第六話 『ヴァルガロフの魔窟と裏切りの猟兵』 その3


「―――――っ!?」


 ……馬車がちょっと大きく揺れたせいで、頭が雑嚢の上に置いてあった頭に衝撃が走ったようだな。オレは目を覚ましていたよ。ああ、体中がだるいな。馬車なんかで寝るものじゃない。


 死霊みたいに、あああ……と、墓の底から聞こえてくるような呻き声をあげつつ、オレは上半身を起こしていた。


「……目を、覚ましたか」


 シアンに声をかけられる。彼女は、スゴいな。いつもみたいにクールな表情になっている。オレは、きっと彼女とは遠く離れた、疲れ切った顔になっているだろう。


 戦闘用の血のたぎりが無ければ、今の体は動きたがらない。固くなった首の骨を曲げながら、うなずいてみせるのが精一杯だな。


「……ああ。ジジイにでも、なったみたいに体が重たいけどな」


「……ソルジェ・ストラウス。お前は、働き過ぎだ。アッカーマンとも、遊びすぎてしまった」


「まあな。悪い癖だよ。いい戦士を見てしまうと、つい、な……」


「……そう、だな。気持ちは、分かる。責められん」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 駅馬車の中と、そしてこわばる自分の首の機能を確認するように、固まる首を回していく。首の骨は動く。背骨もバキバキ言うけど、まあ、戦える。


 ……イヤな光景も見た。


 ジャン・レッドウッドが、アッカーマンの死体の脚にしがみついている光景だ。抱きつき癖があるのかもしれん……シアンとかに発揮されなくて良かった癖だが、アッカーマンの死体の脚なんかに、ジャンは両腕を絡めていた。その顔色は、悪そうだ。


「起こしてやるべきかな?ヒドい状況だが」


「……疲れているのだ、そのまま、寝かせていてやれ」


「悪夢でも見てそうな顔になっているのだが?」


「……悪夢と見たとしても、睡眠は、大事だろう」


「たしかに」


「……お前も、楽しそうな顔では、寝ていなかった」


「どんな寝顔してた?」


「眉間に、シワを寄せていた。何か、頭を使っているようだった」


「ああ。足りない頭を必死に使ってね。オレは、仕事中毒でもあるらしいよ」


「……ふむ?」


「ゼファーの視野と、オレの夢がつながっていた。眠りながら、ゼファーの偵察をのぞき見していたらしい」


「便利な目玉だな」


「まあな……おかげで、寝ているのか、寝ていないのか……爽快ってカンジはしない。でも……戦況は知れたよ」


「―――詳しく、お聞かせ願えますかな」


 知的な声が、御者席から響いていた。


「もちろんだよ、ガンダラ。オレは、いつだってお前の賢さを頼りたいんだから」


 ……オレはガンダラとシアン、そしてガンダラの横にいるガームルに、ゼファーが見た北の山岳地帯での戦闘を話したよ。ああ、こちらに向かって帰って来ているゼファーに、確認したから、あの夢が妄想ってコトはない。


 眠りながらも働くなんて、本当に深刻な仕事中毒だ。労働者の鑑なのか、それとも病的なのか。意見が分かれそうだが、オレとしては病的さに気をつけたい。


 健康であることは、実力を発揮するために最も必要なことだからだ―――。


「―――という状況だ」


「なるほど。予想以上に、アスラン・ザルネという人物は戦い慣れしているようですな」


「……『予言者』の、力もあるだろうか?アレは、かなりの戦力になる」


「読みが冴えすぎていた気もするから、そうかもしれない。アスラン・ザルネは、この戦いをラナの予知で知っていたのかもしれない」


「……よく当たる、そう評判だからな」


 ……口にすることはなかったが、シアンは『予言者アレキノ』の予言を気にしてくれているらしい。つまり、キュレネイ・ザトーが、オレを斬る……その予言についてだ。


「……とにかく、気をつけろ」


「いい言葉だ。わかっているよ、何にしたって油断はしない」


「そうすべきだな」


「……しかし。アスラン・ザルネが、想像以上の強敵だということは予想出来ました。あちらの戦場に、戦力を全て投入したことも。それだけに、大きな疑問もありますが」


「なんですか、ガンダラさん?」


 ガームルは興味津々だ。戦のハナシってのは、若い男の心をつかむもんだからな。それに、ガームルも『自由同盟』の戦士になりたがっている男だ。


 戦にまつわる知識を、より多く求めているのかもしれない。経験として、より強くなるために。ここにもマジメな仕事中毒者候補がいるようだな。


「『ルカーヴィスト』の標的は、アッカーマン。そして、『ヴァルガロフ』のはずですが……辺境伯軍との決戦に、全てを使うとは」


「そうだ。『本命』に対しての戦術が、今のトコロ無さそうだ。アスラン・ザルネを含めて、『ゴースト・アヴェンジャー』も使いまくっているし……『シェルティナ』を使える呪術者も、北部に立て籠もっているだろうさ」


