!」


 ……教育者の顔を持つロロカ先生の、水色の瞳が眼鏡の下で輝いていた。


「なるほど。確かに……!文化を学ぶことは、相互理解につながりますね!」


 高度な解釈をしておられるようだ。ミアは、まあ、交渉術を学んだわけだよ。


 ……このとき、シアン・ミア・ロロカ同盟が成立していた。リエルとカミラは、援軍を探す。シアンに対して影響力を発揮できるのは、猟兵の男ではない。猟兵女子だけなのだ。男の言葉なんて、シアンは聞いちゃくれないからね。


「キュレネイは!?」


「キュレネイちゃん!?」


 このレストランの厨房に、キュレネイ・ザトーはいない。何故ならば?……今、このレストランの屋根に登り、座禅を組み、特殊な呼吸法をしながら……胃袋の調子をマックスに仕上げようとしているからだった。


 どうして、そんな奇行をしているのか?……オレにも分からない。ただ、より美味しく料理を味わおうとしているのだろうな。リエルとカミラは、こうして、猟兵女子の3対2という投票の結果を受け、シアンの野菜回避を許すことになるのだろう……。


 しかし、シアンよ……オレのエビグラタンには、玉ねぎさんがいる。アレなら、シアンも食べるからな。白ワインも用意しているし、酒を呑ませながらなら、『虎』にも野菜を食べさせられるだろう。オレも、シアンの偏食と戦っているのさ。


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