 もっと大量かつ大規模に、『シェルティナ』を作れそうだが……まだ、作っていない。森のなかで敵兵を刈り取るという戦術を優先していたのだろう。戦いの立ち上がりとしては、悪くない結果だが……辺境伯軍に与える打撃が少なすぎるな。


 辺境伯軍を山岳地帯深くに引き込んでから、『シェルティナ』を大量に作るつもりだろう。呪術師たちも、北部に集めているだろうってことさ。


「……つまり、『本命』である、『ヴァルガロフ』……そこを攻撃する駒が、足りない」


「シアンさん……それは、どういうことなんですかね?辺境伯軍の動きが、彼らの想像を超えていたということでしょうか?他のことに、対応しきれなくなった?」


「可能性はある。マヌケな話だが、策士は策に溺れるものだ。複雑な戦況を作ろうとすると、それに縛られる結果になるからな」


 予知という能力を、逆手に取られて操られる場合もある。アッカーマンは、読まれることを読んで動くことぐらいはしていそうだ。理詰めなヤツだからな……アスラン・ザルネもヤツの手のひらで動かされていた可能性は否定できん。


「複雑な計画には、綿密なスケジュールを立てる必要があるからな。その前もって立ててしまった計画のせいで、柔軟性を欠くこともある。戦場とは、最良の状況にはならないものだ」


「予定と違った状況に、対応しきれなくなった」


「その可能性もあるな。だが、そうでない場合が厄介だぜ」


「どんな場合ですか?」


「『本命』を攻撃する『駒』が、別に存在している場合さ」


 ……そうだ。アッカーマンが心配していたことが、一つだけある。


「……『ヴァルガロフ』には、『ジェド・ランドール』がいるな……」


「テッサ・ランドールの、父親か。そいつは、『ルカーヴィスト』と、通じている?」


「かもしれない」


「団長たちが寝ているあいだに、オットーに伝言を送りました。彼の周りには、『アルステイム』が派遣してくれた連絡要員がいます。ヴェリイ・リオーネには伝わったはず」


「なら、テッサ・ランドールにも伝わっている頃か……今、何時だ?」


「13時を回っていますよ」


「……ガッツリ、寝てしまっていたわけか」


「問題はありません。難民たちも無事ですよ。『アルステイム』の暗殺者たちが、多くの馬車を用意してもくれましたから。ああ、テッサ・ランドールからは、食糧と護衛も」


「気の利く女性だね」


「『自由同盟』と手を組むと決めたのですから。彼女なりの外交政策の一環でしょう」


「そうかもしれんが、難民たちは助かるさ」


「ええ。食糧の援助は、本当にありがたい……もちろん、複雑な気持ちはありますが」


「ああ、別に仲良くなる必要はない。だが、今は緊急事態だ。物資は多く手に入れておくべきだし、護衛の戦士もいたほうがいい。頼るべきだ」


「……はい。そうですね」


「仲間を殺された恨みは忘れなくていい。いつか君なりの復讐を果たすがいい。だが、今はとにかく皆で生き残ろうってことさ……死ねば、全てが終わるからな」


 死ぬか生きるかなら、仇からの援助でも受け取ればいい。死ぬよりは、マシってものさ。お互い利用し合う……ふむ。まさにテッサ・ランドールは外交政策をしているようだ。


 難民を支援し、『自由同盟』への印象を良くしようとしている。彼女なりの義侠心もあるのかもしれないが、ガンダラの言う通り、計算高い政治の一環でもあるのさ。


 ……冷静に、動いているようだ。


 昨夜、シアンと戦ったときよりは、冷静になれている。ツインテールのロリに見えるが、あれでも28才だもんな。


「テッサは、自分の父親を殺すことはないだろうが……『ルカーヴィスト』と通ずる危険性は、認識していなくもないさ。ジェド・ランドールは、敬虔な戦神の信者だしな」


「……テッサ・ランドールが動かなくとも、ヴェリイ・リオーネらが警戒すれば、リスクは管理出来る」


「君の優秀な親友だもんな、ヴェリイは」


「……親友では、ない」


 面倒くさそうな顔っていうかね。否定的な表情になりながら、シアンは黒い尻尾を力なく垂らしていく。


「……あの女、何故か、私に馴れ馴れしい……」


 君に気があるんだろう。その言葉は口に出さずに呑み込んだ。


「団長。とにかく今は、難民たちと合流します」


「そうだな。ゼファーも戻って来ている。とりあえず、皆でメシ食おうぜ!寝たら、腹が減って来ちまったよ!」

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